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NPO法人青春基地・石黒和己 ー母校・シュタイナー教育でのかけがえのない経験と違和感

2017年06月09日 01時11分 JST | 更新 2017年06月09日 01時11分 JST

こんにちは。NPO法人青春基地の石黒和己(わこ)と申します。

青春基地では「想定外の未来をつくる」をコンセプトに、高校でのプロジェクト型学習の授業や、10代向けのウェブメディア「青春基地」を通じて、高校生たちの好奇心を触発しています。

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石黒和己(いしぐろわこ):1994年愛知県生まれ、23歳。NPO法人青春基地代表理事。中高はシュタイナー学園で過ごし、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。現在は、東京大学教育研究科修士過程。

■ 制服も、教科書も、試験もなかったシュタイナー教育

シュタイナー教育を受けていた私の中高時代は、制服も、教科書も、試験も、成績もありませんでした。

のびのびとした日々を過ごし、「期末試験」「テスト範囲」「試験前の一週間」などの言葉は大学生になってから知りました。

クラスメイトは7名。毎日机を一列に並べて授業を受けていました。神奈川にあった母校は、在籍時にフリースクールから私立の学校法人になっています。今回は、毎日がアクティブラーニングという自由な環境で育った自分の、率直な気持ちを綴ってみたいと思います。

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写真:クラスメイトたちと。右から二番目が筆者、高校1年生当時。

シュタイナー教育とは、ルドルフ・シュタイナー(1861年〜1925年)というドイツの思想家によって考えられた教育メソッドです。

1919年に最初の一校が開校してから来年で100年を迎え、世界中に1000校以上の小中高校があります。12年一貫教育のため、たとえば高2のときには、小学校から高校生までのチームをまとめて学園祭でお化け屋敷をつくったり、日々小学生たちにちょっかいを出されたりしていました。

ルドルフ・シュタイナー独自の思想は、教育だけでなく、農業・医療・建築など多領域にわたります。シュタイナーは、ゲーテ研究を軸に人智学、神智学を研究しており、かなりの天才ゆえに思考が及んだ範囲が広すぎて、著書は難解で、スピリチュアルな面も強くあります。

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写真:高校法人化のために小学校の廃校をセルフビルトでリフォームした。

■ 死、悲しみ、感動。心がヒリヒリするシュタイナー教育での経験

シュタイナー教育のなかでの経験は、自分に大きな影響を与えました。とにかく本物と出会う機会がふんだんにあったことが、一番楽しい時間でした。

美術の時間では、たとえば地元の芸術家が講師になり、一枚の銅板から器をつくる「鍛金」をやりました。

高熱でなまして柔らかくなった銅板を叩いて、またなましてを毎週の授業で繰り返しました。真っ赤な銅板を冷やすために、バケツの水にいれた時の「ジュッ」という音はたまりませんでした。

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写真:工芸の授業での筆者の作品。フタを噛み合わせるのが難しかった。

歴史の授業で大航海時代を学んだあとには、帆船に乗って東京湾を小さく横断しました。

帆船は、エンジンではなく帆に掴んだ風のみで前進します。

強い揺れに船酔いになり、身体の中の全てのものがなくなるくらい吐きました。食事が喉を通らないどころか、食べ物の匂いを嗅ぐだけで苦しくなって、甲板に上がって吐くのを繰り返しました。

風向きによってはほぼ進まない日もあり、当時の宣教師たちの信念は尋常じゃないと改めて思いました。

そして深夜に甲板にあがって吐いたとき「身を乗り出したら、あっけなく死ぬなあ」と思った気持ちは印象的でした。

真っ黒で、限りなく広がる海を前に、自分はげっそり吐いていて、「死」という事実を突きつけられたような強烈な感覚を覚えたんです。それは新しい感覚というか、脅威がありました。

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写真:実習中は2〜3週間授業がなくなる。図は筆者作成。

なによりお気に入りだったのが、実習シリーズです。半年に一度は必ずどこかに1〜3週間出かけていたように思います。なかでも3週間行った乳児院での福祉実習は貴重な時間でした。

生後3ヶ月ほどで預けられた赤ちゃんが、母親から離れたことを自覚してなのか、授乳を拒否していたんです。

首ももちろん座っていない赤ちゃんのその姿は、ショックや悲しさだけでなく、月並みな日本語ですが、人が生きている意味を問い直すような揺らがされました。

そして多くのジレンマを抱えながら子どもと向き合っている職員の人たちは本当にかっこよくて。一時預かりという立ち位置も含めて、職員さんが親になることはできません。でも子どもたちが親の存在を求めているのは強く伝わってきます。

一方自分は、おむつを替えるのさえ大変でした。自分の無力さを痛感しました。

シュタイナー教育のなかで、その瞬間やその現場に立ち会わなければ知ることのできない他者の気持ちが存在することに気づきました。それは想像力を広げようとし続けることの大切さを知ることができました。

世の中には、並大抵の覚悟や努力では成し遂げることができない、本気の仕事がたくさん存在します。そんな仕事やものづくり、営みの過程に立ち会い「どうしたらできるのか」という仮説を立てて取り組む姿勢を持つようになりました。

青春基地での取り組みも、まずインタビューを通じて人と出会うところから始まる原点には、この実習が影響していると思います。

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写真:卒業式にてクラスメイトたちと。筆者は一番左。

■ 発達段階として"子ども"を見るのではなく、一人の"人"として向き合うこと

よく聞かれる質問なのですが、シュタイナー学校への入学は、中学はほとんど両親が決定し、高校は自分で選びました。

小学校までは地元名古屋の公立に通っていましたが、地元の中学校からは、いじめなど嫌な噂ばかりを聞いていたから行きたくなかった。高校進学はかなり悩みました。

なぜならシュタイナー教育は細部までこだわりが強く、校舎や、チョーク・色鉛筆一つにも独特の気配や意図があります。教科書はなく、職人が一つ一つつくった画用紙のノートに自分でまとめていました。

思春期の自分には、その独特の空気感への抵抗感や、東京の街を歩いている気楽さのような近代への憧れがあったんです。やっぱり中高校生なら原宿で遊ぶとか、プリクラ撮ったりしたかったんです。

張り巡らされた意図が鬱陶しくて「ダサい!ダサい!ここから出たい!」という気持ちが、学校にとどまらない起爆剤になりました。(笑)

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写真:毎日一列で授業を受けていた教室。

もう一つは、ある時高校生だった兄に養老孟司さんの名刺を自慢されたことがあります。幼少期からの虫好きで、講演会で虫のイラストが入った名刺をもらったことが嬉しかったらしく、「なるほど、会いたい人には自分で会いにいけばいいんだ!」と思いました。

悩んだ挙句、両親に「そのままシュタイナー学園へ行くかわりに、学外でもやりたいことをやらせて欲しい」とお願いしました。

オートチャージの交通系ICカードを支給してもらい、学校帰りは毎日のように中央線を片道1時間くらいかけて東京に出ていました。

東京に行けば、当時は毎月50名以上の高校生が集まっていた「日本高校生学会」など、学校に収まれきれない大勢の同世代たちと出会いました。

学校教育の鬱憤から、自分の夢まで、自分たちなりに喧々諤々語った時間は本当に楽しかったです。そこに触発されて、6名の仲間と「僕らの一歩が日本を変える。」というチーム(現NPO)をつくり、国会議員と全国の高校生100名が議論する場をつくったりしました。

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写真:僕らの一歩が日本を変えるを立ち上げたメンバーと。衆議院会館にて。

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写真:第一回の様子。100人の全国の高校生たちと。

学校の外での学びに、どんどんハマっていきました。

それは同世代だけでなく、学校の外で出会った大人たちと話をすると「いやー、すごく面白いね!」と耳を傾けてくれるからでした。<大人と子ども>ではなく<人と人>として、対等に意見を共有してくれたり、共感してくれることが嬉しかったんです。

一方で、学校という空間では、先生と生徒の関係性はまさに<大人と子ども>であり、発達段階としての優劣というか、垂直的に関係付けられることが多いですよね。

思春期真っ只中の自分には、この<大人と子ども>の関係の背後には「君はこういうところが足りない」「まだまだ未熟だよ」という視点があるように感じていて、大きな違和感がありました。

たしかに未熟のビックマウスですが、だからこそ障壁を身軽に越えられる可能性も同時にあるなと、今高校生たちをサポートする立場になってから、より感じています。

未熟な現状にとどめるよりも、失敗やリスクが起きたときに受け止められる存在になりたいと思っています。

そもそも「子ども」自体が近代以降の概念です。大人の未完が「子ども」ではないと思います。さらに最近は高校生たちの方が知っていること、できることが増えているとも思います。

学校の閉鎖性という問題は、シュタイナー学校のなかでも課題としてあったのだと思います。

ただ、放課後にゆとりのあるカリキュラムが、結果学外活動の時間をつくってくれたことは心から感謝しています。東京の特に進学校の生徒たちは、めちゃめちゃ多忙なので。

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写真:学期終わりにいつも地元の食料品店を貸し切って開催していたダンスパーティー

■ 青春基地が中高生の「青春」の在り方を拡張する

わたしにとってシュタイナー教育で得た学びや思想観は、とても大きく影響しています。実習を通して、メディアには映らない社会をみて、そこで働く人たちの熱意に心打たれました。外から観察しているだけでは知ることができなかった経験でした。

学校の外では、魅力的な人たちや、活発で素敵な仲間たちと刺激的な毎日を過ごしました。<人と人>として議論を交わし、大人も先輩も後輩も関係なく、社会の問題に全力でトライしてきました。

振り返ると、わたしの高校生活は机上の学習だけではないProject Based Learning(PBL)という動的な学びに溢れていました。シュタイナー教育と学校外のプロジェクトの両輪を通じた学びに没頭したことが、歓喜や失敗という宝物をくれました。

NPO法人青春基地を立ち上げ、高校生たちのプロジェクトを応援することは、自分自身の再現性を辿る旅なのかもしれません。

教育は教育者の原体験に左右されがちですが、この強烈な中高時代の経験に呪縛されるのではなく、冷静に確かな価値観を見つめていきたいです。

そして好きなこと・やりたいことに没頭し、安心してチャレンジできるのが青春基地です。

魅力的な大人や先輩、仲間たちと出会い、違和感や孤独感の形を変えていく場所だと思っています。青春とは没頭することだと思うのですが、眠れないほどの不安や悩みも含めて、より多くの高校生たちの「青春」のあり方を拡張していけるよう、全力でサポートしていきたいと思います。

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写真:現在活躍中の高校生編集部たち

■ 現在、クラウドファンディングに挑戦中です!

最後になりますが、NPO法人青春基地では、今年4月から二つの公立高校でプロジェクト型学習のカリキュラムづくりと運営をさせていただけることになりました。

本プロジェクトのために、現在クラウドファンディングに挑戦中です。一人一人が自分自身の可能性を信じ、自由に好奇心を発揮できる機会を広げるために、どうぞ応援をよろしくお願いいたします!

高校の授業でメディアづくり!アクションの楽しさを生徒に伝える!

>>https://readyfor.jp/projects/seishun-kichi/

※締め切り:6月19日(月)午後11:00まで

※All or Nothing型のため、100%達成した場合のみ成立になります。

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写真:6月6日現在の達成率は54%です!