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上海における乳癌の疫学とスクリーニング(前編)

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乳癌は世界的に女性の間で最も多いとされる悪性腫瘍です。

2012年には、新規に168万人が乳癌と診断され、52万2千人が死亡しています。アジアでは乳癌の罹患率は上昇しつつあり、死亡率の上昇にも相関しています。一方、欧米では罹患率の上昇は同様にあるものの、乳癌による死亡率は過去数十年の間に減少傾向にあります。

●罹患率と死亡率


中国は、世界最大の人口を抱えると同時に最大の低〜中所得国でもあり、乳癌増加の負担に直面しています。中国国立中央癌登録によると、年齢調整罹患率では農村部に比べ都市部では2倍も多く発生しています。特に上海は、社会経済的に発展した巨大都市で、必然的に乳癌が問題となっています。

この10年で、乳癌の罹患率は28%も上昇し、女性10万人あたり52人から66人の罹患率となっています。中国での乳癌診断時の平均年齢は45-55歳ですが、欧米では乳癌罹患率は年齢とともに直線的な相関関係があるとされています。上海のデータでみると、25-49歳の女性での罹患率には大きな増加は起こっていませんが、50-70歳の女性では顕著な増加が起こっています。上海では乳癌による死亡は過去10年で増加傾向にあり、女性10万人あたり13人から19人へと上昇しています。

●危険因子について


上海は、中国を代表する都市であるとともに、国内でも最も高い罹患率が報告されている地域の一つでもあり、出生率減少と密接に関連しています。一人っ子政策のため都市部では伝統的な価値観の変化や子育ての負担が増し、農村部よりも都市部で、より顕著でこのような現象が起こっています。中国の全出生率は1950-55年の6.0から2010年には1.6まで低下しました。特に、東沿岸部の経済的に豊かな地域の一部では全出生率は最低になっています。

上海は、世界中の都市の中で最も低い全出生率となっており(2010年で0.81)、ほとんどの産業国の中でもずっと低い値です。欧米女性と同様、中国人人口の中で乳癌の中程度のリスク上昇と密接に関連している因子としては、妊娠や出産に関連するもの、例えば、生涯のうちの月経期間の長期化(主に初潮の若年化と閉経年齢の遅れによる)、未経産、最初の出産年齢の上昇、授乳の少なさ、乳癌の家族歴が挙げられます。

上述のように、妊娠出産関連因子のうち、出生率の減少は乳癌のリスクにも影響する可能性があります。例えば、授乳は乳癌を減らす因子であるため、もし出生率が下がれば一生のうちの授乳期間も減ってしまう、ということです。

加えて、欧米では、肥満と活動性の低下が乳癌の増加に影響するとされています。

健康的な伝統食型(米、新鮮な野菜、大豆、豚、小麦粉の摂取)から欧米型へ食生活が変化したため、上海女性の26%がBMI(body-mass index)25以上の体重過多、さらに9%がBMI30以上の肥満であることが報告されています。上海ではこれらの因子も乳癌の罹患率増加に関係しているようです。

欧米では、米国の国立がん研究所(NCI)で推奨されているゲイル(Gail)モデルのように、乳癌のリスク評価のために既に検証されたモデルが広く応用されています。

この指標には、年齢、初潮年齢、閉経年齢、最初の出産年齢、生検の回数、第一親等内での乳癌患者数、民族などが含まれます。例えば、5年罹患率が1.67%の女性は、高リスク群とされます。しかし、上海、さらに中国全体でも、ゲイルモデルが当てはめられるのか十分な検証はされていません。

●早期発見とスクリーニング


予後の改善に乳癌の早期発見が不可欠なことは、多くの研究者が認めるところです。

中国では、ステージI、II、IIIの患者は、5年生存率はそれぞれ94%、88%、71%、また全生存率は85%、64%、48%でした。欧米では乳癌女性のうち81%が早期で発見されていますが、上海のような大都市でさえTNM分類で0-I期で診断を受けたのは36.6%に過ぎません。乳癌の5年生存率全体で見てみると、1999-2005年の米国女性では89%だったのに対し、1992-1995年の段階で上海では78%であり、中国での乳癌のコントロールと治療には改善の余地が多いことが示唆されていました。

上海で行われたある研究では、早期診断された患者では5年生存率が93%だったのに対し、同時期でも診断が遅れた場合は5年生存率は34%だったとされています。

現在のところ、早期発見は主にスクリーニングにより行われます。最も広く応用されている方法は、マンモグラフィー、超音波と乳房の触診です。

マンモグラフィーによるスクリーニングは、乳癌の早期発見には中心的な役割を果たしており、患者自身や医師が触診で判別出来るようになる2年前でも乳房の変化を示すことが出来るとされています。欧米諸国の多くでは一般診療として取り入れられており、費用対効果も良好であることが示されています。

米国では保健福祉省(HHS)、米国癌学会(ACS)、米国医師会(AMA)、米国放射線学会(ACR)により40歳以上の女性にはマンモグラフィーによる毎年のスクリーニングが推奨されています。しかし、アジア人女性では乳癌の疫学的な分布は欧米女性と大きく異なるので、マンモグラフィーによるスクリーニングが適切かどうかについては議論が残っています。
 
日本で実施された研究の一つによると、費用対効果が最も優れる方法とまでは言えないものの、触診とマンモグラフィーによるスクリーニングを毎年行った方が、2年毎に行うよりも効果があったとされています。しかし、香港の研究では、欧米よりも女性の罹患率は半分に過ぎないので、限られた公衆衛生の財源を充てるには大規模なマンモグラフィーによるスクリーニングは非効率であることが示唆されています。

別の研究では、香港でのマンモグラフィーは費用対効果に優れず、50歳以上で2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニング対策を行った場合、全費用の19%がマンモグラフィー偽陽性への対応に費やされると見込まれるとされています。

韓国では、中国や日本よりも乳癌罹患率が低いことから、マンモグラフィーによるスクリーニングの費用対効果は期待できないと見込まれています。欧米女性よりも罹患率が低いことに加え、中国人女性は小柄で、乳房の密度が高い傾向にあり、マンモグラフィーによるスクリーニングにも影響する可能性があります。

さらに問題なのは、中国は欧米諸国に比べ、非常に多くの人口を抱えるにも関わらず、健康保健の財源がずっと限られていることです。中国や、上海のような工業都市においてさえ、マンモグラフィーによるスクリーニングの集団検診を促進するには、これらのことは負の影響を与える因子となっています。

一方、財源が限られる国においては、乳癌の早期発見のために、触診は良い手法になる可能性が示されています。触診では非常に小さな腫瘍は分からず、感度が低いことから偽陰性や診断の遅れが増加することも考えられます。しかし、大多数がIII、IV期で見つかるという状況下では、触診により診断時の病期を改善できる可能性があります。

触診ではマンモグラフィーで発見できるような乳癌であれば見つけることができ、特に若年女性では、マンモグラフィーで見過ごされるものも見つかる場合があります。

インドでは、40から60歳で毎年触診を行った場合、2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニングと同程度の乳癌死亡減少効果が得られ、半分の費用で済んだとされています。インドと同様に、中国は巨大な人口を持つ発展途上国です。

通常、欧米ではスクリーニングでQALY(質調整生存年)あたり5万ドルが費用対効果の閾値として受け入れられていますが、中国ではそのような経済的負担を受け入れる余裕はないでしょう。 そのため、欧米で推奨されているような毎年または2年毎のマンモグラフィーによるスクリーニングの集団検診は、費用が高く中国のほとんどで機器が利用出来ないことから、実際的な方法ではないかもしれません。

触診で陽性になった女性を対象にマンモグラフィー検査を行う方が、費用対効果としては優れる方法でしょう。超音波で単回検査する方法は他の2つの方法ほど普及してはいませんが、触診やマンモグラフィーと組み合わせられる場合もあります。

(後編に続く)