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クマが出た!その時、住民の皆さんは...?島根県匹見町の報告より

2014年08月03日 00時14分 JST | 更新 2014年09月30日 18時12分 JST

全国的に、クマの出没が懸念されている2014年の秋。クマを殺さずに対応できないのか? という意見が強くある一方で、クマのすむ山林に隣接した地域では、人や農業などへの被害の現状と不安を訴える声が跡を絶ちません。そうした現場で今、何が起きているのか。そして、クマと人間が共存するために、何が必要とされているのか。WWFジャパンと島根県の共同プロジェクトが展開されている島根県益田市の匹見町から、2014年の春に起きた出来事をご紹介します。

広葉樹林の町、島根県・匹見町

西中国山地が、背骨のように延びる島根県。ここには、「絶滅の恐れのある」ツキノワグマ個体群が生息していますが、近年は保護管理政策の成果によって、その生息数は安定しています。

しかしその一方で、クマによる農林業への被害や、住民とのトラブルが多発。行政に対し、対応を求める声が跡を絶ちません。

島根県では現在、WWFジャパンとツキノワグマの共同プロジェクトを展開。住民の方々と一体となって、クマをはじめとする獣害を軽減する取り組みを行なっています。これは、県内各地に専門員を配置し、クマの適正な保護管理の観点から、できるだけ殺さずに奥山に放す対応をしている島根県だからこそ(島根県では、各出先事務所で奥山放獣ができる体制を取っています)。

しかし、こうした対応が、必ずしも住民の理解が得られるわけではありません。不安を抱いた住民から、捕獲したクマの殺処分を求められるケースも多くあります。

そうした状況の中で、クマに対し、人はどう接し、共存をめざしてゆくべきなのか。その問いの一つの答えになり得る報告が、島根県益田市の匹見町より寄せられました。

匹見町は、周囲を西中国山地1,000m級の山々に囲まれた渓谷型の地形に、わずかな耕地と集落が点在する中山間地域です。

町内の面積のうち、森林が占める割合は、実に97%。

日本海と瀬戸内海両方の気候の影響を受けるその森は、落葉広葉樹のブナから照葉樹のタブノキまで、多種多様な樹種で構成されており、太古の昔から、森林に支えられた文化が育まれてきました。

実際、匹見町では、考古学者の間で「縄文銀座」といわれるほど数多くの遺跡や出土品が発掘されています。

過疎と高齢化の町に現れる野生動物

ここでの人の暮らしは今も、豊かな森林がもたらす恩恵により支えられています。 ところが近年、ツキノワグマをはじめニホンザル、イノシシなどの野生動物が住民の生活圏にまで出没し、農業被害や人身事故などが深刻な問題になってきました。町の中心部にある役場でさえ、クマの姿を見ることがあるといいます。

背景の一つとして考えられるのが、過疎と少子高齢化。人が減り、暮らしが活気を失うと、野生動物は人間からの圧力を感じなくなり、それが人間の生活圏への出没、さらには人間とのトラブルまで発展すると考えられています。

匹見町の現在の人口は約1,400人で、ピーク時である1955年(昭和30年)のおよそ1/5にまで減少しました。さらに高齢化率は50%を超え、全国平均の約24%を大きく上回っています。

「過疎」という言葉が社会科の教科書に初めて登場したときに、全国の中から真っ先に例示に取り上げられたのが匹見町だったそうです。

野生動物の被害のみならず、過疎と高齢化といった日本の農山村が抱える根本的な問題にも直面した自治体の一つといえるでしょう。

この匹見町は、2012年から始まったWWFと島根県との共同プロジェクトのプロジェクトサイトの一つでもあります。

そして、その拠点である島根県西部農林振興センター益田事務所で、現在プロジェクトを担当されているのが、県行政職員の大谷浩章さんと、鳥獣対策専門員(クマ専門員)の金澤紀幸さん。

今回、このお二人より、2014年5月から6月にかけて、匹見町の現場で起きたツキノワグマと地域住民の方々をめぐる3つの事例をご報告していただきます。

【現場報告 その1】行き倒れ寸前のクマが現れた

通報、そして緊急出動

2014年5月1日、私たちは島根県西部農林振興センター益田事務所で、午前中の業務終了まであと10分と迫り、そろそろ片づけて午後からの業務に備えようと段取りを始めようとしていました。

事務所の電話が鳴ったのは、その矢先のことです。

益田市匹見町の町役場からの出動要請でした。

「クマが民家裏の空き地に居座っています。今から現場に向かいますので、なるべく早く来てください。よろしくお願いします」

春先のこの時期、冬眠明けで食糧となる山菜を求めるクマは、一つの場所にとどまらず、移動していることが多くなります。そのため対応が難しいのですが、匹見町に現れたのもそうしたクマでしょうか。

ちょうど弁当に手を伸ばしたところでしたが、どうしたものかと迷う時間もなく、現場へ急行です。

痩せこけた母グマ

現場である匹見町道川に到着すると、すでに益田市と匹見町役場の方々、そしてクマに居座られてしまった民家の方や、地区住民の方々が集まっていました。

その喧騒の中に車を止め降りてみると、ナント、すぐ目の前にクマがいるではありませんか!

最初は距離を置いて観察していましたが、クマはじっとして動きません。遠目には小さく、仔グマのようでしたが、コッソリ近づいてみると、頭を持ち上げ威嚇してきます。よくよく確認すると、大人のクマでした。

目撃した住民からは、付近にもう一頭、仔グマと思われる別のクマがいるようだ、との情報がありました。おそらく何らかの理由で、親子が離れ離れになってしまったのでしょう。

ともあれ、安全確保のため、真っ先に対応すべきは大人のクマです。

しばらく様子をうかがいながら観察を続けましたが、周りには民家もあることから、このままの状態が続くと良くないと判断し、クマを麻酔銃で眠らせて、山中へ移動することにしました。

再びクマに近づき、麻酔銃を発射。麻酔が効いたことを確認し、身体を調べると、やはり大人のメスでした。出産経験があるようで、乳首も発達していました。予想通り、付近で見かけられた仔グマの母親だと思われます。

通常この時期の大人のメスグマの体重はだいたい30~50キロくらいなのですが、このクマの体重は、なんと13kg。異常なまでに軽く、一同から驚きの声があがりました。

これでは、最初に仔グマと見間違っても不思議はありません。本当にガリガリに痩せていて、今にも倒れそうなくらいでした。

なぜこのクマがこれほどに痩せていたのか。その原因について、現時点では判りませんが、恐らく冬眠に失敗して食物を食べられずにいたのではないかと思われます。

クマに負担をかけないよう、動きや変化を気にしながら、できるだけ迅速に計測を実行。移動用ドラム缶の中で休ませ、夕刻には奥山へと放獣(捕まえたクマを放すこと)しました。

このような健康状態のクマを捕獲・放獣するのは、私たちとしても、きわめて稀なケースです。いつも以上に扱いは慎重になりました。

しかし、いくら痩せこけて元気がないとはいえ、そこはツキノワグマ。麻酔銃を撃つ間際に見せた威嚇は、なかなかの貫禄がありました。

広がっていた住民の方の理解

これまでの経験では、このように民家近くでクマが見つかった場合、住民の方からクマの殺処分を求められ、放獣の「提案」すら許されないことが少なからずあります。

ところが今回は状況が違いました。

発見者の住民の方が、WWFジャパンと島根県が、以前匹見町で行なった「クマ講習会」に参加された方だったのです。

麻酔処理が終わった後、住民の方に、クマを発見してから役場に通報するまでの経緯を聞いたところ、「以前の講習会で、クマの目撃があれば通報してくれ、と説明を受けたから、その通りにした」とのこと。

講習会でのクマへの対処法を覚えていてくださったことが、今回の対応に繋がったのです。

さらに、その家のご主人も、前年度に行なった動物駆逐用煙火講習会で資格を取得し、駆逐用の花火を所持。クマを発見した後、駆逐用花火でクマの追い払いを試みるなど、すべてが基本に忠実で、的確な対処をとられていたことが分かりました。

森の大地に還ったクマ

もう一つ、現場での対応の上で重要だったのが、益田市の鳥獣担当の吉田洋さんの判断と行動です。

益田市では、2014年から新しく鳥獣対策専門の嘱託職員を採用し、現場対応と指導体制を強化しました。ここ数年で益田市民からの鳥獣被害について、専門的な対策を望む声が多くなってきたためです。

今後、適切なクマ保護管理の実現に向けて、島根県と益田市の専門員の存在が、大きな鍵を握ることになります。

今回、吉田さんは、私たちの連絡を受けて、県の担当者よりも先に現場に到着し、クマの監視、周囲の管理などをしてくれました。

そのおかげで、私たちも到着後すぐに、麻酔の準備ができました。

通常、私たち島根県の担当者は、通報を受けてから、状況の把握、関係者への連絡、道具の準備などの作業を行ない、できるだけ短時間で出動できる態勢を整えます。それでも、通報から現場への出発まで、最短で30分は必要となります。

一秒でも早く!と誰もが急ぎ、走りますが、何が起きるかは誰にもわかりません。その間も住民の皆さんは、クマが身近にいる緊張感に堪えているのです。

そんな中、現場へ先に到着した吉田さんは、クマの監視や住民への対応を手際よく行ない、私たちを待ってくれていました。

こうした適切かつ素早い取り組みは、住民の方々に落ち着いていただき、作業を信頼していただく上でも、重要な事なのです。

今回捕獲されたクマは、そのまま殺処分されることになったとしても、おかしくはない状況でしたが、住民の方の理解によって、生き延びることができました。

私たちも穏やかに余生を送って欲しいと願い、奥山に放しましたが、残念ながら放獣した場所の近くで息絶え、自然に還っていく姿を後日、見届けることになりました。

それでも私たちは、今回クマを殺さず、山に戻せたことが、本当に意義深いものであったと感じています。

住民の方々の適切な対応と、殺処分をすぐに求めようとしなかったその理解の深さが、確かに示されたからです。匹見町でのWWFと島根県が取り組む共同プロジェクトとしても、これは一つの大きな成果であったといえるでしょう。

【現場報告 その2】牧場に現れたクマ 怒涛の3夜連続捕獲

クマが牛舎にやってくる

5月22日の朝、再び私たちの島根県西部農林振興センター益田事務所の電話が鳴りました。

匹見町道川の和牛生産者の方より、牛舎で「毎晩クマが牛舎の餌を食いに来るので困っている。昨晩は餌箱の中で寝ていた」との通報です。

早速、準備をして現場へ急行すると、そこは5月1日に痩せた母グマを捕獲した現場から、直線でわずか500mほどの場所でした。

山裾と河川との間にある山間地で、クマが高い密度で生息しており、私たちの間では「聖地」と呼んでいるほどの地域です。

そしてこの10年、ツキノワグマは毎年のように、この牧場にやってきては、牛舎の飼料をあさり続け、和牛の肥育(ひいく:肉量を増やし、肉質をよくするための飼育法)を手掛けている牧場主の方を、悩ませ続けてきたのです。

それでも、この方は、私たちの業務である「クマの保護管理」に深い理解を示してくださり、それが故に「被害」と「我慢」の板挟みになっていました。

2013年度には牧場で同様の被害があり、私たちが一部に電気柵を設置するなどの防除措置を行なって、最終的にクマを捕獲した際には、この地区では異例ともいえる「その場放獣」の了解をいただいたこともあります。

この「その場放獣」とは、捕獲した場所でクマを放すもの。奥山などに運んで放す「移動放獣」とは異なった放獣の仕方で、クマや作業する側にとっての負担は小さくなりますが、住民は不安を抱きやすい方法です。

しかし、毎年出没するとはいっても、今回のように、牛舎にやってきたクマが一晩帰らず、餌箱の中で寝てしまうというのは、大変な事態です。いずれ深刻な問題を引き起こすことは必至、と判断しなくてはなりません。

そこで私たちは現場を丁寧に検証し、牧場主の方の許可を得て、クマを山に返すことを前提とした「予防的捕獲」を行なうことを決め、牧場内に有害捕獲用の檻を設置することにしました。

「予防的捕獲」という考え方

これまで島根県は、防除対策を実施してもなお問題となるようなクマについては、殺処分という判断で捕獲許可を出してきました。

しかし近年、私たちは実際のクマ出没の現場において、早急な対応と、人とクマの間に問題が起こる前に、手早く捕獲を行なうことで、住民の方のストレスを大きく軽減することに成功してきました。

その経験に基づいて、殺処分をなるべく減らし、放獣を前提とした有害捕獲、すなわち「予防的捕獲」を積極的に行なうこと?