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マララさんのノーベル平和賞授賞式をインドで見て、思ったこと【編集ノート】

2014年12月30日 02時18分 JST | 更新 2015年02月26日 19時12分 JST

satyarthi malala

Joint-Nobel Peace prize winners Malala Yousafzai, left, and Kailash Satyarthi attend a press conference in Oslo, Norway, Tuesday, Dec. 9, 2014. The Nobel Peace Prize will be presented to and shared between the youngest Nobel Prize winner ever, 17-year-old Taliban attack survivor Malala Yousafzai and Indian children's rights activist Kailash Satyarthi in a ceremony in Oslo on Wednesday. (AP Photo/Matt Dunham)



マララ・ユスフザイさん(17)が2014年のノーベル平和賞を史上最年少で受賞した。今回は、インドの児童労働問題活動家カイラシュ・サティヤルティさん(60)も共同受賞した。私は12月10日のマララさんの受賞演説を出張中のインドのテレビで見たのだが、インドの人たちが、長年の領土紛争を抱える相手国パキスタン出身のマララさんの受賞をどう受け止めているのか気になった。

マララさんは、私が新聞社の特派員としてパキスタンの首都イスラマバードに駐在していた2012年10月、イスラム過激派のパキスタン・タリバン運動(TTP)に銃撃された。この一報が入ってきたのは深夜で、パキスタン時間の翌朝午前4時前に東京本社のデスクから電話で起こされ、原稿を出すように指示されたことをよく覚えている。

銃撃された数日後、マララさんは北西部ペシャワルの病院からイスラマバードに隣接する都市ラワルピンディにある軍の病院に運ばれた。私も取材で病院に向かうと、地元報道陣でごった返していた。マララさんには面会することはできなかったが、アシュラフ首相(当時)ら与野党の幹部が一緒に見舞いに訪れ、会見するのをじかに見た。パキスタンの人々にとって、マララさんの容体は最大の関心事だった。

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重傷を負ったマララさんとの面会を終え、会見するパキスタンのアシュラフ首相ら与野党幹部と、それを取材する報道陣=2012年10月、パキスタン・ラワルピンディの病院



その後も、私はマララさんがイギリスに移送されるまで原稿を書いた。当時は、その少女がまさかわずか2年後にノーベル平和賞を受賞するなんて想像もできなかった。そんなこともあり、今回の平和賞受賞はとても感慨深い出来事だった。



■「インド人はマララのことをよく知らない」


インドとパキスタンは、第二次大戦後の1947年に分離独立するまでイギリス領インドだった。独立後はカシミール地方の帰属をめぐって3度の戦争をするなど長い間対立が続いている。

今回のノーベル平和賞の授賞式について、インドの各新聞は1面で報道していた。もちろんサティヤルティさんが第一に取り上げられていたが、マララさんも顔写真とともに掲載している新聞がほとんどだった。

マララさんの受賞について、知人のインド人ジャーナリスト、ラトナディープ・バネルジ氏は「マララさんは、インド国民から高く尊敬されている。しかし、人々は彼女や彼女の活動をよく知っているわけではない」と言う。ただし、「有力な女性権利団体が間もなく関連の催しを開く予定で、マララさんの写真が地方でも見かけられるようになるだろう。(インド側の)カシミールで彼女の写真を見ることができるなら、それはとても興味深いことだ。私たちは身近な隣人なのだ」と前向きに話していた。

もちろん、これがインド人すべての意見ではないだろうが、難しい外交の話とは違い、パキスタンとインドの庶民の双方の敵対心はそんなに強くはないのではなかろうか。

両国は、街を歩いている人々の顔つきや、町並みはもちろん似ているし、インドの公用語ヒンディー語とパキスタンの公用語ウルドゥー語は文字が違うものの話し言葉は非常に近い。ともにカレーを食べる。インドは映画産業が盛んな「エンターテイメント大国」なのだが、パキスタンではインド映画は劇場ではほとんど上映されない。だが、人々はビデオショップでインドの「ボリウッド作品」を好んで買っていた。インド国境近くでは、インドのテレビ番組を衛星放送で見ているパキスタン人も少なくないと聞いた。

今回の出張で訪れたインド南部の都市バンガロールにある科学博物館内の書店では、マララさんの本が、インド独立の父ガンジーの本と隣り合って並べられていた。

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書店では、ガンジーの本の隣にマララさんの本が並べられていた=12月11日、インド南部バンガロール

■母国パキスタンでは反発の声も

私の今回のインド出張は、12月8日のハフポスト・インド版の開設を見に行くことも目的の一つだった。ノーベル平和賞の授賞式後の16日、パキスタンのペシャワルでは学校がTTPに襲撃されて生徒ら148人もの尊い命が失われるというとんでもない悲劇が起きた。インド版は連日、この事件を大きく取り上げていた。また、パキスタンの有名クリケット選手の話題も扱っている。

インド人のパキスタンに対する関心は低くないのだろうし、ハフポスト・インド版はパキスタン人が読んでいることも意識しているのだろう。インターネットが国境を越え、世界の壁を壊す力を持っていると前向きに考えたい。また、今回、マララさんとサティヤルティさんが平和賞を同時受賞したことが、パキスタンとインドの関係改善に少しでもつながることを期待している。

ところでマララさんが銃撃された2年前、母国パキスタンでは、国民みながマララさんを支持しているわけではなかった。「マララさんは西洋の操り人形だ」として保守層を中心に批判的な声もあった。その状況は、ノーベル平和賞を受賞したいまでも変わっていないようだ。毎日新聞は次のように報じた。

【オスロ金子淳】女子教育の必要性を訴え史上最年少のノーベル平和賞受賞者となったマララ・ユスフザイさん(17)。母国パキスタンでは、受賞を歓迎する声がある一方、マララさんに批判的な意見も少なくない。「女子教育の権利」には賛同しつつも、近代的な学校教育を主張するマララさんに「西洋の価値観を押しつけられている」と感じているためだ。専門家は、米国主導の「対テロ戦争」に振り回されてきた国民の反米感情が背景にあると指摘する。

「欧米の伝統や文化は我々とは違う。我々には独自の価値観がある」。全パキスタン私立学校連盟のミルザ・カシム理事長は、マララさんの自伝「わたしはマララ」を「欧米の視点」と切り捨てる。同連盟は2013年、自伝の中の一部の表現が「反イスラム的だ」として加盟校での閲覧を禁止。今年11月には自伝タイトルをもじった「わたしはマララではない日」を設定し、抗議デモを行った。



ノーベル賞:平和賞マララさんに母国パキスタン内に反感も - 毎日新聞 2014/12/10 21:46)

マララさんは以前、「将来は首相になる」と夢を語っていた。パキスタンでは、カリスマ的な人気のあったかつての女性首相ベナジル・ブット氏が2007年12月27日、暗殺された。彼女は保守派や過激派からは嫌われていた。一方、学校を襲撃したTTPは、かつてマララさんを銃撃した組織だ。パキスタンの治安悪化は止まらず、経済は低迷するなど問題は山積している。正直、「巨大新興国」インドにはずいぶんと差をつけられたような感じがする。マララさんの身の安全を祈りつつも、パキスタンに光を与える存在になることを願わずにはいられない。

マララさん ノーベル賞授賞式

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