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『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』by 書店員がビジネスパーソンにオススメする一冊

2014年12月02日 17時44分 JST | 更新 2015年01月31日 19時12分 JST

書籍のプロがビジネスパーソン必読の一冊を紹介するこのコーナー。今回は、日本第2位の大手製紙業メーカー日本製紙の石巻工場を追った一冊『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』を取り上げる。

未曽有の災害となった東日本大震災により、石巻市は沿岸部を中心に大きな被害を受けた。石巻工場も数百億円の設備を失うなど、大きな被害を出した。一方で、海に面していたにも関わらず当時工場にいた1,306名の従業員は無事だったと言う。

「それぞれの人がその場その時に最適な選択をしていることが感じられます」、そう語るのは本書の編集を担当した早川書房の岩﨑輝央さん。岩崎さん、そして本書を選定した青山ブックスクールの作田祥介さんに、本書にはどのような魅力があるのかを伺った。

「自分ならどうしていたか」、個人の決断が盛り込まれている

編集部:

日本製紙という会社を本書で初めて知りました。

作田さん:

僕は日本製紙のことは知っていたのですが、まさか日本の出版用紙の約4割を造っているとは知りませんでした。

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岩崎 輝央さん

株式会社 早川書房

営業部販売促進課





岩崎さん:

私も実は本書に携わるまで、まさか書籍や雑誌に使う紙が東北、石巻で造られていたなんて知りませんでした。出版業界にいるかたにも「この本を読んで初めて知りました」と仰るかたも少なくないですね。

編集部:

震災から3年以上が経ちましたが、今回本書を選定した理由をお話しいただけますか?

作田さん:

日本製紙の復興を追った本書は経営者のかたはもちろん、石巻工場で働く人たちがどのような想いを持ち行動を起こし、復興に繋がったのか。東京にいた僕には想像できない出来事が本書には描かれていました。

災害時も含めて、ビジネスパーソンは常に状況を見極め、決断をしていかなければならない。本書の登場人物はみなさん、さまざまな決断をされています。それを感じ取ってもらいたいと思いました。

編集部:

本書は復興に至る話ではなく、震災当日の話が内容の大半を占めていましたね。現場にいた人たちが何を考え、どう行動したのか、まるで現場にいるかのような感覚でページをめくっていきました。"書籍"としての強さを感じるような一冊でしたね。

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作田 祥介さん

株式会社B&H

新刊・複合事業部

青山ブックセンター 企画主任



作田さん:

総務課や工場長、社長、運転手のかたにまでフォーカスしています。それぞれの立場、視点から震災が描かれていて、「自分ならどうしたんだろう」と深く考えさせられる一冊でした。

「きっと(避難をしなくても)大丈夫だよ」「高価な機械から離れたくない」など、さまざまな想いが入り交じる中、避難していた日和山を下りようとした人を強い気持ちで引き留めた人もいる。本書に登場する人物たち一人ひとりを通して、「自分ならどうしたんだろう」と、考えさせてくれる一冊でした。

岩崎さん:

本書の原点は、日本製紙が作成していた小冊子でした。震災当時の写真や従業員の手記を載せた小冊子を弊社の副社長が見て、「どうしても書籍にしたい」と弊社社長に掛け合ったそうです。その時点で、すでに震災から2年半が経っていました。

復興関係の書籍はすでに多く出版されていたので、本書では如何に工場が復興したのかではなく、紙を造っている工場の視点を中心に、復興へのプロセスを紹介し、書店さんや読者を元気づける内容にしたいと考えていました。

震災当時の空気、個人の想いを感じさせる一冊

編集部:

本書は、復興の話を美談にしていないところが魅力的だと感じました。復興に向けた難しい目標に対して、無理だと思って心の中で叫んだ言葉「アホか、おっさん! できるか!」も素直に出している。現場の感情や空気を率直かつ忠実に描いているところが印象的でした。

作田さん:

だから、読み手だった僕たちの心も動かされたんでしょうね。冒頭の総務課主任、村上義勝さんの避難指示のエピソードは「凄い」の一言しか浮かびませんでした。

チリ地震や宮城県沖地震でも大きな津波は来なかった。しかし、村上さんには絶対に津波が来るという直感が働いていた。中には楽観的に構える従業員もいて、一時避難先の日和山から下りたいという希望が挙がったそうです。しかし、自分の直感を信じて「業務時間内なので、会社が身柄を拘束できる」という会社としての理屈を盾に下りさせなかった。現場でも不満が漏れ出ていたし、もしも直感が外れていたら、さらに批難を浴びてしまう可能性もあったかもしれません。しかし自分を信じて、避難命令を出した村上さんの姿がとても印象的でした。

岩崎さん:

主任の権限は、実際大きくないようです。しかし、震災当時、経営層がみんな野球部の応援で東京に行っていた中で、村上さんは「工場に戻りたい」「家に帰りたい」と言う従業員に「ダメです」と強く言い続けました。年上や職人気質の従業員たちに「生意気な口を叩くな」と言われる中でも、気持ちを曲げることがなかった。

不満も漏れ出る中、「業務時間内なので、会社が身柄を拘束できる」と年上や職人気質の従業員に強く伝える。村上さんの直感が外れて、もしも津波がこなかったら批難を浴びていたのでしょう。しかし、村上さんが強く戒めたことで、従業員を守ることができたんでしょう。

編集部:

言葉の選びかたもとても心に刺さりました。

作田さん:

「出版社が紙を待っている」、瓦礫を除去して一刻も早く製紙業務を再開しなければいけない。再開しやすく、紙の生産も早いN6マシンではなく、8号抄紙機(単行本、文庫本、コミック用紙など高度な専門性が要求される紙の製造が可能)の復興作業を優先するエピソードはいろいろな想いと言葉が入り交じっていますよね。N6の再開作業がすでに進んでいる中で、8号に方針を変えれば、現場の士気も下がり、負担も大きくなってしまう。しかし、工場長である倉田博美さんはやりきれない怒りを出すこともなく、会社の方針だと逃げることもなく「すまない」と従業員に伝えています。

いっぽうで、8号と7号の現場を統括していた佐藤憲昭さんは「国内の出版の方々が8号を見捨てないでいてくれた!」と語っていました。それぞれの立場、想いがさまざまな言葉で語られているんですよね。

著者が常に意識しているのは「100年残る本」

編集部:

海に面していながら、被害者がゼロだった。これは村上さんをはじめ、各人がそれぞれの立場や直感を信じたから実現できたのでしょう。しかし、本書では「無数の偶然の上に成り立っていた」とさらりと語っているところが印象的でした。

岩崎さん:

石巻工場のかたは、みな日本製紙での仕事に誇りを持っています。佐藤さんは「8号が倒れるときは、出版が倒れる時だ」と強い気持ちを持って仕事に取り組んでおられます。8号を半年で再開させたことに従業員が喜ぶ中、奔走している調成課の志村和哉さんが言われた「本当に工場を支えている人間っていうのは、こういうところにいる」の一言。これはまさに出版界を支える日本製紙、そして石巻工場の姿そのものではないでしょうか。

編集部:

最後に本書をどのようなかたに読んで欲しいですか?

作田さん:

未曽有の災害に遭遇する中で、どのように判断し、行動を起こすべきなのか。さまざまな立場、役職の視点で描かれている。組織全体でどう動くかを描いている書籍は多いと思いますが、組織の中で働く個人個人の視点から感じ取れる書籍はなかなか見つけることはできません。本書の中に出てくる日本製紙石巻硬式野球部のエピソードの中でも、復興のシンボルとして勢いを増していく中で、震災を通して野球よりも家族が大事だと決断をしたメンバーもいました。本書を通して、危機が起きたときには、何を大切にして、どう行動するのか、ということが一人ひとりに問われるように思いました。役職や立場を問わず、ビジネスパーソンのみなさんに読んでいただきたい一冊です。

岩崎さん:

本書を執筆された佐々涼子さんは、「100年残る本を作りたい」と常に仰っているかたです。この本は震災時の危機管理、乗り越えていくヒントを見つけられる一冊だと思っています。ただし、日本製紙は従業員、そして地域住民にもとても愛された会社なので、同じようにやるのは難しいかもしれません。野球部もコスト削減の観点から廃部にしろと言われていたなか、震災を経験し苦しい環境にあるからこそ残したのは日本製紙ならではですよね。普通の会社がどのように参考にできるのかははっきり言えませんが、単純にプロジェクトX的に感動ができるし、やる気も貰えると思います。

(2014年10月17日)