異端的論考21:総選挙という賭けにでたメイ政権 ~メイ首相の真意はどこに~

4月29日に就任100日を迎えるトランプ政権について書くつもりでいたのだが、Brexitにかかわる思わぬニュースが飛び込んできた。

今月29日に就任100日を迎えるトランプ政権について書くつもりでいたのだが、Brexitにかかわる思わぬニュースが飛び込んできた。イギリスのメイ首相が、EU強硬離脱の信を国民に問うとして、下院を解散し、6月8日に総選挙を行うという緊急声明を18日に発表し、それを受けて、翌19日に下院は、賛成522、反対13という圧倒的多数で総選挙の前倒しを可決し、6月8日の総選挙が速やかに確定した。

筆者は、昨年の国民投票での離脱派の勝利直後に書いた論考で、任期固定制議会法に従い、下院議員の3分の2の同意を得たうえで、次回総選挙が予定されている2020年よりも前に総選挙を行うことで再度EU残留・離脱を国民に問う可能性を挙げていたのだが、それが現実のものとなった。

メイ首相の緊急声明文を読むと、「首相に就任して以来、EU離脱に向けてその政治的基盤を固めてきており、経済状況も当初予想されたような悲観的なものとは正反対であり、EU離脱の環境は整いつつある」と主張している。その一方で、「労働党をはじめとする反対政党が、強硬離脱を確実に行うにあたっての確実性と安定性に必要な議会での結束の強化を阻んでいる」としている。

メイ首相は、「The country is coming together, but Westminster is not.」という表現で、国民はEU離脱に向かって結束しつつある(これは、国民投票の結果をさしているのであろうが、国民の意見は依然分断したままであると思うのだが)のに、議会は結束に向かっていないと強調している。故に、今回の総選挙は自分としては望むところではないが(reluctantlyという表現を使っている)、完全離脱のプロセスを確実に行っていく上での議会での確実性と安定性を強固にするために、あえて行うこととしたと述べている。

つまり、国民の審判により議会での反対派を封じ込めることで、強硬離脱に向かって議会でも結束を高める必要があると主張しているわけである。

この時期に総選挙に踏み切った政治環境的背景には、内紛状態の続く労働党の状況があろう。それを考えると総選挙を行うには良いタイミングである。そして、首尾よく保守党が圧勝すれば、EUとの離脱交渉に向け次回総選挙まで、過半数を大きく上回る安定的な政権での5年間の交渉猶予期間が得られる。離脱通告から交渉は2年間とはなっているが、交渉に紆余曲折はつきものなので猶予期間は長いにこしたことはない。

また、フランスでは大統領選が今月と来月にかけてあり、ドイツでは6月に連邦議会(下院)の選挙が予定されており、EUサイドでもイギリスの離脱交渉に腰を据えて進めていく状況が整っていない。加えて、メイ首相は、キャメロン首相の辞任による保守党の党首選に勝利して首相となっており、選挙で選ばれていないので、保守党内での立場の正統性の問題もありうるかも知れない。

翻って考えるに、慎重派であり、そもそも保守党内の積極的なEU強硬離脱論者でなかったメイ氏が、首相としてEUからの完全離脱を強行することを、ここまで強く訴える背景とはなんであろうか。国民投票当時を振り返るに、大方の予想に反してEU離脱派が僅差で勝利を収めたときは、国民は離脱派と残留派に明確に分かれ、議会では保守党内でさえ、離脱派は大勢でなかったのではないだろうか。

離脱支持の政治家にとっても、国民投票の結果はサプライズであったのではないか。故に、強硬離脱の展望が見いだせず、離脱支持の急先鋒であったイギリス独立党のファラージ党首は早々に党首を辞任し、保守党内の強硬離脱派の急先鋒であったジョンソン元ロンドン市長は、キャメロン首相の辞任をうけた保守党の後任党首選への不出馬を早々に表明している。現在、閣僚(外務・英連邦大臣)であるが、最近は彼が話題になることはほとんどないのではないか。

そのような中で、キャメロン首相が国民投票の結果を受けて辞任し、後任首相に現在のメイ氏が選ばれたわけである。その後のEU離脱に向けての動きを見ていて言えることは、民主制度(democracyは制度であるので、これを日本では民主主義と訳したことに問題があるのだが)を順守するということに尽きるのではないか。

つまり、たとえ僅差であっても国民投票で過半数がEU離脱を支持したわけであるので、EU離脱が何をもたらすかは置いておいて、この結果を順守しなければ民主制度が否定されるということである。この考えは、野党である労働党も同様で、国民投票の結果を受け入れてEU離脱には表向きには反対していない。

故に、労働党は、自由党のようにEU離脱に反対するのではなく、メイ首相の強硬完全離脱という、ハードランディングもいとわないハードブレグジット(下手をするとイギリスの主権回復という名(一国の主権の行使は難しくなってきており実効性は疑問であるのだが)をとって実を捨てることになる)に対して、ソフトブレグジットと言われる通商関係や規制の激変を避けて軟着陸を目指す主張を展開している。

この中途半端なソフトブレグジットが、離脱支持者の望んでいる離脱かどうかは、疑問ではあるが、ソフトブレグジットとは、名を捨てて実を取ることであり、その意味では、EU残留と大きな違いは無いかも知れない。

メイ首相が、国民投票の結果を順守し、速やかにEUに対する離脱通告を内閣の権限で行おうとしたところ、「1973年のEUの前身であたるEC加盟からの連続性を考えるとEU離脱を決定する権限は内閣にはなく国会にある、つまり、国会の承認が必要である」とする最終決定が、今年の1月に最高裁から出された。

余談だが、第2次ウィルソン労働党内閣の1975年に、ECに残留するかどうかの国民投票が行われ残留が承認されている。この最高裁の決定を受けて、離脱反対派も多い議会であったが、労働党も支持に回り、2月1日に賛成498票、反対114票で、議会は内閣がEUに対して離脱通告を行うことを承認したわけである。あくまで、国民投票の結果を順守するというスタンスである。

このまま強硬離脱を進めれば、イギリスが望むような「完全離脱後もFTA(自由貿易協定)を結ぶことで、現在とほぼ同等の条件でEUとの経済関係を維持する」という将来像は、楽観にすぎ現実的とは言えず、むしろ、現在イギリスの貿易額の半分を占めるEU市場へのアクセスの自由が制限され、英国への海外からの投資にも影響がでる可能性が高い。シティの金融ビジネスも大きな痛手を受ける可能性が高い。EUが解体でもしない限り、イギリスの地位は優位にはならない。

そして、おそらくスコットランドは住民投票で独立を選択し、イギリス(連合王国)は解体にむかうのではないか。

そもそも、イギリス(連合王国)とは、1707年にイングランドとスコットランドの両王国の議会で可決された合同法(Acts of Union)によって成立した国であるので、イングランドとスコットランドはそもそも同列である。

これでは、自由貿易帝国主義の時代の「偉大な大英帝国よ、再び(Make Britain great again)」どころか、イギリスは、イングランド(+ウェールズ)だけとなり、大英帝国の象徴であるユニオンジャックがなくなるかもしれないのである。そのリスクをあえて取って、今回のEUから完全離脱を強行するという判断を国民に問うているわけである。

このハードブレグジットという強硬離脱こそ、自覚していたかはともかく国民投票で離脱を支持した人々が望んだものであるはずであろう。メイ首相はそれに忠実であると言えよう。いや、逆に、国民投票を通じて強硬離脱を支持した者に対し、強硬離脱がどのようなものであるかを直視し、覚悟をするようにというメッセージと捉えることもできる。

メディアの論調を見るに、EUからの完全離脱は決定済で、今回の選挙で離脱の決定が覆されるという声は少ないようである。これは当たり前と言えば当たり前なのである。なぜかというと、メイ首相が3月29日に、欧州連合(EU)の基本条約「リスボン条約」50条を発動し、EUに対して離脱を正式に通告し、これによって、イギリスは一方的に離脱通知を撤回することはできない状況になったわけである。

この意味で、イギリスのEU離脱は決定事項と言えるわけである。行政的な争点という意味では、EU離脱は、メイ首相の唱える強硬完全離脱であるハードブレグジットか、野党の言う是々非々的なソフトブレグジットかなのである。

しかし、最近の世論調査でも離脱派が残留派を上回っており、民主制度にのっとった手続き的には残留という選択肢はないとはいえ、依然多くの人々が残留を支持している現実があるのである。事実、離脱に反対を表明している自由党の支持率が上がっている。

これまでの民主主義の理解(単純な多数決ではなく、多数派は少数派の意見を勘案し、了解点を模索するという考え)では、今回の国民投票の結果は、結果として残留派も受け入れていたはずであるが、現状はそのようになっていない。

これは、トランプ氏が大統領になったアメリカでも、その結果を多くの国民が受け入れていない状況と、同様である。結果を受け入れた残留支持派を含めても離脱支持が大幅に増加しないのが現状である。

そもそも、国民投票の結果とはいっても、50%を少し超えただけであり、72%という投票率を考えると、積極的な離脱賛成派は有権者の三分の一といったところである。投票棄権者は、消極的な多数派支持ということもできるが、今回の国民投票では、残留派が、ここまでの接戦になるとは想定していなかったということも今回の総選挙では勘案しないといけないであろう。

いずれにしても、国民投票後に残留派が、投票結果を受け入れていないことは確かであろう。その背後には、国益の定義が難しくなっていることと国益そのものの重みが低下してきていることがあるのであろう。

しかし、聡明なメイ首相は僅差での投票結果を慮り、離脱支持者が今後のイギリスの発展に大きく寄与できる存在であるかを俎上にのせることなく、民主制度に殉じてイギリスが衰退する可能性が高い選択肢を本当に選ぶのだろうか。

筆者からみれば、今回の件で、すでに民主制度の手続きは十分に守られたと言える。6月の総選挙では、ハードブレグジット(強硬離脱)支持者は保守党、ソフトブレグジット(離脱通達後の現実的な残留に近い選選択肢)支持者は野党に投票するという形での信任を国民に仰ぐのがメイ首相の描いている構図である。直近の世論調査では、保守党の支持率は40%台半ばで、内紛状態とも言える労働党を大きく引き離している。もし、今回の選挙が普通の総選挙であれば、保守党の圧勝であろう。

しかし、今回は、EUからの強硬完全離脱というシングルイシューで争う選挙である。それを考えると必ずしも保守党への支持は盤石ともいえないであろう。保守党内部にも残留支持派が存在する。メイ首相が残留支持派に踏み絵を強要するとなると保守党内での内部分裂が起こるかもしれない。これは、イギリスの二大政党政治という仕組みの大きな転換点になるかもしれない。

そもそも、今回の国民投票の経緯自体が、ポピュリスト(大衆迎合主義者)的アプローチであったといえよう。つまり、既存の支配的な政党政治の枠外の政治家個人が、大衆に直接訴える形で、単純な二分法により課題を極度に単純化し、敵を作り攻撃し、有権者を扇情するアプローチである。つまり、イギリスの二大政党という既存の政党政治の枠の中で収まるものではない。

ちなみに、2015年の前回下院選では、650議席中、保守党は331議席、労働党は232議席、スコットランド国民党は56議席、自由民主党は8議席を獲得している状況で、保守党はかろうじて過半数を維持している状態である。もし、保守党が議席を減らすことになると、メイ首相の進退も問われるばかりか、連立内閣となり、EU離脱交渉も迷走する可能性が高い。

この意味で、メイ首相が大きな賭けにでたという認識は正しいであろう。もし、保守党が議席を減らし単独政権が維持できなければ、ソフトブレグジット路線が力を持ち、ハードブレグジット(強硬離脱)路線は当然見直されるであろう。民主制度を順守し、国民投票で離脱支持者が望んだ強硬離脱路線とともに政治生命を捨ててもよいというのがメイ首相の真意かもしれない。

たとえ、ソフトブレグジット路線を取ったとしても、二年間で交渉がまとまらなければ、イギリスは極めて不利な状況に直面することとなり、再び、国民投票を行い、EUの同意を得て、離脱通知を撤回するというシナリオもありうるかもしれない。このシナリオはハードブレグジット路線を取った場合はEUとの関係はかなりギクシャクしている可能性が高いので難しいであろう。この再度の国民投票がメイ首相の描く本当のシナリオなのかもしれない。

もっと深読みをすれば、メイ首相の示そうとするものは、昨今ポピュリスト的アプローチになりがちな国民投票という課題ごとに民意を問うという手法が内包する危険、つまり、過半数の賛成で大きな舵切りをすること自体は民意の直接反映として理解できるが、二分法的な選択の一方は享受しているベネフィットが存在する現実的な選択肢であり、もう一方は、既存のベネフィットを捨て、享受できるかわからないベネフィットに期待(現実ではないがゆえに期待を煽ることもでき、リスクを過小に言うことは容易である)するという仮定の選択肢であるという観点が欠如してはいないかと言うことである。

明らかに、後者の選択のリスクは非常に大きいと言える。筆者が危険と指摘しているのは、大衆は果たして、このリスクを理解しているのであろうかということと、過半数という基準で、現実的選択肢と仮定的選択肢のどちらかに決定すること自体が果たして、覚悟をしているとは思えない国民にとって良い結果をもたらすのかということである。つまるところ、国民には大きな覚悟が求められると言うことである。

いずれにしても、6月8日の総選挙の結果は、イギリス、アメリカに始まり、先進国で起きている変化についていけず、おいてきぼりになっている人々が声を上げたことによる反グローバリズムの流れの潮目が変わるかどうかの試金石となるので注目したい。

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