真珠湾攻撃75周年と首相訪問の陰に隠れた大変革 屈辱から融和、そして歴史の修正

ハワイ真珠湾では12月8日(現地時間7日)、攻撃から75周年を向かえ、大規模な記念式典が執り行われた。

アメリカでは25の倍数の年が重要な節目となる。ハワイ真珠湾では12月8日(現地時間7日)、攻撃から75周年を迎え、大規模な記念式典が執り行われた。真珠湾攻撃を総指揮した山本五十六司令官の出身地である新潟・長岡市長の列席、そして日本の僧侶による祈祷もあった。真珠湾が融和と日米友好へと転換したことを改めて印象づけた。式典は厳粛であったと同時に、ハリス太平洋司令官の演説にはジョークも盛り込まれるなど、笑顔あふれるなごやかな雰囲気だった。

さて、節目の式典であること、日本の首相の初訪問決定の陰に隠れたことがある。75周年のこの日、真珠湾がさらに大きく変わりつつあることを伝えたい。真珠湾攻撃を史実に基づき、歴史を問い直そうという胎動だ。

◇ 融和と日米友好の次に来るもの

真珠湾50周年の1991年、ブッシュ(父)大統領は「もう恨みはない」と融和演説を行った。屈辱と恨みの真珠湾が、融和と日米友好の地に転換するきっかけとなったことだ。

私はこれまで、広島平和公園「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子さんの折鶴が真珠湾に展示された意義(2013年)、屈辱の地から融和へ転換した背景(同)、また、偶然としか言いようがないが安倍首相の真珠湾訪問決定(注2)の1週間前に、「首相の訪問を待つハワイ『謝罪は要らない』」の小論をハフィントンポストや新聞記事に書いてきた。その中で、真珠湾アリゾナ記念館(注1)の展示物の大改革から、2015年8月15日には長岡の花火が米海軍も共催して真珠湾で打ち上げられたことも紹介した。

真珠湾が融和と日米友好の象徴として転換したことを伝えるものだ。しかし、こうしたことは、あくまでも「過去は過去として、アメリカの寛容さと日米関係改善によって融和に至った」というものだ。つまり、真珠湾攻撃の背景や原因を見直すものでも、多少なりとも擁護するものではない。アメリカでは、真珠湾攻撃自体は日本が(一方的に)悪いままだ。

◇ アメリカ史の修正

私は大学のハワイ研修プログラムで毎年学生を随行している。真珠湾の訪問は研修の重要部分だ。今年は、国立公園であるアリゾナ記念館の教育担当職員が案内をしてくれた。見学の締めくくりに、ミニ講義と意見交換をしてもらった。国立公園局の職員は、学生にこう尋ねた。

「みなさん、食べ物(food)を奪われたら、あなたはどうしますか」

質問の意味が分からない学生は、「え? 欲しい人にはあげます。お腹がすいているのだろうから」、「どうするんだろう」、他の学生は無言で首を傾げるだけだった。私が通訳をしていたので、学生たちは英語が聞き取れずに意味が分からなかったのではない。彼は続けた。

「食べ物とは、生きていくために不可欠なものですね。それを奪われたら、どんなことをしても取り返そうとするでしょう」

「日本は、生きていくために必要なものを奪われてしまったのです。そのため、必死になって真珠湾攻撃に打って出たと思いませんか」

正直、私は耳を疑った。ここはどこなのだろうかと。アメリカの歴史上、真珠湾攻撃ほど「屈辱と憎悪」を極限にまで高めた出来事はない。まさにその地なのだ。

しかも、説明しているのは日本人でもなく、ヴォランティアのガイドでもなく、全米で最も人気のある国立公園でもあるアリゾナ記念館の職員だ。

もちろん、彼の説明した内容は、歴史に明るい日本人ならよく知っている真珠湾攻撃の背景だ。ルーズヴェルト大統領による日本に対する石油輸出停止のみならず、「ハル・ノート」によって中国からの即時撤退など到底受け入れることのできない条件を日本は突きつけられた。日本が開戦を選んだ理由だ。

彼の学生への質問は続いた。アリゾナ記念館に海軍の船で渡る前に、訪問客全員が見る映画の内容に話は及んだ。ブッシュ融和演説前までは、憎悪むき出しの映画だったが、今では命の尊さを問いかける「客観的な」記録映画に作り直されている。

「あの映画を見て、偏向していると思いませんでしたか。例えば『石油、それは日本の軍事機構(Japanese war machine)にとり生命を維持する血液(life blood)だった』という解説がありましたね」

「石油は、どこの国にとってもライフ・ブラッドです。どうして、石油が日本の軍事機構にとってのライフ・ブラッドなのでしょう。非常に偏向しています。他にも、たくさん修正しなければならないところがあります」

真珠湾攻撃が正しいという説明ではもちろんない。しかし、攻撃を受けた側であるアメリカの対日政策が、日本が攻撃に及んだ原因のひとつであることを、アメリカの国家公務員が訪問客に伝えているのだ。

彼は黒人だ。「アメリカ史正典」について批判的な黒人は多い。原爆投下にしても、その非人道性を批判してきたのは黒人層に多い。意見交換の後で彼に問うと、「わたしたち黒人は、いわゆるオーソドックスな歴史観に批判的な人が多いですよ」と答えた。オーソドックスな歴史とは、主として白人アメリカ人によって書かれたアメリカこそが善であり、そうだと信じたい歴史正典のことだ。史実に基づいた歴史を伝えていくことは重要性だと彼は主張した。

◇ 歴史の見直しはこれから

真珠湾攻撃の史実だけではない。例えば、広島長崎への原爆投下についても、アメリカ人に(そして日本人にも)史実は伝わっていない。真珠湾攻撃は軍事施設だけを狙った軍事行動であり、一方、原爆投下は市民の無差別殺戮であるという否定できない史実でさえアメリカではほとんど伝えられていない。真珠湾攻撃は原爆投下が正当化される理由であり続けている。さらには、原爆投下は戦争を終結させたことで数百万人の日米の命を助けた救世主だとも(注3)。

真珠湾75周年の融和と平和に安堵してはならないだろう。公正かつ史実に基づいて歴史を見直すこと、そして、伝えていくことは、これからだ。安倍首相の真珠湾訪問でおわりではない。

  1. 1177人が亡くなった撃沈された戦艦アリゾナのうえに浮かぶように立てられている。
  2. 安倍首相の真珠湾訪問決定は、共同通信とNHKのほぼ同時のスクープだった。
  3. オバマ大統領の広島演説は、アメリカの原爆に対する公式見解の一部を修正する内容だった。詳しくは、「見逃されているオバマ広島演説の重要性」を参照。
真珠湾75年式典1
堀部正拓
式典に参加した真珠湾攻撃を生き抜いた生存兵
真珠湾75年式典2
堀部正拓
式典が終わり会場を出る第二次世界大戦の退役兵を敬礼で見送る軍人
真珠湾75年式典3
堀部正拓
会場のスクリーンに映し出された式典で平和の祈りを唱える日本人僧侶
真珠湾 資料館1
井上泰浩
アリゾナ記念館資料館の入り口には真珠湾攻撃の大パネルが展示されている
真珠湾 資料館2
井上泰浩
日本が太平洋戦争に至るまでの歴史と背景が説明されている
真珠湾 資料館3
井上泰浩
戦争当時の日本社会、天皇制などについての解説
真珠湾 戦艦ミズーリとアリゾナ記念館
井上泰浩
真珠湾には開戦と被害の象徴であるアリゾナ記念館(右)と、日本が降伏調印をした戦艦ミズーリがならんでいる
真珠湾 禎子の鶴
井上泰浩
アリゾナ記念館資料館には、「禎子の鶴」が展示されている
真珠湾 ショップ
井上泰浩
アリゾナ記念館のショップには、「禎子の鶴」の絵本やアクセサリーが販売され、店内の中心にあるショーケースでも飾られている
真珠湾75年式典のプログラム
堀部正拓

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