子どもの心に配慮した根拠ある教育を

私たち大人は、本人にはどうすることもできないリソースによって悲しい思いをする子どもがいるのを看過してはいけません。

小学校4年生の次女は、もうすぐ「二分の一成人式」の準備を始めるようです。

7年前の長女のときは、自分がどのように生まれて生きてきたかや家族への感謝、将来の夢などを幼いときの写真や名前の由来とともにまとめ、クラスで発表しました。多くの学校で行われているものも同様のようです。この「二分の一成人式」は、名古屋大学の内田良先生を筆頭に多くの人から批判されています。それは幼いときの写真や名前の由来など、プライバシーにかかわることを発表させるものが多いからです。

学校には、本当に様々な子どもたちが通っています。実の両親でなく親族や里親、養親に育てられていたり、婚外子だったりステップファミリーだったりして、幼い頃の写真がなかったり名前の由来がわからないことも。また、ネグレクトやもっと能動的な虐待を受けている場合、親に感謝はできないでしょう。

小児科医という仕事は、ときに家庭全体をみる必要があります。特に私が新生児科医だったとき、上記のような様々な家庭事情を目の当たりにし、自分はなんと世間知らずだったのかと思いました。学校の先生たちや保護者たちの中にも、以前の私と同じような人がいるのかもしれません。学童の両親は揃っていて、虐待はなく、子どもは愛に包まれて育てられた結果、養育者に対する感謝を持っているものだと......。早急に見直してもらいたいと思っています。

もう一つ、近年多くの学校が、自殺やいじめの予防、生命尊重学習などとして取り入れられている「命の授業」についても懸念を持っています。

たとえば、病気や苦難を乗り越えてきた大人の講演、生きたくても生きられない人もいるのだからという講演を聞くケースがあります。困難を克服した人は確かに立派だし、生きたくても生きられないという人がいるのも事実です。しかし、そういう話を聞いたあとで、たとえば「いじめを受けていて死にたい」ということを先生や大人に相談できるでしょうか? そういう気持ちを持っているのを否定されたような気持ちになったり、罪悪感を抱いたりするかもしれません。つらい状況の子どもにとっては、素晴らしい話も逆効果になりかねないのです。

そのほか、誕生の素晴らしさや誕生の際の周囲の喜びなどを話す授業もあるそうです。こう聞くと、もちろん良いものだと思ってしまいそうですよね。でも、必ずしも誕生を喜んでもらえた子どもばかりではありません。他の子どもたちが感動する中、そうではない子ども(虐待やいじめなどを受けている子どもなど)はどんな思いをするでしょうか。それほど命が大切なら、なぜ自分はこんな思いをするのか、つらく思わないわけはないでしょう。エモーショナルな話や感動は、いろいろな事情から目を反らさせ、あるいは覆い隠して見えなくします。

「命は大切」ということは、ことさら言われなくても子どもたちもわかっていると思います。では、それでもなぜいじめ、自傷、自殺などが起きるかというと、それぞれの子どもにつらい事情があるからではないでしょうか。

人生は常にキラキラしてはおらず、つらいことが必ずあり、ときに自分や他人を傷つけたくなったり、死にたくなったりすることもあるでしょう。精神科医の松本俊彦先生は『自傷・自殺する子どもたち』に、自傷や自殺をする子どもたちは自傷や自殺をしたいのではなく、つらい状況を他にどうしたらいいのかわからないのだと、援助希求能力が低いのだと書いています。自傷経験は海外や日本の調査によると、思春期の子どものおよそ1割が持っているそうです。

そして、9割の中は自分に経験がなくても、周囲の自傷を見聞きしたり、相談を受けたりする子がいるでしょう。教室という狭い世界では、自傷する子がいると周囲にも伝播することがわかっています。そのため、1割の自傷・自殺のハイリスクの子どもだけでなくすべての子どもに、どのように助けを求めたらいいのか、信頼できる大人はどういう人かを教えることも効果的です。

私たちがすべきことは、子どもたちを感動させることでも根性でがんばれと励ますことでもなく、困ったときにどうすればいいかを伝え、困っている子どもから信頼されるような大人になることだと思います。(このことについては、私も共著者として名を連ねている『子どもを守るために知っておきたいこと』で松本先生が詳しく書き、ネットでも公開されているので、ぜひ読んでみてください。「誕生学」でいのちの大切さがわかる?- 精神科医 松本俊彦

そして、学校においては、子どもの持つさまざまな背景に関係なく、同じ条件で教育を受けられることが何より大切です。私たち大人は、本人にはどうすることもできないリソースによって悲しい思いをする子どもがいるのを看過してはいけません。子どもは与えられる教育や授業を断ることができないのです。学校教育には、学童それぞれの背景や環境に配慮したうえで、精神発達に詳しい専門家の意見を取り入れ、科学的根拠のある授業を行ってもらいたいと、日々子どもたちを診ている小児科医としては強く思います。

各分野の専門家が伝える子どもを守るために知っておきたいこと

自傷・自殺する子どもたち (子どものこころの発達を知るシリーズ)

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