戦後70年 安倍首相談話を受け入れたシンガポール

2015年8月14日、安倍晋三首相は終戦70年の談話を発表しました。それを受けて、シンガポール外務省はプレスリリースを発表しました。

2015年8月14日、安倍晋三首相は終戦70年の談話を発表しました。それを受けて、シンガポール外務省はプレスリリースを発表しました。本記事での引用には私の訳を付けます。

シンガポール外務省 記者声明: 2015年8月14日の安倍談話

第二次大戦の終戦70周年の安倍首相の談話に、シンガポールは言及します。談話があらわしているのは、先の戦争でなくなった人々への深い悲しみと心からの哀悼です。戦争での行為に、痛切な反省と心からの謝罪を日本は繰り返しあらわしたと述べています。これまでの日本の内閣がはっきりと述べてきたその立場は今後も揺るぎないと語っています。安倍首相はまた、日本は過去を直視し、歴史から教訓を深く得て、平和と繁栄のためにあらゆる努力をすべきだと、言っています。

2015年8月15日、明仁天皇もまた、日本は「過去を振り返り、先の戦争での痛切な反省の思いを心に留めておく」必要があると、あらわしました。

シンガポールは、第二次世界大戦の悲惨さと苦痛を忘れていません。シンガポールの立場は、日本は戦争への明確な責任を受け入れるべきだ、というものです。同時に、明仁天皇・安倍首相・これまでの日本の内閣が、更なる和解に努め前に進むための声明を、すべての国々が踏まえることが同等に重要です。これは、我々の地域と全世界への利益となります。

MFA Press Statement: Abe Statement of 14 August 2015

最初の一段落と二段落は安倍談話への把握で、最後の三段落目でそれを受けた評価をしています。注目は下記です。

  1. 日本が戦争責任を認めることを前提に、安倍談話を受け入れている
  2. 日本を取り巻く諸外国にも受け入れを促している
  3. 天皇陛下の「お言葉」もプレスリリースの根拠としている
  4. 未来志向である

シンガポール外務省プレスリリースの背景

それではここで、シンガポール外務省プレスリリースの背景を解いてみます。

日本とシンガポールの戦後処理

大戦中に山下奉文大将がイギリス軍パーシヴァル中将に「イエスかノーか」と言った舞台はシンガポールです。占領後、日本軍はシンガポールを昭南島と改名し、シンガポール華僑虐殺事件 (Sook Ching) を引き起こします。

戦後は反日感情が渦巻いていました。その国民感情を変えたのは、当時首相だったリー・クアンユー氏のリーダーシップです。1967年には、華僑虐殺事件への準賠償として、当時の金額で約30億円の無償供与を日本から得て、国民への説得材料にするとともに、1965年に独立した直後での国内インフラ整備に活かします。この結果、日本からの投資を積極的に受け入れたことと相まって、アジアの中でも親日国へと変貌を遂げます。

1. 日本が戦争責任を認めることを前提に、安倍談話を受け入れている

靖国神社参拝には反対: 歴史修正主義への抗議

安倍談話を受け入れたシンガポールですが、2013年の安倍晋三首相の靖国参拝には、シンガポール外務省は遺憾の意を出しています。安倍談話で、日本に戦争責任を認めることを前提としているのは、歴史修正主義に釘を指していると考えられます。歴史修正主義への抗議は、シンガポールが戦争の当事者であったことだけでなく、関係国が反応することで摩擦が生じ、地域の安定性を損なうためです。貿易国シンガポールにとって、恩恵を受ける状態は地域の平和です。

シンガポールが見る日本の「歴史修正主義」

持株会社の会長が大統領に就くなど、政府とのつながりも強いシンガポール最有力紙ストレイトタイムズでは、シンガポールが見る日本の歴史修正主義について触れています。

日本の修正主義者の傾向が強まったのは1990年代半ばである。中国や韓国との歴史問題への合意を目指した1980年代半ばからのリベラル国際主義 (liberal internationalist) の時代に対して、当時の政治指導者が反動した。修正主義運動を導いいているのは、安倍氏を含む第二次大戦後に生まれた政治家集団だった。

安倍氏は首相になってから、国の戦争時の政治指導者を祀る靖国神社を訪れ、「民間業者が人身売買した」と言って従軍慰安婦への日本の責任をもみ消そうとした。

Straits Times: Let war hurt rest in peace, Mr Abe

シンガポールは、従軍慰安婦の官憲関与といった事実関係に、興味はないと思われます。シンガポールが抗議するのは、国同士で合意に至った内容を覆す行為に対してです。合意に至った解釈の変更は、相手国との間に解決した問題への再燃を引き起こし、地域の安定を損ねるからです。それこそが、現代の国際秩序への「挑戦者」となりかねません。

シンガポール国立図書館のシンガポール華僑虐殺事件への記載でも、殺害人数として「文書がないので正式な殺害数は不明である」という前提の元に、日本の公式見解では5千人殺害、日本人新聞記者の証言として「当初は5万人を殺害計画していたが、半分に達した所で止めた」を両論併記して止めています。「5千人しか殺害を認めない日本は歴史を直視していない」という言説はシンガポールをとっていません。シンガポールには、1967年の日本からの約30億円の準賠償を受けて国同士で決着を見た事件であり、殺害人数の数など事実確認を含め蒸し返すつもりがないのです。新しい摩擦をうむことを避けるための方策です。

2. 日本を取り巻く諸外国にも受け入れを促している

これは強すぎるナショナリズムへの警戒です。2014年に日本経済新聞社が東京で主催した「アジアの未来」でのリー首相の基調演説で、東シナ海と南シナ海での中国と近隣諸国との関係、ベトナムでの反中国抗議デモ、日本と韓国の歴史対立に触れ、ナショナリズムがアジアでの緊張を引き起こすと警告しています。

Prime Minister's Office Singapore: "Scenarios For Asia In The Next 20 Years"

ストレイトタイムズ紙の「最後に一度だけ謝罪し、それで終わりにしよう」と名づけた安倍談話直前に発表された社説では、安倍談話で話題になった「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と合致する主張が、更に踏み込んで書かれています。

ドイツのメルケル首相が訪日の際に、「我が国は過去を直視してきた」「フランスのような近隣諸国にも寛容があった」と述べた。

「日本がしなければならない謝罪を止められるのは、加害者でなく被害者だ」と韓国人にありがちなように言うのは大いに結構だが、ある時点でそれは終わりにしなければならない。シンガポール首相のリー・シェンロン氏が5月に言ったように、戦争の歴史は日本を追い詰めるために使うべきではなく、憎しみを未来の世代に永続させるべきではない。寛容のみによって、関係者は前に進めるのだ。

Straits Times: Say sorry one final time, and be done with it

関係諸国が歴史を軽んじることも、寛容さを持たずにこだわることも、未来につながらないとの主張です。歴史への執着は、一時的な国内問題への緩衝材になっても、国際関係を悪化させ、最終的にはその国にも不利益となると解釈ができます。これを第三国ではなく、第二次世界大戦の当事国が言うのは、非常に重いです。

3. 天皇陛下の「お言葉」もプレスリリースの根拠としている

内閣談話と同様に、一貫性がある見解の一つとして、評価してます。

4. 未来志向であること

シンガポール華僑虐殺事件にもかかわらず、シンガポールは歴史問題を対日政策および国内問題のカードとせずに、積極的に日本から学び、日本からの投資を招きました。その未来志向が、今の日本とシンガポールの良好な関係を築いています。ストレイトタイムズ紙の安倍談話発表直前の社説です。

謝罪には終わりがないことはありえない、ということを安倍首相は明確にすべきだ。一度謝罪すれば、未来の世代のために日本の安全保障を強固にする仕事に安倍首相は戻ることができるだろう。

Straits Times: Say sorry one final time, and be done with it

「積極的平和主義」への支持

ストレイトタイムズ紙では、安倍談話発表前の社説で以下のように書いています。

前者(村山談話での「深い哀悼と心からのお詫び」)を安倍氏が約束するのであれば、「積極的平和主義」への日本の誠実さを強調することになる。しかし、もし安倍氏が日本の戦時残虐行為を認める記述を骨抜きにすれば、過去の武力侵略をごまかすことを含んで歴史を修正する意図への懐疑心を裏付けるものになる。

Straits Times: Let war hurt rest in peace, Mr Abe

シンガポールは安倍首相が言う「積極的平和主義」を支持しています。本当に積極的平和主義が地域の安定に寄与するものなのか、それとも歴史修正主義に利用しているかを、安倍談話で測っていたと理解されます。シンガポールが積極的平和主義を支持している背景については、下記を参照下さい。

※本記事は下記の要約です。今後、修正・改変が発生した際には下記リンクにて対応します。

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