異端的論考23:風雲急を告げるトランプ劇場~夏休みを夏休みとしないエンターテイナー大統領(中編)

これは、度を越した大統領の危険なショーである。
Carlos Barria / Reuters

前編で論じたトランプ大統領の支持グループと大統領の公約と言動との対応関係を見てみよう。

まず、多額の公費投入が必要となるオバマケアの廃止は、大きな政府に反対するグループ②とグループ①を念頭に置いた公約である。グループ①であるヒルビリーの人々は大きな政府への反対というよりも、オバマケアも含めて、民主党の進めたマイノリティへのアファーマティブ・アクション(優遇政策)への反発がある。

アメリカンドリームを信じ、なかなか前に進まなくても、努力して、我慢づよく列に並んでいる自分たちを飛び越して列に横入りしてくるマイノリティ、そして、それを後押しする政策に対して強い嫌悪感を抱いているので、オバマケアの廃止を支持するのである。しかし、オバマケアに代わる代替法案が成立しないので、オバマケアを廃止する目処は立っていない。収益率の低いオバマケアから民間保険会社が撤退を始めているので現実的にはオバマケアは機能不全になりつつあるのだが。

二番目は、「米国史上最大の個人および法人減税」と銘打った減税公約である。米国の景気を左右する法人税の35%から15%への大規模減税は、グループ②の中の実業界むけであるが、間接的には企業がアメリカに残ることを期待するという意味で米国内での雇用維持との関係が深いのでグループ①向けであるといえる。

大統領選での勝利後から、メキシコに工場を建設して、アメリカでの雇用を減らす計画の空調大手メーカーのキャリアやフォード・モーターに対して、アメリカ国内にとどまり、雇用移転をやめるように執拗にプレッシャーをかけ、両社が国内にとどまる旨を発表すると自分の大手柄だと自己宣伝していたのは、まさにこのグループ①に向けてのメッセージである。

しかし、実際のところ、キャリアもフォードも面従腹背でトランプ大統領の思惑通りには進んでいないのが現実のようである。この矛先は、米国での現地生産がすでに400万台規模である日本の自動車メーカーなど外国企業にも向かっており、巨大な米国市場を盾に、外国企業に米国に投資しないと困ることになると、なかば脅しモードで個別投資の話題をぶち上げては、自分の手柄として支持を維持しようとしているように映る。

個人所得税に関しては、最高税率を39.6%から35%に引き下げ、税区分を7段階から3段階に簡素化するとしているが、これらは、基本的に富裕層に有利な政策を行う共和党的な減税政策であろう。しかし、これらは、財源の問題もあり進んでいない。

三番目は、移民の入国制限である。これは移民に雇用を奪われていると言う主張であり、明らかにグループ①向けのメッセージである。人口でアフリカ系を抜いて移民の最大グループになったヒスパニック系や新興のアジア系などの移民は、「アメリカは白人の国である」とするグループ③の白人至上主義者にとって脅威の存在であり、これを制限するのはグループ③の歓迎するところである。

トランプ大統領は、手を変え、品を変え、移民の入国制限を試みるが、911の凄惨な記憶もあり、大統領が一番賛同を得られると思ったテロ関連国家からの移民停止および入国審査の厳格化は、当然ではあるが裁判所の差し止めを受け、不法移民を容認する「聖域都市」への補助金打ち切りという強権発動も裁判所の差し止めを受けて進んでいない。

鳴り物入りのメキシコ国境への壁の建設(実はメキシコ国境との間の三分の一にはすでに鉄柵や壁(メキシコでは恥の壁と言う)が存在する)はメキシコ政府に払わせると主張し続けていたが所詮は荒唐無稽な話であり、現実策として2018年度会計の予算教書には盛り込むことに漕ぎ着けたが共和党内には反対論が根強い。たとえ建設執行に成功したとしてもこれはアメリカ政府が払う限り、公共事業と考えたほうがよかろう。

白人の雇用を奪う移民の数を減らすと言う意味でのメキシコ人を標的にした不法移民の強制送還であるが、「送還対象200万人以上」と花火をあげては見たものの、当たり前であるがメキシコ政府と揉め事となり思うようには進んでいない。選挙戦でメキシコ移民を相当に卑しめた発言を繰り返したトランプ大統領であるが、この限度を超えた卑しめ方は、明らかにグループ③に対するメッセージである。

トランプ大統領は、移民阻止をあきらめないので、米国企業が外国人を雇用するハードルをあげるために、この4月から申請開始の2018年度会計年度枠(2017年募集)のH1B就労ビザのプレミアムプロセスを停止した。実際は、申請者の多くがインド系であり、IT産業は危惧しているが、ラストベルトに代表される白人労働者は、ほとんどITとは関係がないので、実はこの施策は、グループ①の支持者層の雇用との関係はあまりなく、あくまでもメッセージである。

そして、今月2日の夏休みに入る直前に、グリーンカード(永住権)の年間発行数を現在の100万件から50~60万件へと半減させることを柱とした新たな移民政策に関する法案を、提案した共和党議員らとホワイトハウスで発表し、強い支持を表明した。トランプ大統領は移民労働者が米国民の職や収入を奪っていると主張し続けているが、打ち上げた諸策がことごとくうまくいかないので、ついにグリーンカードの発行数に手を付けたわけである。

これは支持グループの①と③に対するメッセージではあるが、歴史的に多数の移民を受け入れることで経済的活力と発展を維持してきた米国社会のありようを根本的に変えようとする試みであり、これもかなりの反発を受ける可能性が高く、立法化の実現は難しいのではないか。

就任早々、TPPからの離脱を行っている。数少ない公約の実行であるが、まだ、発効しておらず、実態はなく、離脱は宣言をするだけの話しであるので難易度は高くはない。これも、米国民の職を守るというお題目の主張であるが、クリントン候補も離脱に宗旨替えしたので、支持グループを超えた支持を得られると考えたのであろう。

しかし、米国民の職を守る、取り返すと言う観点から、これよりもより実際のインパクトがあるNAFTA(アメリカ、カナダ、メキシコによる北米自由協定)の見直しについては、ジャブは撃つが、決定的な進展はいまだない。

6月に行った環境に関するパリ協定からの離脱宣言(これもマクロンフランス大統領との7月の会見で含みのある発言に変わっているが)や「キーストーンXL」原油パイプラインの建設(これは公共事業でもある)を承認したほか、オバマ前大統領時代の気候変動関連の各種規制を撤廃した。

これらは、炭鉱やシェールガスなどの環境に負荷がかかると言われる資源関連産業で働く労働者が多いトランプ大統領の支持グループ①を見据えたものである。

科学研究予算の大幅削減は、読者諸兄は本当かと思うであろうが、トランプ大統領の支持グループに属するキリスト教徒の保守派(グループ①②③にひろく存在する)の多くの人々は、いまだにダーウィンの進化論を信じていないと言う事実(依然アメリカ国民の4割近くは進化論を信じていない)があり、神の領域を狭める科学の進歩を考えると、大統領がこのような支持グループに向けて「私は君たちのことを考えている(トランプ大統領は定かではないが、ペンス副大統領は強硬な進化論否定論者である)」というメッセージとしての意味は大いにあろう。アメリカ社会の競争力と言う将来の話は、おそらく念頭にはない。トランプ大統領にとっては、当選させてくれた支持者たちへのリップサービスも含めた返礼が第一のようである。

トランプ大統領は、就任演説で、「我々は二つの単純なルールに従う」と言って「Buy American and Hire American」を挙げている。ここまでの議論で述べてきたものの多くは「Hire American」であったが、ここにきて、公約のほとんどが実行されていない現状(事実、公約に関わる法案が成立した例はゼロである)にあせりを見せたのか、「Buy American」の強化として、アメリカの象徴であり、ラストベルトの産業でもある自動車産業と密接に関わり、かつてラストベルトを代表する産業であった鉄鋼の輸入規制(現在、中国を筆頭に鉄鋼ダンピングで調査を行っている)をし、アメリカ製の鋼板を使ったアメリカ車を買うべきだと取れる発言を行った。

しかし、これも打ち上げ花火となっているようで、先月末には、「オバマケアの見直しや税制改革、インフラ投資のすべてが終わるのを待っている」と述べ、鉄鋼の輸入制限の最終判断は優先課題を終えた後になるとトーンダウンしている。

このように、当選以来、トランプ大統領は、支持層に受ける(直截的メリットのある)公約や発言をしてきたわけである。しかし、公約はなかなか実現できず、支持者にとっての国内での成果(経済的メリット)がでない状況の中で、トランプ大統領は、支持層への心理的な満足(大統領への不満をそらすこと)を考え始めたようである。

ここで、「Make America Great Again」を掲げたところを考えるに、中国の台頭によるアメリカのヘゲモニーが揺らぐ中(イアン・ブレマーはこれをGゼロと表現するが、退任したバノン氏は強硬な中国の封じ込め論者である)で、アメリカはその軍事力を背景に裁定者の如くふるまうこと(国連などはお構いなしで、もはや警察官ではない)を選択したようである。

つまり、支持層にとっての経済的メリットを与えることができなければ、「軍事力による偉大なアメリカを示すしかない!」というわけである。トランプ大統領自身は、ネオコン(アメリカにおいて新保守主義と呼ばれ、自由民主主義は人類普遍の価値観であると考え、世界に出て行き、その啓蒙と拡大に努めることを使命とし、時と場合によっては、軍事介入もいとわない)ではなく、国内優先の孤立派であるが、アメリカが世界の裁定者のごとく振舞うことは支持層への良いメッセージになると踏んだのであろう。

4月初旬の化学兵器使用の確証がないままでのシリア、アサド政権への洋上からの、華々しい約50発の巡行ミサイル攻撃(これで、就任前から進めていた、中国の押さえ付けを念頭においていたロシアとの外交関係改善が破綻し、現在は、これがロシアゲート事件となって、フリン補佐官(国家安全保障問題担当)が辞任に追い込まれ、婿で重要な存在であるクシュナー氏も巻き込んで政権へ跳ね返り、政権のアキレス腱となってきている)を断行、その約一週間後の、アフガニスタンでのIS(イスラム国)の拠点への攻撃で、「すべての爆弾の母(Mother of All Bombs)」と呼ばれる最強の非核爆弾であるMOAB(大規模爆風爆弾)「GBU43」の実戦初の使用を行った。支持層に効く、裁定者アメリカの力を示す、なかなかの演出効果である。

大統領は、それでとどまるところを知らず、核兵器で生き残りをかける北朝鮮を格好の餌食として、強硬な発言と威嚇を試みる。これに対して、政権から離脱したバノン氏は、「アメリカは中国と経済戦争の最中で、北朝鮮問題は余興にすぎない」、「北朝鮮問題の軍事解決はあり得ない」と大統領の方針と異なる発言をして、トランプ大統領がこれを聞いて激怒したそうであるが、もし、大統領が真剣であれば、韓国にいるアメリカ人には退去勧告をするべきであるが、そのような話は一向に聞かない。つまり、バノン氏の指摘は正しいのである。

これは、度を越した大統領の危険なショーである。ケリー氏の首席補佐官就任で政権での重きを増す軍部出身者達は、大統領ほど非現実的ではないので、この件は、北朝鮮のミサイルの脅し発射は続くであるであろうが、これ以上の悪化はないのではないかと思う。29日早朝に、北朝鮮が(グアムではなく)日本上空を通過するミサイルを発射したが、トランプ大統領が、通常の非難を超えて、在韓のアメリカ人に避難を指示するというTwitterを出すか注目したい。

このように、直截的経済的なメリットは実現していないが、心理的なメリットが効いているのか、就任100日目の調査では、支持者たちのトランプ大統領支持熱は冷めていない。はたから見れば、失策の連続であるが、「トランプの政策が実現しないほど、自分たちは虐げられていることを確信し、トランプ支持が強化される」構図となっているのが現実なのかもしれない。

事実、客観的には公約のほとんどが実行されていない状況であるが、共和党支持者の77%は公約を守っているといい、トランプに投票した人の96%が再度トランプに投票すると言っている。また、最新である米キニピアック大が今月2日発表した世論調査によると、トランプ大統領の支持率が過去最低の33%を記録しているが、与党共和党支持者の間では76%と依然支持は高く、トランプ大統領の主要支持基盤である白人労働者層では支持率は依然として43%である。

しかし、今回のシャーロッツビル事件に対するトランプ大統領の二転三転する発言の中で、政権発足時に「影の大統領」とも呼ばれた主席戦略間・上級顧問のバノン氏が、「我々が勝ち取った大統領は終わり」という発言を残して政権を去ったことでどのように変わるのであろうか。後編では、このバノン氏の政権離脱の影響を考えてみたい。

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