旅における「本物体験」とは何か? - 後編

旅のハイライトでした。

山に羊飼いを見に行ったものの出発から5時間経っても一向に羊の姿が一匹も見えない・・・前編から続きます。

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もう見れないのかと諦めかけたその時、こちらに走ってくる夫の姿。「見つけた、見つけた! すぐ近くにいる!」

その示す先に行くと・・・ いきなり10頭ほどの屈強な男、、、ではなく牧羊犬にささっと四方八方囲まれる。

チームで熊や狼を撃退するよう訓練されている彼らは敵らしきものを見つけるや否や対象を取り囲んで今にも飛びかからん勢いで吠え立てる。勝手のわかるガイドといた私たちはよかったが、ペットの犬の感覚で近寄ってしまう観光客は危ないらしい(という情報は事前に仕入れておいたので、よかった)。

牧羊犬に慣れているトーゴさんが犬を何やらルーマニア語で諌めているのを見ながら背後からついていくと、谷のちょろちょろと水が流れる岩場に数十頭の羊・ヤギたちと羊飼いの男の子が休んでいた。

Yoko Kloeden

男の子はまだ15歳くらい、50〜60歳くらいの男の人(たぶんおじいちゃん?)と2人組で10頭ほどの牧羊犬を操っている。牧羊犬はいつしか吠えるのをやめて、羊と私たちの回りを囲むようにしておとなしく座っている。

Yoko Kloeden

羊は意外と近づいても平気な様子で子どもたちは触らせてもらう。この羊たちはよく手入れされていて毛並みが綺麗。

Yoko Kloeden

「ありがとう、お仕事の途中ごめんなさい」と(言葉が通じないのだが)気持ちだけ伝えると、羊飼いのおじいさんが「さあ行くよ!」と牧羊犬に口笛で合図をした。

すると今まで座っていた犬たちが一斉に立ち上がり、遅れている羊たちをうながして隊にまとめあげ、周囲に均等に散って再び護衛に当たった。

羊飼いの男の子がきちんと整列した羊の群れの前に、おじいさんが群れの後ろに自らを配置して再び山へ戻っていった。

Yoko Kloeden

羊飼いと牧羊犬のその姿があまりに見事だったので、ビデオに撮ってしまった(私たちの声がめちゃくちゃ入ってます・・・)。

美しい・・・これぞプロの仕事・・・ 彼らはこうやって1日何キロ歩くのだろうか? 1年中、一生、こうやって山で過ごすのだろうか?

この時点で午後2時半。羊を見れるまでに出発から5時間以上かかったが、遊びでも観光客向けでもない、真剣に山で仕事をしている羊飼いの仕事の現場を見れておおいに満足。旅のハイライトでした。

なお、家族5人で6時間、荷馬車で山に連れていってもらってお昼のランチ付きで180 Lei(約5,200円)。ランチ付きでこれは安すぎないか・・・

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さて、これを観光客向けにパッケージ化しようとするとどうなるでしょう?

まず、タイトルが重要ですよね、『羊飼いと登るマラムレシュの山!』とか?

途中の山小屋では羊の乳搾り体験を入れてもいいかもしれない、『羊飼いの小屋で乳搾り体験!』

ガイドはルーマニア語だと当然都合が悪いので英語も日本語もできるガイドに変えて、毎日催行にしよう。でも最低催行人数も決めとかないと採算が取れないね。

村から山の麓まで荷馬車で1時間っていうのは長すぎるから途中まで車で送迎でいいかもしれない。

山道を馬車で上るのは轍があって危険だから保険をかけておかないとね。荷馬車も落ちないように柵をつけた方がいいかな?

ランチは麓じゃなくて、山の見晴らしがいい小屋の前に木のテーブルとベンチを置いた方が雰囲気出るね。

ランチはチーズとベーコン入りのリッチなお手製パイなんだけど、ベジタリアンのお客さんがいたらどうしよっか?

せっかく羊飼いと羊を見るツアーなのに見れなければお話にならないよね。決まった時間に羊飼い小屋まで戻ってきてもらうようにする?

オプションで村で絞った乳を使ってチーズ作り体験ってのもあり? 牧羊犬のトレーニングの様子も面白いかも。

ここまでするなら観光専用の羊飼いと羊たちが必要だし、多くの人を呼ぶための宣伝や体験ツアー催行の事務に経費もかかるね。

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どうでしょう?

多くの人に来てもらおうとパッケージ化すればするほど、手軽にアクセスしやすくなって有名にはなる一方、「本物」からはほど遠くなって、私たちのような旅人は去っていきますね(まあ私たちのような旅のアーリーアダプターが去ってもマスマーケットを目指す方が収益は出ると思いますが)。

私が「インターネットと格安エアラインが、地球上の僻地へのアクセスを容易にして、地球はどんどんCrowded & Discoveredになっている(観光客に「発見」され「混雑」している)」ということを書いたのは2009年ですが(*3)、ここにAirbnbを初めとする民泊が加わりました。もはや僻地でもホテルすら必要としないのです。

以前、『美しすぎる町の悲哀』という記事でクロアチアのドゥブロブニクのように小さくて美しい町は住人の数に比して観光客が多すぎて悲惨なことになっているということを書きました。今はベネチア、バルセロナ、アムステルダムでも観光客が多くなりすぎて生活が乱されていると住民が怒りの声を上げています(*4)。

「その土地らしさ、本物」とは何なのか、旅行者がその土地の住人に「本物」を要求してもいいのか、観光客におもねる(という言い方はあれだが商機を見いだし観光客が求めるものを提供する)とどうなるのか・・・旅を愛するひとりとしては、いろいろ考えさせられます。