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最先端の人工知能開発者は今、何を考えているのか?

2015年08月08日 16時02分 JST | 更新 2016年08月07日 18時12分 JST

今、人工知能の開発に、世界が動いている。

グローバルにはGoogleやFacebookが人工知能開発の最先端を急ぐ。そして日本国内でもリクルートやドワンゴといった企業が人工知能研究所をつくり、大手企業がコールセンターに人工知能を採用するといった出来事が起こり始めている。

 遠い存在のはずだった人工知能は今、突然身近になり、確実に社会の中で機能し始めている。

人工知能の未来が論じられる時、必ずと言っていいほどに引用される言葉がある。それは技術的特異点、「シンギュラリティ」だ。未来学者であるレイ・カーツワイル氏らによって生み出されたこの言葉は「テクノロジーの進歩によって、人類を超える知性が生まれる時」を意味するとともに、その到来を2045年頃と予測している。その新たな知性として、最も期待を集めているのが高度な人工知能だ。 

まるでSFの世界だ。本当にそんな世界は到来するのだろうか? 

 そこで実際に、シンギュラリティを引き起こそうとしている人工知能開発者に直接会って話を聞いてみることにした。その人工知能とは「全脳アーキテクチャ」と呼ばれる「脳型AI」である。 

この先の未来、私たちと人工知能はどんな関係になるのだろう? 全脳アーキテクチャプロジェクトの中核となるべく現在設立準備中の「NPO 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ」の副代表を務める高橋恒一氏に話を聞いた。

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NPO 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(設立準備中)副代表 高橋恒一氏  

慶應義塾大学SFC在学中、世界初の仮想全細胞シミュレーターE-Cellを開発。ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)フェローとして米国留学を経て、現在は理化学研究所生命システム研究センターでスーパーコンピュータ「京」なども活用した様々な細胞モデリングプロジェクトを主導。そうした活動の傍ら、全脳アーキテクチャプロジェクトの立ち上げにも参画し、NPO全脳アーキテクチャ・イニシアティブ(設立準備中)の副代表を務める。

シンギュラリティまでの"予定表"

取材場所は全脳アーキテクチャ・イニシアティブが事務局を置くドワンゴ本社。本社のあるビルは銀座の「歌舞伎座タワー」という名前で、新歌舞伎座のほぼ真上にある。 

並外れて華美な風体をしたり、異様な言動をしたりする者のことを、古くは「かぶき者」と呼んだそうだ。人類の知能を超えようとするという試み、“異様な言動”に聞こえるだろうか? 

――人の知性を超える人工知能を手にした時、私たちはどうなるのか。 

 私たちの多くはこの疑問に対し、期待と同じくらいに不安を持たざるを得ない。 

シンギュラリティについては、多くの知識人の間で賛否が分かれている。否定派として知られる論理物理学者のスティーヴン・ホーキング博士や、テスラモーターズCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスク氏らは、「人工知能の進化は、いつか人間に悲劇をもたらすことになるだろう」という趣旨の発言をしていることは広く知られている。これに対し高橋氏は、「議論を整理するべき」と話す。彼のシンギュラリティまでの“予定表”にはどんなことが書かれているのだろう?

高橋氏:今は、10年後、20年後、さらにシンギュラリティ以降の議論がごちゃまぜになっていて、十分に冷静な議論ができているとは言い難い状況です。これらを分けて議論することが必要でしょう。 

まず、10年後の将来はある程度確実な予想ができます。現在最先端のディープラーニング*(1)などの技術が普及し、あらゆる予測の精度が向上します。より多くの企業がIBMの人工知能「ワトソン」を導入したり、テレフォンオペレータ等の業務は人工知能による代替が一層進むでしょう。 

社会的インパクトがやや大きくなるのは、相手の感情を察して行う労働「感情労働」の代替かもしれません。現在、世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」は人間の表情を見て感情を察知します。この技術がより高度になって実用化すれば、「怒っている相手をなだめる」といった、人間がものすごく疲れる仕事を人工知能が代替する可能性が出てきます。

*(1) ディープラーニング:「ニューラルネットワーク」と呼ばれる脳の構造を模した神経回路網rをより複雑にすることで、さらに高度な問題を人工知能が解くことを可能にする技術。画像認識などの分野で高い成果を挙げている。

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テレビCMでもお馴染みの「Pepper」。いつかは大企業にリクルートされるのだろうか?

引用元:http://ja.wikipedia.org/wiki/Pepper_(ロボット)

現在でも、アメリカでは弁護士の仕事の多くが人工知能に代替されつつある。しかし高橋氏は、10年先の未来は「その後に起こることに比べれば、まだ社会的インパクトはそれほど大きくはない」とする。

高橋氏:時期ははっきりとは言えませんが、10年後以降、人工知能はもう1つの大きな壁に挑むことになるかもしれません。それは「言語獲得」の壁です。言語処理のための優れた人工知能技術の開発はこれまでも成されてきましたが、本当の意味で言語の意味を理解し、運用することは人間にしかできず、可能にする具体的技術はまだ生まれていません。この壁が突破できなければ、人工知能は再び忘れ去られる概念になるのかもしれません。 

しかし突破できれば、おそらく人間ができる仕事のほとんどを自動化できるようになります。経済に対するインパクトは非常に大きなものとなり、既存の社会の常識が書き換えられるような変化すらも引き起こすでしょう。 


こうなると、具体的に議論しなければならないことがたくさん出てきます。よく言われる“人間の職業の消失”です。受付業務や書類整理などの事務作業はもちろん、医師(診断業務)、弁護士や会計士など、高度な専門知識をベースとした判断・診断を行うことによって成り立つ職業は、人工知能に代替される可能性が大きくなります。10〜20年以内にアメリカの労働市場の半分がコンピュータに置き換えられるという予想もあるほどです。 

とはいえ「人であってほしい職業」は消失しません。大切なのは、これから起きるかもしれない変化を認識し、備えてゆくことではないでしょうか?

10年後といえば、現在中学校1年生、13歳の子どもが社会人になる。さらに現在、企業の採用に内定し、ほっとしている大学生は、働き盛りの30代前半に突入する。私たちの既存の教育概念やキャリアプランは大きな変更を迫られるのかもしれない。

高橋氏:シンギュラリティの議論は10年後の議論よりもずっと慎重にする必要があります。このままコンピュータの能力向上が進めば、論理的にはシンギュラリティはいつか起きる必然です。人類文明の根本に関わる問題ですから、今から真剣な議論を積み重ねてゆく必要があります。しかし、その前に議論しておかなければならない社会の変化もたくさんあります。昨今の人工知能ブームは少し盛り上がりすぎのきらいがあり、その反動で今後シンギュラリティの冷静な議論がしづらくなる雰囲気になることを懸念しています。近い将来の議論と遠い将来の話はどちらも大事であり、どちらかに偏りすぎてはなりません。

"脳に学ぶ"人工知能は、人間を超える夢を見るか?

人工知能は2つに大別される。まず私たちがよく目に耳にしているものは、Googleの自動運転や、将棋の電王戦で使われるコンピュータ将棋ソフトに代表されるような、特定のタスクを“賢く”こなすものだ。これらは「特化型人工知能」と呼ばれ、現在、社会の中で数多く使われている。 

しかし、人間の知性を超えるような人工知能に求められるのは、特定タスクをこなすだけに留まらない“汎用性”を備えた「汎用人工知能」だ。

高橋氏:従来の人工知能の得意分野は主に、大人の人間ができるタスク、つまり計算や論理思考の、より高度なものを賢くこなすことです。その一方で、人間の子どもがするようなタスクは不得意分野でした。最初は泣いているだけの赤ちゃんが、幼稚園児くらいになると、今日の出来事をストーリー仕立てにして親に伝えたり、新しい環境で、新しい自分の特技を見つけたり...といった人間の営みを人工知能で再現することは非常に難しい。人間の子どものように「『何を、どのように学ぶか』を学ぶことができる」、つまり「知識獲得」ができることこそが、汎用人工知能に求められる条件なのです。そして私たちはその可能性を、人間の「脳に学ぶ」人工知能開発に託しているのです。

今の人間とコンピュータの知性の関係は、人間にとって難しいことがコンピュータには簡単であり、人間にとって簡単なことがコンピュータには難しい、という状況にあるということだ。これは「モラベックのパラドックス」と呼ばれ、汎用人工知能開発のための壁になってきたのだという。 

そこで人間の脳に学び、人間を超える全脳アーキテクチャで挑もうとするのが高橋氏らの作戦だ。しかし、学ぶといってもどうやって学ぶのだろう?

高橋氏:たとえば人間の持つ「感情」について考えてみましょう。私たちは、「気分がいい」という理由で楽しい行動をとります。逆に気分がよくなければ、気分をやわらげるような行動をとります。一体なぜでしょう? 

この時に脳でどんなことが起こっているのかを考えてみると、実は感情の働きが、大脳新皮質*(2)の情報処理を効率化している可能性があるのです。 

私たちは感情によって、「気分がいいから楽しいことをする」ことができる。つまり、感情によって即座にかつ、効率的に意思決定を行うことができるのです。もしも感情が無ければ、目の前の様々な状況を並列的に考えなければならず、それぞれの可能性を多層的・多重的に検討して意思決定する必要があるために、プロセスが複雑化し、非効率になるのです。時に面倒な人間の感情は、このようにして脳の情報処理に役立っている可能性があるのです。 


このような脳の働き全てを包括的に考え、人工知能に置き換えていこうとするのが全脳アーキテクチャの考え方なのです。現在、GoogleもFacebookもIBMも、大脳新皮質の部分のモデルに注力したディープラーニング技術を核に人工知能を開発しています。これに対し、脳全体に目を配ろうとするのが全脳アーキテクチャの独自性であり新規性なのです。日本初の汎用人工知能技術として、世界に勝負を仕掛けていきたいと思っています。

*(2) 大脳新皮質:大脳皮質の一部であり、系統発生的に、最も新しい部分にあたる。人間の大脳のほとんどを占め、学習・思考・情操などの精神活動を営む。

汎用人工知能・全脳アーキテクチャは、多くの研究者・技術者のコラボレーションによって生み出される。高橋氏は、全脳アーキテクチャを動かすためのOS、つまり基盤ソフトウェア開発を担当し、理化学研究所とドワンゴの共同研究として推進中だ。初の脳型計算基盤ソフトウェアである「Brain-inspired Computing Architecture(BriCA: ブライカ)」は、5月末の人工知能学会で発表された。BriCAは、全脳アーキテクチャ以外にも、生命科学研究におけるデータ解析に脳型情報処理を応用するなど、様々な用途にも使えるという。

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"イノベーティブ人工知能"がもたらす世界の「大分岐」

高橋氏:シンギュラリティへの危機感よりも先に議論すべき大きな社会的問題があります。それは「人工知能革命」に乗れる国とそうでない国に、産業革命以降最大の格差が生まれる可能性があるということです。

高橋氏は今、駒澤大学のマクロ経済学者井上智洋氏とともに「AI社会論研究会」を立ち上げ、汎用人工知能のテクノロジーを政治・経済面、さらに倫理面から議論する場を設けている。キーワードは、Humanity(人類)、 Economics(経済)、 Law(法律)、 Politics(政治)、 Society(社会)の頭文字を取った「HELPS」だ。かつてゲノム生物学が生まれた時や、生命を工学的につくり、解明しようとする研究分野「合成生物学」が生まれた時には、オックスフォード大学などが先導して「ELSI(Ethical, Legal, Social Issues)」という概念が生まれたが、人工知能の社会へのインパクトはこれまでのどんなテクノロジーに比べても深く、広いので、さらに広い視野が必要と考えて提唱しているのがHELPSだという。

高橋氏:これはAI社会論研究会を一緒に立ち上げた井上氏の受け売りですが、経済史の専門家であるグレゴリー・クラーク氏によれば、かつての産業革命は国際社会に「大分岐」をもたらしたとしています。つまり、産業革命の波に乗ることができた国はどんどん豊かになって先進国へ、乗り遅れた国は相対的に発展途上国へと大きく分岐したということです。 


産業革命以前の社会における経済の資本は土地でした。資本である土地に農民の労働力が単純に掛け算されることで、食糧が生産されていました?