AKBの人気投票を会社に持ち込めない2つの理由

人事システム改善プロジェクトを任され、そのための斬新なアイデアを求めて、ゲーミフィケーションの世界で有名なスミスを訪ねた人事部課長の木山と若手社員の井島。前回は、スミスにいまなぜゲーム感覚で物事に取り組む「ゲーミフィケーション」に注目が集まっているのか、またその具体的な事例について解説を受けた。

<前回のあらすじ>

人事システム改善プロジェクトを任され、そのための斬新なアイデアを求めて、ゲーミフィケーションの世界で有名なスミスを訪ねた人事部課長の木山と若手社員の井島。前回は、スミスにいまなぜゲーム感覚で物事に取り組む「ゲーミフィケーション」に注目が集まっているのか、またその具体的な事例について解説を受けた。

スミス:一つの明確な結論は、ツールだけ導入しても意味はないということです。実際、これはゲーミフィケーションに限ったことではないのですが、単に社内システムにIT投資をしても、投資効果はなかなか簡単には見込めないことは研究結果として出ているんですね。一番有名なのはブリョンジョルフソン(E.Brynjolfsson)の1990年代の研究ですが、IT投資に加えて、社内システムの変更や、社員のITリテラシー教育といった組織的対応を多面的に展開していかないと、ITだけ投資しても生産性の向上につながらない、というのはデータが出ています。(下図参照)

木山:やっぱりそうなんですか。モノだけ入れてもダメですよねえ。モノだけ入れて済めば、一番ラクではあるんですけれども、そんな簡単にものごとが進むと思うなよ、ということはいつも部下に言っているのですが、心強いデータですね。

スミス:おっしゃる通りでして、ゲーミフィケーションのサービスなども、入れただけで機能するというのは、まだそんなに聞かないですね。事業所の戦略やスタッフの資質との相性、使い方についての理解とかいった問題はどうしても出てきますね。

ただ、ブリョンジョルフソンのデータは、ツールだけ入れても効果がないことを示しているわけですが、逆に言えば、社内の評価制度やリテラシー教育、決済方式の変更など、他の制度設計も連動して変化させれば、IT投資による生産性の向上は見込めるという結論でもあります。

木山:なるほど。ただ、そこまでやるんだ!ということを社内に意思決定として持ち込もうとすると、なかなか一筋縄にはいかないところがありまして...。

スミス:よくわかります。全社的な意思決定となると、簡単にはできないですよね。

木山:ちなみに、基本的な質問で恐縮なのですが、ゲーミフィケーションと「ゲーム理論」とは何が違うのでしょう。

スミス:ゲーム理論というのは、そもそもは数学とか経済学の分野の話でして、二人以上の意思決定者がいるときの駆け引きだとか、そういったことを考えるときに非常に有効な理論なんですね。囚人のジレンマゲームの話をご存じですか?

木山:あー、あれですよね、あの......二人の容疑者が捕まって、別々の部屋で尋問されていた時に、自白するのがいいか、黙秘をし続けるのか、どっちがトクになるかとかいう...。

スミス:それです、それです。そもそもは仮想的な取引状況を数学的に理論立てて、考えていく学問分野だったのですが、いまはそれがいろいろと発展して、実際の規制政策だとか、オークションのデザインだとか、さまざまな経済分野の施策で役に立ってるんですね。

木山:基本的には、ゲーム理論とゲーミフィケーションとは関係ないんですか?

スミス:流れとしては別ですね。ゲーミフィケーションは学問というよりは、ゆるいビジネス潮流といった側面が強いですし。 たとえば、よりよい選挙制度を考えるみたいな話をゲーム理論の専門家が考えると、「個々人にとって公平な投票制度をどう作るか」みたいなことを頑張って考えるわけですね。一方で、ゲーミフィケーションだと「いかに選挙を面白く、熱中させるか」みたいなことを考えます。

木山:ゲームの公平性は考えないんですか?

スミス:より正確にいうと、しょっぱなからは考えないですね。ある程度「これはフェアなゲームだ」ということがゲームプレイヤーに信じられている状態は必要なので、そういう信念が成立することは重要なんですが、厳密な意味での公平性というのはケースバイケースですね。たとえば、選挙の公平性とかっていう話になると、アローの不可能性定理といった「公平性をきっちりと達成するのは難しいですよ」という込み入った話になるのですが、そこまで必ずしも考えないですね。

ただ、大規模なゲームを長期で仕掛けるという場合などは、そういったレベルの知識もある程度ないと、ゲームのシステム設計ができなくなりますね。そこは、事業規模によっては必要だという風に考えていただければいいかな、と思います。

井島:あの、私、大学院では複雑系のシミュレーションなどをやっていたのですが、そういった知識は役に立つのでしょうか。

スミス:おお。本当ですか。大規模なものを構築しようと思ったらゲーム参加者のインセンティヴの分析など、さまざまなシミュレーションができるのはとても重要だと思います。素晴らしく役に立つと思いますよ。

木山:おお、良かったな!井島!

スミス先生、たとえばですけどね、いま、すごく流行ってる、AKB48みたいなものもゲーミフィケーションなんじゃないか、と井島が言っていたんですが、そういうものなんですか?

井島:......あの、例えば、AKB48の総選挙とかそうですよね。ファンがもっと投票したくなるように色々と仕掛けてるんじゃないかと...

スミス:そうですね。AKB48は日本の大規模なゲーミフィケーションの顕著な成功例の一つと言っていいと思います。私の友人も、いまAKB48の小嶋陽菜さんの熱心なファンをやっているので、色々と話を聞いていますが、たとえば選抜総選挙などの場合、選挙の途中で「速報」が出ますよね。あれが非常に重要な機能をもってますね。

木山:「速報」?

井島:総選挙の最後に誰がどれだけ得票を得たかを発表する前に、選挙レースの途中で誰がどのぐらい有利かを中間発表するんですが、それが速報です。

スミス:そうです。たとえば、私の友人はこの中間発表をみて「あ、俺の大好きな小嶋陽菜ちゃんが、あと100票で順位がもう一つ上にいける...!」というのを見ると、もうあと100票ぶんの投票権つきCDを追加で購入してしまうのですね。彼いわく、特に15位以下ぐらいのほうが「俺が頑張れば、あの子の順位が変わる...っ!」という感覚が露骨にでるのだそうで、そこらがファンをやっていて一番おもしろいところと言っていますね。

木山:雑談になってしまうかもしれませんが、ちなみに、たくさん買ったCDはどうされてるんですか。

スミス:いや、それが...彼と会うたびに、AKBのCDもらうんですよ...。CDを捨てるのは忍びないから、せっかくだから「布教用」ということで会った人全員に渡してるみたいですね。彼は大学での講義ももっているので、何度か、授業中に学生全員にくばったりもしているらしいですが、握手会や総選挙のたびにダンボールを数箱分購入してるようですからね...。

木山:いやー、社内の業務をAKBファン並の熱心さでやってくれたら、いいですよねぇ。ほんと。できないんですかねぇ。

スミス:まさに、そこが非常に難しいポイントなんです!ゲーミフィケーションの成功例としてAKBのファン・コミュニティを思い浮かべていただくのは、まずそんなに間違ってないんですが、AKBでやられていることをそのまま会社でできるのかというと、そこにはいくつか難点があります。

理由は大きく言うと二点あります。

一点目は、社内の人事システムにゲーム的な評価の仕組みを安易に入れてしまうと、たとえば成果主義といわれるようなものになってしまうんですね。成果主義というのは、良い面もありますが、ストレス源になってしまうことも多い。よくデザインされていないゲームは、ポジティヴな刺激というよりも、ストレス源になることが結構多いんです。

二点目は、たとえばAKBの「人気投票」みたいなものを、会社のどこかの評価制度に導入しようとしたときに、そのゲームにみんなが納得できるのかどうかがとても重要です。ゲームデザインでは、それをビリーバビリティと呼んだりします。たとえば、AKBはアイドルなので人気商売で、人気があってお金を稼げる人が良いメンバーとして位置づけられる。これはとてもフェアな仕組みだと思われます。だけれども、社内の仕事の評価の定義は、何が重要な要素かは、部署によっても人によっても変わってきますよね。社内人材の多様性をきちんと考慮したゲームデザインをどう作るかということは、一つの壁になってくるんですね。

木山:あー、確かに。あんまり単純な評価制度を入れても機能する部署と機能しない部署がありますね。営業とかだと、営業成績を方眼紙につけていくようなことをよくやりますね。いやー、私も営業にいたとき、調子のいい時はあれでよかったんですが、あれをギリギリでやられるとやはり辛い人は辛くなっちゃいますねぇ。

スミス:そうなんです。じゃあ、どうするかというと、いくつかの方法はあるんですね。次回はその方法を見ていきましょう。

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