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異端的論考17:イギリスのEU離脱論隆盛を権力の観点から考える

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BREXIT
Brexit flags | Peter Dazeley via Getty Images
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6月23日に迫ったイギリスのEU離脱(ブレグジット:Brexit)の是非を問う国民投票を前に、イギリス内外のメディアでは、この話題を盛んに取り上げている。離脱派と残留派が拮抗し、両派の投票に向けてのキャンペーンがエスカレートする中で、この16日には、残留支持派のコックス労働党下院議員が離脱支持派と思われる男性によって銃撃され死亡するという痛ましい事態が発生している。この事件が、両派の勝敗を左右すると思われる浮動票層に何らかの影響を与える可能性は否定できないであろう。

今回の国民投票でイギリスのEU離脱を支持することによって、欧州大陸と深く相互依存するイギリス経済に深刻な影響を与え、延いては、国際経済にも混乱を与える(日本にとっては円高と欧州市場を念頭に置いてイギリスに進出している製造業メーカへの影響が考えられる)ことはかなり明白であり、離脱支持は経済的には合理的判断とは言い難いことは、OECDを筆頭に多くの機関や論者が述べているので、ここではその議論の深堀は行わない。

離脱推進派の中心人物と目されるジョンソン前ロンドン市長は、「経済での目先の不利益は主権回復に必要なコストで、長期的には離脱が国益にかなうはずだ」と述べ、保守党強硬派と言われる離脱を支持する議員達は、EU離脱は「主権回復の戦い」である主張している。

つまり、EU加盟によって失った国家支出や政策決定での自己決定権をEUからの離脱により取り戻せという主張であるのだが、EUへの拠出金や農業補助金のようにEU決定に従うものもあるが、数字を見る限りでは、英国議会は、公共支出予算の98%の使い道を自己決定していること、EU加盟国内での移動の自由を除き、税制、社会保障、国防、教育、外交などの主たる政策においては、EUに決定権がないもの、また、あっても加盟国の全会一致を必要とするので、事実上英国政府が決定していること、を見ると、この「主権回復の戦い」という主張も説得性に欠けるといえる。

また、離脱派が争点としている移民政策に関しての、「EUに加盟していることによって移民政策の自由度がないので、離脱することでその自由度を確保する」という離脱派の主張も、イギリスへの移民の半数はEU以外の地域からであること、また、EUのポリシーを考えるに、離脱後にEU市場への優先的アクセス(イギリスにとっては必須)を容認してもらうことと引き換えに一定数の移民の受け入れを求められる可能性も高く、こちらも、あまり説得性はないといえよう。

離脱派の主張の説得性の詳しい検証については、英国のthe Royal Institute of International Affairs所長であるRobin Niblett氏の「Britain, the EU and the Sovereignty Myth」を参照。

加えて、もし、離脱支持派が多数を占めて、EUからの離脱が現実のものとなると、おそらくスコットランドが独立の是非を問う住民投票を行うであろう。2014年の住民投票ではかろうじて残留派が過半数を超えたが、今回は、EUから離脱したイギリスに残留する利点は大きく減じるので、おそらくイギリスからの離脱を決定してEUに加盟し、結果、イギリスという国家の解体が行われる可能性が高いであろう。

これは、EU離脱によってイギリスという国家の完全な主権回復を手にしたとたんにイギリス(正式名は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国であり、歴史的にグレートブリテン王国は、1707年のイングランド王国とスコットランド王国間の連合条約によって生まれた王国であり、イングランドとスコットランド間の歴史感情は複雑である)という主権国家の解体ともいえるスコットランドのイギリスからの離脱を加速化することになるという矛盾を内包している。

これは、イギリスという主権国家のEUへの上方統合を拒否してEU離脱によって完全なる主権の回復を強行することで、イギリス国内でスコットランドのイギリスからの離脱の現実化を加速化し、イギリスという国家の主権の絶対力が減衰し、イギリスではなくイングランドになるという、イギリスという主権国家の下方分散を加速化するという皮肉である。

EU離脱支持者たちが言う、主権回復で再び過去の栄光である大英帝国に一歩でも近づけるなどと呑気なことを言っている暇はないはずである。この議論の先には、国家主権を支える権威の急速な減衰、ひいては、国家主権に代表される権力の在り方自体の構造的な変化を問わねばならないであろう。

このように、EU離脱派が主張する主権の回復(完全な主権の獲得)といっても、そのためのコストとリターン(回復する主権の重要度は高いのか。そして、そもそも、グローバル化し急速に相互連関・依存を深める国家は完全な主権を単独で自由に行使できるのかということ)を考慮すると、EU離脱によって得られるイギリスの主権の回復は実効性の問題というよりも象徴的な意味合いであるといえよう。政治的な意味合いでは、離脱派は、国民の感情に訴えているといえよう。

また、離脱支持派と残留支持派が拮抗している現状を見るに、相当数の国民もこの感情論を受け入れているといえる。離脱派のキャンペーンを見るに、彼らは、論点を極端に単純化し、対立構造(エリートと大衆や資本家と労働者などが典型だが、今回は、イギリスと肥大化しつつ力を強める官僚機構としてのEU)をつくり、目先の敵(大陸からの移民)を攻撃するなかで、大衆の感情や情緒に訴えて支持を得ようとしているので、典型的なポピュリズム(大衆迎合主義)であるといえよう。

ここで、この感情論ともいえるEUからの離脱を支持するのはどのような人々かを見てみよう。ロンドン大学経済政治学院のヒックス教授の分析では、EUからの離脱を支持する有権者は、白人で保守党を支持する低学歴の中高年層で、「移民問題」に最も関心を示す中間層(ミドルクラス)という傾向が強いと言う。かみ砕いた言い方をすると、イングランド北東・中部などの地方に住む50歳以上の保守的な低所得のブルーカラー(労働者階級)の男性であると言える。

読んでいる新聞は、ザ・タイムズなどの高級紙ではなく、デイリー・ミラーなどの大衆紙で、移民急増で生活を脅かされかねないと感じている中位以下の中間層であると言える。ちなみに、EU残留を支持する有権者の典型は、都市部に住む、50歳以下の高学歴で収入も比較的に高い白人に限定されない人々と、離脱支持派の有権者とは正反対である。

故に、離脱派のジョンソン前ロンドン市長の後任市長にパキスタン移民二世のイスラム教徒で労働党下院議員のカーン氏が、ジョンソン氏の後任候補で、イスラム教徒へのネガティブキャンペーンを行ったゴールドスミス保守党議員に圧勝して当選するのである。

勘の良い読者であればお分かりと思うが、これは、アメリカ大統領選で旋風を巻き起こしているトランプ氏の支持者層と大きく重なるものがある。トランプ氏の核となる支持層について識者とマスメディアで概ね一致している見解は、不当に下層市民扱いされ、格差を生む経済政策や移民のせいで割を食っていると感じている右寄り・保守的でより年配で、低所得・低教育な白人労働者層であるということである。

このような核を中心として、支持基盤は、拡大的解釈としてのプアホワイト(歴史的には侮蔑用語としての南部およびアパラチア地域の教育程度の低い貧しい白人を指す)といえる中産階級以下の保守的な白人労働者層である。彼らは、アメリカ社会の中で、人口としてのマジョリティの地位を脅かされ、その社会への影響力が大きく減じており、現在の政治システムに裏切られたと感じているようである。

移民の増加やグローバル化や技術の急激な進歩による社会や労働の在り方の変化に怯え、変化を拒否し、自分たちが中心にいたと思っている古き良き(白人男性中心の)アメリカ社会に戻ることを望んでいる人々である。彼らは、トランプ氏の「偉大なアメリカを取り戻す(Make America great again!)」という言葉の中に昔の良きアメリカ社会を見ているのであろう。

トランプ氏の選挙キャンペーンも、「アメリカ ファースト(America First!)」という自国利益優先(アメリカ外交史的には、歴史的に現れるアイソレーショニズム(孤立主義、国内課題優先主義、アメリカ一国平和主義)の流れとして解釈されるのだが)という論点の極端な単純化を行い、対立構造(アメリカ政治を牛耳るエスタブリッシュメント(支配組織・階級)とグローバル化によって貧しくなる中位以下の中間層)をつくり、目先の敵(イスラム教徒とメキシコからの不法移民)を攻撃するなかで、大衆の感情や情緒に訴えて支持を得ようとしているので、こちらも典型的なポピュリズム(大衆迎合主義)であるといえよう。

残留派のコックス労働党下院議員を殺害した犯人は、襲撃後に「ブリテン ファースト(Britain First!)」と叫んだとの報道もある。また、離脱派は、「国境を取り戻せ」というスローガンのもとに、「偉大な英国を取り戻す(Make Britain great again!)」を叫んでいる。このように、EU離脱派とトランプ陣営のアプローチとその支持層は相似形といえよう。

この二つの流れを、政党制とイデオロギーにリンクした「持たざる(ようになる)者≒弱者」と「持つ(ようになる)者≒強者」の現在進行形の対立構造として解釈することもできるのだが、なにか一つしっくりとしないのではないであろうか。

事実、今回のEU離脱論争が保守党を二分している点、トランプ氏は共和党の大統領候補者にはなってはいるが根っからの共和党員ではなく、グローバル化に利点を見いだせなくなり、アメリカを支配してきた民主党と共和党、ひいてはアメリカ社会のエスタブリッシュメント(支配組織・階級)に対する非常に強い反感も持つ保守的な中位以下の中間層を、反政治エリート主義を掲げて取り込んでいる点で、政治的イデオロギーを背景とした与野党といった従来の対立構造では説明できなくなっている。

これを政党制に立脚する従来の民主政治制度の限界ととらえることもできるであろうが、筆者は、加速化するグローバル化の観点からこの変化を解釈してみることにしたい。

第二次大戦後以降、国家を基礎に置いた経済成長と国家主導の直接・間接の所得再分配によって成長してきたミドルクラスという幻想で一つに括られていた存在がその括りを解かれた状態になりつつあるということである。その括りを解く端緒となったのが、1991年のソビエト連邦の崩壊による冷戦の終焉であり、その後、急速に進行しはじめたグローバル化、すなわち、国家の垣根を超えた技術と資本による世界のネットワーク化による取引費用の大幅な抑制が進みつつある。

急速な技術進歩と融合した現在のグローバル化とは、地球規模での距離と時間と空間のこれまでにないレベルでの圧縮であり、これらの圧縮は、地球規模での社会・経済・政治・(文化)領域での結合と相互依存の持続的強化という形に反映されていると言える。グローバル化が国際化と言われない理由は、グローバル化は国家を必ずしも前提には置いていないからであり、グローバル化が急速に進みだして四半世紀がたつ今、個人(や企業)の国家に対する認識は変わってきているはずであり、変わっていないと考える方がむしろおかしいと言えよう。

現在急速に進行する技術と融合したグローバル化の下では、①常識も含めて従来の境界が曖昧化し、②技術のプラットフォーム化によって小さなものが大きな影響を与えることを可能とする梃の原理がはたらくようになり、③「近代化が進めば予見性は高まる」という近代化のお約束は機能しなくなり、環境は絶えず変化し、その変化は加速化することとなる。

技術進歩と融合したグローバル化がこのように定義できるとするならば、これまで、ミドルクラスという幻想で一括りにまとめられていたものが、環境の変化とその速度についていける(行きたい)者、いけない(行きたくない)者、言い換えれば環境変化耐性のある者とない者とに分かれていくことは当然と言えるであろう。この背後に、これまでの社会の前提であった正規分布(これ故に平均値を中心に多くの中間層が存在する)が急速にべき乗分布に変わりつつあることを理解する必要があろう。これが中間層の解体と格差の拡大を生む理由の一つとなっていると言えよう。

このように見ると、EU離脱支持者とトランプ支持者の中核をなすのが、地方に住むドメスティック(国内や地方に閉じて世界に興味がない)で、低教育で低賃金の保守的な男性高齢者であるというのは、非常にわかりやすいのではないか。アメリカは確かにグローバル化を強力に推進する中心的存在であるが、実は、多くのアメリカ人はグローバルな社会を知らないドメスティック(国内や地方に閉じて世界に興味がない)な人々である。

もう一歩進んで、イギリスのEU離脱やトランプ旋風を解釈すると、グローバル化が進行する中での国家主権の低下と並行して、個人における国家の必要性の変化による積極的に国家を必要とする者と消極的にしか国家を必要としない者への分化が急速に起こっているということである。これは、政治信条というイデオロギーの問題ではもはやない。

現在の状況は、技術と融合したグローバル化がもたらす予見性の低下、つまり、絶えざるかつ加速化する環境の変化と、環境変化への適応に消極的な社会の高齢化という、相反する流れが衝突しているのが現状であろう。シルバー民主主義の抱える、社会環境変化への心理的拒否と能動的適応に象徴される世代間の対立という根源的な問題といえるかもしれない。

かつてのように国家は、国家主権を盾に消極的にしか国家を必要としない者を国家に強制的に従わせることも、ナショナリズムの鼓舞などで義務的に従わせることも難しいはずである。インセンティブや説得に頼るしか国家には消極的にしか国家を必要としない者を取り込む方法は残されていないが、それがどれほど機能するかもシルバー民主主義がもたらす社会のエートス(生活様式・態度・行動規範・思考形態と判断基準)のもとでは怪しいと言えよう。

畢竟、技術進歩と融合したグローバル化のもたらすパラダイムの変化とは、脱境界(常識)であり、脱中心(権威)であり、脱堅牢(抗脆弱)であり、国家もこの洗礼の例外ではない。そして、明らかにシルバー民主主義はこの対極に位置すると言えよう。

高齢化社会先進国などと呑気なことを言っている日本は置くとして、イギリスとアメリカは、国家として投票権という強力な力を有するがこれから退場する集団とグローバル化による環境変化に順応し今後の国家を支える上で重要性を増しながら入場してくる集団によって国が二分されるという大きな試練に直面していると言える。その判断は、今後の国家の生き残りの試金石となるであろう。

シルバー民主主義を背後に持つ、EU離脱支持者とトランプ支持者が、期待しているのは、過去の栄光という幻想に酔いつつ、現実的には、完全な主権の回復の暁には、自分たちを国家がグローバル化という望まぬ環境変化から守ってくれ、どうにか自分たちの面倒をみてくれるということであろう。しかし、果たしてこのようなことは可能であろうか。

この意味で、深刻な財政危機に直面し、EUからの支援なくして存立が危ぶまれたギリシャが通っている道筋は示唆的であると言える。

読者の記憶にも新しいと思うが、急進左派連合を率いるチプラス党首は2015年1月の総選挙では、財政支援の前提に財政支出引き締めを要求するEUの軍門にくだるよりは、国家の主権を尊んで財政支出引き締めに反対すると宣言して選挙に勝利したわけだが、わずかその7か月後にその公約とは正反対の財政支援と引き換えにEUの軍門に下る、つまり、財政緊縮を行うという公約を掲げて有権者の信を問い、9月に行われた総選挙でチプラスが率いる急進左派連合が300議席のうちの145議席を獲得し、第一党の座を堅持した。

このことが意味することは、財政支出引き締めにあれだけ反対したギリシャ国民が、国家主権を唱えても、結果、国家は自分たちを助ける力のないことを悟ったということであろう。現在、年金改革など財政緊縮政策を実行しているチプラス首相への国民の不満は存在し、苦しい立場であることに変わりはないが、国民が国家主権の低下を半ば自覚し、国家主権はオールマイティではないことを完全ではないにしろ、国民が認識したということは重要なことであろう。

23日の国民投票で残留派が勝利すると「イギリスにおける国家主権の力が試され、国家主権の現実的な力を直視する機会」は先送りされることになり、その行方は、11月のアメリカ大統領選の結果を待つことになる。

最後に、現実的な話をすれば、EU離脱派は、勝利すれば、その勝利をカードにEUとの交渉を有利に進めようするのであろう。事実、残留派のキャメロン首相は離脱派が勝利すれば即日欧州理事会に離脱を通告するとしているが、離脱派は即日通告を考えていないようである。手続き上、EU離脱には数年かかるので、離脱派は2020年の総選挙までに脱退と新協定に締結を終えればよいと考えているようである。しかし、ギリシャのように、EU離脱派ですら、その間にEU離脱を反故にして、EU離脱を白紙撤回する可能性はあろう。政治家という生き物はしたたかであることを再認識する機会になるかもしれない。

読者はこのような異端的論考をどのように評価するであろうか。いずれにしても、数日後に控えた今回のイギリスの国民投票の結果どうなるか、興味をもってその結果を見守りたい。