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阿部博史氏×櫻田潤氏対談(後編)~ビッグデータとジャーナリズムの可能性と課題~

2015年08月02日 14時14分 JST | 更新 2016年07月29日 18時12分 JST

ビッグデータを社会問題の解決に役立てるための動きが広がっている。NHKスペシャルでは、「震災ビッグデータ」、「医療ビッグデータ」という特集を放送。膨大な量の情報を解析しなければ浮き彫りにならなかった課題をビジュアル化し、視聴者から大きな反響を呼んだ。NHKスペシャルのディレクター・阿部博史氏と、ニュース共有サービス「NewsPicks」でインフォグラフィックス・エディターとして働く櫻田潤氏をお招きした対談後編では、データのビジュアル化についてさらに深い議論が交わされた。ビッグデータとジャーナリズムには、どのような可能性と課題があるのか。

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阿部 博史(あべ ひろふみ)氏
日本放送協会
報道局 報道番組センター 社会番組部
ディレクター

櫻田 潤(さくらだ じゅん)氏
株式会社ユーザーベース
NewsPicks編集部
インフォグラフィックス・エディター


データの可視化で社会問題の議論を深める

阿部:気象庁のデータを使って爆弾低気圧による風の流れを可視化したものを作ったときは、視聴者から「こんなの初めて観た!」という反応がありました。インフォグラフィックでも同じだと思うのですが、データを可視化する際に重要なのは見る人に「驚き」を与えることです。それができなければ、誰にも興味を持ってもらえません。わかりやすさと共に驚きもある。その入り口がきっかけになって、データの裏にある複雑な背景に目を向けてもらえればと思っています。また、私はよく「景色を見せる」という言い方をします。全体の景色が見えなければ語れないことがあります。だから、データをビジュアル化する必要がある。その部分に、これからできることがたくさんあると思います。

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櫻田:はい。インフォグラフィックもまだ作り手が少ないので、まさにこれからの分野です。

阿部:情報はこれからどんどんオープンになっていくでしょう。私たちも情報を独り占めしようとは思っていなくて、ビジュアル化したビッグデータは視聴者にも公開していきますし、専門家のもとに持って行って分析してもらう取り組みも行っています。ただ単に専門家にインタビューするよりも、可視化したデータを見せながら話を聞いたほうが議論はより深まります。そこに一つの新しい報道の手法があるのではないかと思っています。

櫻田:インターネットのコンテンツでもデータを可視化することによって、読者の議論が深まっていくという実感があります。課題としては、スマートフォンなどデバイスがどんどん小さくなっているので、データを可視化するだけでは伝わりにくいということです。ですから、ストーリーで引き込んでいくインフォグラフィックが重要になってくるのだと思います。これからはアニメーション活用も視野に入れる必要があるかもしれません。

阿部:前編で櫻田さんが指摘していた通り、データをビジュアル化していくデータビジュアライゼーションと、ストーリーで引き込むインフォグラフィックには、それぞれメリット、デメリットがあります。2つの表現形式を、どう両立させていくかが課題になりそうです。

櫻田:そうですね。でも、データビジュアライゼーションとインフォグラフィックが違うものだと作り手が認識し始めたことは、いい流れだなと思っています。日本のデータビジュアル表現は、今、ようやくそこに辿り着いたところで、まだ始まったばかりだと思います。

ボリューム層以外のデータにどう焦点を当てるか

阿部:テレビは紙芝居のように画をつないでいく構成になっています。どうつないでいくのかというと、やはりそこは「言葉」を使うわけです。「これこれ、こういうことになっています」と解説していきながらつないでいく。これをインフォグラフィックのようにデータのビジュアルでつないでいくことができれば、どれだけいいだろうと思います。難しいのは、データで突出している部分、つまり目立つ部分は視聴者に伝えやすいのですが、そうでないマイナーな部分のデータをどう伝えるかということです。ぱっとは目を引かない目立たない部分にこそ、データの本質的な意味が隠されている場合もありますから。

櫻田:データをビジュアル化した場合、どうしても一番ボリュームのある目立つ部分に目がいきます。特にマーケティングツールでデータを使う場合は、「この層に売れる」など、トップボリューム層の話にしか焦点が当たりません。ですから、企業からの受託でインフォグラフィックを作るような立場でしたら、ボリューム層をさらに目立たせるように作ると思います。私がメディアに在籍しようと思ったのは、そうではない表現もメディアならばできると考えたからです。メディアでインフォグラフィックを作る立場になれば、目立たないマイナーな部分にもストーリーを付けて目立たせていけるのではないか、と。

阿部:私が現在やっている仕事は、NHKにしてみれば、研究開発に投資している部分が大きいのだと思います。もちろん、しっかり成果を出して、還元していかなければならないのですが。櫻田さんは、研究開発と、実務的な部分はどれくらいの割合なのですか?

櫻田:半分半分でしょうか。今まで存在しなかった記事フォーマットを開発しているという意識は自分の中にあります。ですから、半分くらいは「デジタルコンテンツに合ったインフォグラフィックの表現ってなんだろう」と考える時間に費やしているという感じです。

阿部:編集長から、いろいろな要望や意見が飛んできたりするものなのでしょうか?

櫻田:それもありますが、自分で課題意識を持って取り組んでいる側面が大きいですね。モバイル端末への最適化など課題が山積みで、なんとか解決したいという個人的な欲求で動いています。それを会社でやらせてもらっているのは、本当にありがたいことです。

阿部:どの表現が最適なのかの研究は、インターネット上ならいろいろテストできそうですね。

櫻田:まだ十分にできていませんけど、2種類のインフォグラフィックを作って、どちらが読者に読まれたのか、滞在時間はどちらが長かったのか、どの部分のコマで読者が離脱したのかなどを調査する「ABテスト」と呼ばれる手法を使うことが、インターネット上ならば可能になります。編集部とテクノロジーの部署が組んで、これからどんどんそういった手法を活用し、インフォグラフィックの精度を上げていきたいと思っています。

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デザインとアートの融合を

櫻田:その反面、あまりデータ至上主義に陥ってしまうのも良くないと思っていて、作り手の感性の部分を大切にすることも重要だと思っています。感性の部分はアクセス数などの数字には落とし込むことができません。「こういう構成が正しい」というところまでは、ABテストなどの結果を採用し、表現の部分は作り手の感性を大切にするという合わせ技が必要になると思います。でないと、読者の感情を呼び起こすことができませんから。

阿部:興味深い話ですね。

櫻田:インターネットの世界では、ABテストなどを活用したデータ主義が主流になっています。私の個人的な感想ですけど、データ至上主義がなぜ流行るのかというと、日本人の説明下手な部分に説得力を持たせるのにもってこいだからなのだと思います。しかし、それだけでやっていても長期的にインフォグラフィックの質が高まっていくとは思えないのです。阿部さんも「驚きが大切」と仰っていましたが、そういった「驚き」を読者に与えるためには、やはり作り手の感性の部分を疎かにしてはいけないと思っています。

阿部:一方で、「NewsPicks」はアクセス数も多く、ユーザーの質が高いサービスです。確かにデータ至上主義に陥り過ぎるのは危険ですが、質の高いユーザーが明確な意志を持ってページを離脱したということであれば、作り手にとってかなり精度の高い情報になりますよね。それを上手く使えば、誰も実現したことのない究極のデザイン論ができてきそうな気がしています。というのも、テレビの世界は、視聴率を追うことはできても、誰がどこでチャンネルを変えたのかというような情報が、まったく得られないのです。

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櫻田:確かに、そのバランスは、とても難しい。たとえば、Googleはそうした究極のデザイン論に近づいていると思うんですよね。調査するサンプル数も多いですし、かなり考え尽くされて作られています。ですから、Googleのサービスで使われているアイコンを模写して構造を調査するようなこともしています。一方で、芸術作品を意識的に鑑賞するようにもしているのです。私が思うのは、今までのデザインはマーケティング的な部分と、アート的な部分がわかれ過ぎてしまっていたのではないかということです。よく、「デザイナーはアーティストではない」というような意見も聞かれます。その枠組みが一回とっぱらわれて、デザイナーにもアート的な部分が必要になってくる気が最近しています。

阿部:そう言われてみれば、先程紹介させていただいた爆弾低気圧による風の流れを可視化したものも、ゴッホが描いた渦を巻いている絵に似ていると言われることがよくあります。

櫻田:それは、面白い話ですね。

阿部:なにをやるにしても、人の心を揺さぶることは大切ですよね。ビッグデータを可視化するときも、アート的な表現で人を驚かすという発想が重要になってくるのだと思います。

櫻田:ビッグデータを持っていて、それを分析することは、いずれどの企業や団体も可能になってくるでしょう。しかし誰もができるようになれば、必ずコモディティ化していきます。ですので、その次のフェーズでは、それをどう心を揺さぶるように見せられるかが大切になってくる。そうしたトレンドは、これからどんどん加速していくように思います。

阿部:本日はありがとうございました。

櫻田:こちらこそ、ありがとうございました。

(構成・宮崎智之)

WISDOM 2015年04月24日の掲載記事「阿部博史氏×櫻田潤氏対談(後編)~ビッグデータとジャーナリズムの可能性と課題~」より転載