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中村康宏 Headshot

カンボジア医療におけるCHANGEとEXCHANGE

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私のカンボジアでの医療活動を通して感じた、医療の現状や将来の可能性について綴らせていただきます。

まず始めに、カンボジアで医療を行うに至った経緯を説明します。

私は初期研修医より4年間、虎の門病院で消化器内科医として研鑽を積んできました。もともと国際医療に興味があったことから、それを深く勉強するため今年の9月からアメリカの大学院へ入学します。

それまでの期間、海外に飛び出し肌身で世界の医療を感じたいと思い、マレーシア、シンガポール、カンボジア、アメリカの医療現場に出向きました。特にカンボジアには月に1度は長期滞在し、現地の医師免許を取得することができました。2012年にAEC(ASEAN Economic Community)が締結され、目下ASEAN圏内で医師免許が共通化されようとしている時期に、この圏内で免許を取得できたことは幸運としか言いようがありません。

診療だけではありません。Lecturerを現地の大学より依頼されることがあり、講義を通して学生と交流を持てるのもいい経験となっています。
 
カンボジアの医療は、戦慄すべき地獄のような歴史を振り返らずには先に進めません。ベトナム戦争の煽りを受けて、カンボジア国内は親米派(ロンノル派)と反米派(ポル・ポト派/クメール・ルージュ)に分裂し、内戦状態に陥りました。ベトナム戦争終戦後、ロンノル政権は崩壊し、ポル・ポトが政権を握ることになりました。ポル・ポトは極左の共産主義者で、資本主義や旧体制文化の名残のある人間を全て排除しようとしました。

そこで、医師を始め教師や芸術家、技術者、将校に至るまで、技術を持つ者・知識人はすべて処刑の対象となり、大虐殺が行われました。その結果、子供が大人より高位につくようになり、子供医師が誕生しました。医療の知識も何もない子供が、興味本位で行う人体実験のような医療が蔓延し、助かる患者も命を落としていったといいます。

37年前、クメール・ルージュから解放されたカンボジアでしたが、知識層が虐殺されており医療を施す人がいない、医療を教える人がいないという状況が待ち受けていました。このような歴史から、医療の発展が遅れたことは必至でした。
 
次に、カンボジアの医療の現状とそれを打開しようと奮闘する人々について述べたいと思います。

カンボジアと日本の医療の大きな違いは、経済的な格差が大きいことと国民皆保険制度がないことが挙げられます。富裕層向けの先端医療に関しては、日本と比較してかけ離れているわけではありません。むしろ、隣国のタイなどへメディカルツーリズムに行くことができ、質の高いサービスを受ける選択肢が日本より豊富かもしれません。

一方で、中間層以下の多くは病院を受診する代わりに、薬局で症状を相談し、医師の診察なく薬を処方されているのが現状です。いろいろ薬を試したが良くならない,、いうことで病院にいらっしゃる方もちらほらお見受けします。また、公立病院には貧困層担当の部門があり、そこでは最低限の医療しか提供されないという実情があります。

緊急時は?と言いますと、例えば、交通事故であっても救急車がなかなか来ません。1時間以上かかることもざらにあります。また、救急車で搬送されたとしても、治療するお金がない場合があります。その場合は、親戚中からお金をかき集めて病院に行くようですが、お金が尽きた時点で、家族は厳しい選択をしなければなりません。このような事情からか、事故死が同国死亡率の6位(2.8%)となっています。(WHO regional health report 2012)

同国の医療従事者もまた、日本と違う様相を呈しています。前述した貧困層を診る医師は当番制になっています。同国医師にとって、このような公立病院で仕事をしてもお金にならないので、市立病院や他のクリニックを何個も掛け持ちするのが現状です。「医者だからお金持ち」という方程式は、カンボジアでは成立していないように感じます。中には、医大を卒業したが看護師として働いている方もいらっしゃいます。

医師を育てる環境においても両国間で差があります。それは、教員不足と教育水準の問題です。歴史からもわかるように、教員となる医師が少ないことが挙げられます。加えて、日本のような「白い巨塔」に代表される大学を中心にしたヒエラルキーがカンボジアにはなく、人材確保が難しいようです。

また、カンボジア国内に3校の医大がありますが、付属大学病院があるのは1校のみです。研修制度や専門医制度が存在せず、医師のキャリアパスがないと言っても過言ではない環境です。それ故、体系立てて学習することや、先輩から教えてもらう/後輩に教える、ということはほとんど実践されません。したがって、そのような医師が大学で教鞭を取ることになっても、説明することに慣れておらず、学生が理解し難い授業内容も多いようです。

このような現状ですが、私の関わった医療従事者に悲観的な雰囲気はなく、むしろ、いかに改善するかを貪欲に追求する姿勢に感嘆しました。

まず、教員は海外に広く目を向け、海外の大学と積極的に提携を組もうとしています。提携校へ自学生を留学させ、提携校から教員を招聘するためです。もちろん大学側に教員への交通費や報酬を捻出する余裕はありませんが、オーストラリアやアメリカの医師がvisiting lecturer/guest speaker(ボランティア)としてカンボジアを訪れ授業を行っています。

加えて、学生達も知識や学習環境への貪欲さが鮮明です。実際に私がレクチャーを行った時には、100人を超える学生が集まり、中には、他大学の学生も遠路はるばる講義を受けに来ていました。講義後の質疑応答では多くの学生から質問をいただき、質問の内容も的確で、学生のポテンシャルの高さを感じました。

また、一部の学生は、私が診療を行っているクリニックへ授業の合間をぬって見学に来ることもあります。さらに、Facebook上でカンボジア医師・医学生のコミュニティーがあり、500人を超す参加者がいます。このコミュニティーの目的は、自分達自身で情報交換し能力を相互に高めようとするもので、学習意欲の高さをまざまざと感じております。

このような私の活動に同調いただいたのが、聖路加国際病院ならびに聖路加国際公衆衛生大学院で活躍される先生です。私が海外を飛び回っている頃、奨学金を出して海外から留学生を募集したいというお話をいただきました。医療政策の重要性が増し、国際協力のあり方が問われる中、聖路加国際公衆衛生大学院は全国で5番目の公衆衛生大学院として来年4月に発足します。

画期的なのが、全ての授業が英語で行われること、およそ半数の教員を海外から招聘すること、社会人大学院生で修士号が取得できることです。カンボジアと日本の医療の発展を切に願う先生に共感し、私はカンボジアでの診療の傍、各大学を回り、同校の説明と留学生の募集を行って参りました。この活動が実り、近日、正式にカンボジアの大学と同校が提携を組み、留学生を輩出しようとしています。

我が国においても、国際保健体制の再構築や相互補完的な国際協力は看過できない課題の一つです。そんな中、発展途上国のポテンシャル・向上意欲の高さや、このような黎明期の活動を広く認識していただくことは今後の発展に非常に有意義なものだと思い、筆を取らせていただきました。