上海における乳癌の疫学とスクリーニング(後編)

上海は、中国最大の都市で保健財政も比較的恵まれていることから、2種類の異なるスクリーニング方法が試験的に導入されています。

これまでのところ、中国人女性では乳癌スクリーニングの費用対効果分析はそれほど行われておらず、頻度や開始年齢、検査方法を含め、中国人女性をどのようにスクリーニングするのが最も適切なのか、コンセンサスは得られていません。

集団でのスクリーニング・プログラムを導入する上で問題となるのは、大きな人口が広範囲に散在していること、マンモグラフィーの装置が不十分なこと、そのようなプログラムを実施するための保険償還が不十分なことが挙げられます。

2005年には、100万人を対象にマンモグラフィーと超音波を用いスクリーニングを行う、全国スクリーニング・プログラムが試みられたことがありましたが、基金が足りず、また偽陽性での診断に懸念があったことから頓挫しました。

2012までに53万人の女性がスクリーニングの対象となり、そのうちの実施率は40-69歳女性で19.2%、都市部で1.4%、農村部で20.6%でした。所得レベルが下位の20%のうちでは2%しかスクリーニングを受けなかった一方、所得レベル上位20%では35.9%が受けていました。

構造的問題や基金不足とは別に、特に高齢女性や社会経済的レベルが下位のグループでは、文化的な障壁や中国人女性に特有の癌は運命だとする考え方によって、スクリーニングをしようという試みに元々抵抗感が存在していました。

農村部だと、元々のマンモグラフィーの費用が200元(約3200円)だとして、乳癌と子宮頸癌のスクリーニングセットを助成で20元(約320円)まで値下げしても、殆どの女性があまり受診したがらない、ということが起こっています。

以上のような状況で、上海は、中国最大の都市で保健財政も比較的恵まれていることから、2種類の異なるスクリーニング方法が試験的に導入されています。

2008年から上海市閔行(ミンハン)区では、触診で陽性となった女性に対する毎年のマンモグラフィーに、温度テキスチャー・マップ(TTM)法の組み合わせ有無について実施中で、また、上海市閔行区の七寶鎮(チーパオ)郡では、小規模の住民において45-69歳の触診陽性者を含む全女性で2年毎のマンモグラフィーを実施しています。

中国で導入するのにどちらのスクリーニング方法が優れるのかという問題を検討するために、上海で現在導入されている2種類のスクリーニング方法の費用対効果の評価が分析されることになります。これらの結果は、地方または国レベルで中国人女性に最も適した乳癌スクリーニング対策についてのエビデンスをもたらすことになるでしょう。

特に、中国政府は農村部における乳癌スクリーニングを公衆衛生サービスの主要事業の一つとして挙げていることは特筆されます。このプロジェクトは、復旦大学公衆衛生学院(FU-SPH)、復旦大学癌センター(FU-CH)、上海疾病コントロールセンター(CDC)、上海閔行区CDC、上海閔行区母子保健センター(MCH)の協力で進められています。

閔行区の35-74歳で、乳癌の既往がない全女性住民がこのプロジェクトの対象となります。全ての関連機関でプログラムについての宣伝が行われ、スクリーニング・プログラムの参加者募集が行われました。

適格性のある20万3千人の女性のうち、七寶鎮郡を除く閔行区では3万9千266人、閔行区七寶鎮郡では1万3千183人の参加者が1回目の乳癌スクリーニングで得られました。乳癌スクリーニングを受けておらず乳癌の既往もない15万人の女性が比較対照群として考えられます。

この閔行区と七寶鎮郡におけるスクリーニング・プログラムの登録者数は、それぞれの地域の年齢層の女性人口のうち、それぞれ11%、38%に相当します。

上海市閔行区でのスクリーニングは、2008年から連続した3段階で毎年行われました。

第一段階では、医療スタッフが乳癌の危険因子を有する女性を同定するために詳細な問診を行い、体系的に触診とTTM検査を実施しました。問診項目には、基本的な背景因子、月経や妊娠出産関連因子、乳癌の家族歴や良性の乳房病変の既往の有無が含まれました。

第二段階では、第一段階で異常所見が見つかった女性について、マンモグラフィー検査を実施しました。

第三段階では、この乳房画像報告データシステム(BI-RADs)に登録されカテゴリー4とされた女性に病院での乳房生検まで実施しました。

生検で陰性で触診やTTM検査でも陰性だった場合も、家族歴や良性の乳房病変が会った場合は、次回のスクリーニング検査に組み入れられました。低リスクであった場合は次回にも参加し、スクリーニングを受けるかどうかは自主判断に任されました。

2008年にスクリーニングを受けた3万9千266人の女性のうち、26人が乳癌と診断され、51%が0-I期でした。殆どの患者がFU-CHで中国の乳癌治療ガイドラインに従った治療を受けました。

閔行区七寶鎮郡では、2008-10年に2年毎に3回連続でのスクリーニングが実施されました。

閔行区での方法と異なり、触診での陽性陰性に関わらず45-59歳の高リスク女性が七寶鎮郡では対象とされ、超音波とマンモグラフィーの検査が実施されました。超音波かマンモグラフィーで陽性となった女性は病院での生検が実施されました。

七寶鎮郡で初回スクリーニングに参加した1万3千183人の女性のうち、8千234人が超音波とマンモグラフィーを受け、33人が乳癌と診断されました。患者の全てがFU-CHで治療を受けました。

これに加え、閔行区の電子カルテシステムと閔行区の住民登録システムから、スクリーニングを受けなかった女性について、年齢、教育レベル、初経年齢、初回出産年齢、乳癌の既往歴に関するデータを入手し、スクリーニング・プログラムの参加者・非参加者とでの背景データの比較を行う予定です。

初回の大規模スクリーニングの結果と、同じ期間で自発的にスクリーニングを受けた人たちの結果を比べてみると、大規模スクリーニングでは3万5千193人中479人の乳癌患者が見つかっており、早期発見率は46.9%、自発的なスクリーニングでは40.7%、コントロール群では38.9%というものでした。

スクリーニング経費は、大規模スクリーニングでは、一人当たり208元(約3千300円)、患者当たりでは7万2千453元(約117万円)であり、自発的スクリーニングでは一人当たり21元(約340円)、患者あたり1万1千640元(約18万7千円)でした。患者当たりの総経費は、大規模スクリーニングでは10万3千650元(約167万円)で、自発的なスクリーニングの5万712元(約81万7千円)、コントロール群の3万5千413元(約57万円)と比較すると顕著に高額でした。

しかし、直接的な医療費の平均は大規模スクリーニング群では、自発的スクリーニングやコントロール群より顕著に低額で済み、経費の中央値はそれぞれ、1万1千24元(約17万8千円)、1万3千465元(約21万7千円)、1万4千243元(22万9千円)でした。患者あたりの追加費用は、大規模スクリーニングで6万8千237元(約110万円)、自発的なスクリーニングで1万5千299元(約24万6千円)でした。

コントロール群と比較した費用対効果比(CER)は、病期改善効果について大規模スクリーニングで13万5千291元(約218万円)、自発的スクリーニングで15万2千179元(約245万円)であり、大規模と自発的スクリーニングの比較で増加した費用対効果比(ICER)は、病期改善効果あたり13万1千86元(約211万円)でした。

結論として、中国人女性における乳癌の早期発見について、大規模スクリーニングの手法と自発的なスクリーニングの両方とも効果が認められました。

大規模スクリーニングは、自発的スクリーニングより経費がかかりますが、費用対効果でみると優れていました。中国でも経済的に発展した地域では、選択肢になり得るでしょう。今後の研究では、より詳細な分析を実施する予定であり、異なるスクリーニング方法の組み合わせやスクリーニング頻度を検討することになります。

○まとめ

上海で乳癌の罹患率や死亡率を減少させるためには、まだまだ時間がかかります。

まず、乳癌スクリーニングの費用対効果に関する研究を実施し、政府がスクリーニング指針を確立できるよう価値のある情報を提供するべきでしょう。

次に、健康増進が必要です。女性は乳癌の危険因子を学ぶようにし、自覚的にスクリーニング・プログラムに参加するべきでしょう。

第三に、保険システムの改善が挙げられ、患者への経済的援助がされるようになるとよいでしょう。

というのも、乳癌治療へのアクセスの格差は当面残ると考えられ、十分な援助が受けられない女性に対しての保険給付や癌治療の基盤を拡大するためには大きな努力が必要とされます。

最後に、結論としては、乳癌のコントロールのためには、早期発見、診断や治療といった医療の提供面だけに留まらず、一般市民における早期発見の啓蒙や増進も重要になってくることが言えると思います。