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「そこにしかないもの」

2014年06月06日 17時50分 JST | 更新 2014年06月06日 18時10分 JST

早いものでロンドンに引っ越してきてから丸3年以上経ちました。 来るときは「5年はいるかなー?」と言っていたのに、ロンドン生活が楽しいのでもうちょっといることになりそうです(ロンドンに来た理由→『ロンドンに引っ越します。』)。

2年ほど前、当時ケンブリッジMBA留学中の人に「ようこさんがキャリアを決めるポイントは何ですか?」と聞かれたとき、「場所」と答えたら彼は絶句してました(もっとかっこいい理由を期待してたのかしらん?)。 でも私にとって「場所」(都市空間だったり建築だったり文化だったり総合的な意味で)は本当に重要で、空間が自分の心理に与える重要性に気づいたことがキャリアチェンジのきっかけです(→『空間が持つパワー』)。

昔からヨーロッパが好きだったのですが、『人が自然に生きられる社会』だからという理由以外にそれぞれの国が個性を、さらに言うとアイデンティティーを意識的に強く持っているところが魅力的な理由。 「そこにしかない」ものがあるから、世界の旅行者数ランキングも上位の多くをヨーロッパ諸国が占めているのでしょう(2012年ランキングでは1位のフランスを筆頭に上位10ヵ国のうち4ヵ国がヨーロッパ→Wikipedia: World Tourism rankings)。 なぜ「そこにしかない」ものを保っているのか、という点では、ハイライフ研究所の『ヨーロッパに学ぶ「豊かな都市」のつくり方』という連載第3回の以下の箇所に同意。

ヨーロッパの多くの都市でも都心部が自動車に蹂躙されて中心市街地が衰退したことがあった。 ウォーターフロントと市街地を縦断する道路が整備され、素晴らしい公共的空間が分断されてしまっていたこともあった。 (中略) 戦災で瓦礫と化し、歴史的痕跡が都心部から消失してしまった時もあった。

そのような都市の荒廃を経て、その状態をどうにか戻そう。 自動車に奪われた都心を再び人間の手に取り戻そう。 倉庫や工場、港湾などの産業機能に偏っていたウォーターフロントを豊かなものへと変容させよう。 (中略) 我々が豊かだなあと観察しているヨーロッパの都市の多くは、歴史の重みに由来する伝統的なものでは決してなく、都市住民が情熱と不屈の精神をもってしてつくりあげたものなのである。

建築インテリアをやっていると、さまざまな建築上の規制に出くわし、そのややこしさ、手続きの面倒さに頭を抱えることがあります。 でも、こうやって今も美しい街並みを保てているのは、過去の経験から学んだ知恵、「そこにしかないもの」を求める情熱から来ているのだろうなー、と。

Chikirinの日記に『結局、街はローカルが勝ち!』という好きなエントリーがあります。

「ローカルなものにしか、価値がなくなりつつある」んですよ、世界では。

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シェンゲン協定でEU内の移動が自由になったヨーロッパでは、都市としてのアイデンティティーを高め、「都市の顔」の表情を豊かにしないと人を惹き付けられなくなりました。 「伝統と革新の融合」をバリューとするロンドンでは、築数百年の建造物と大胆な現代建築が共存しています。 オリンピック閉会式のトップを飾ったテムズ河沿いの建築群(→『現代建築の都 ロンドン』)は、まさに21世紀のロンドンの「顔」。 この顔には常に革新し続けており、今新しいのは去年加わったヨーロッパで最も高層のビル”The Shard”(上の写真は『Renzo Pianoの手がけた「The Shard」がロンドンに完成』より)。 一方で、老朽化した歴史的建造物に新しい役割を与え新たに息吹を吹き込むことも忘れていません(→ゴテゴテのネオ・ゴシック建築の『St Pancras Renaissance Hotel』)。

ロンドンをベースにインテリアデザイナーとして活躍する澤山乃莉子さん(私が勉強を始める前からお世話になっています)のブログでも、「革新と歴史伝統保護を両輪とするロンドン」としてこれら建造物が融合した写真をたくさん見ることができます(→『ロンドンインテリア雑感:革新と歴史伝統保護を両輪とするインテリア産業のダイナミズム』、『イギリスの住宅事情』)。

無から有は出てこない、自分のアイデンティティーを確率しようとしたとき、過去に遡って伝統を見つめなおし、歴史の文脈の中で再構築するプロセスが必要、ということなんだと思います。

日本にもChikirinが上記エントリーで、

なんだかんだいっても東京は(イタリアの都市なんかと同様)ローカルなものが比較的たくさん残っているいい都市だと思う。

と締めている通り、「そこにしかないもの」のネタはいっぱい転がっていると思います(東京の「スゲー」度については以前『原宿・巣鴨・新橋・秋葉原』で書いています)。

ただ、とりわけ地方では(*1)、自分を他者との比較の中で相対化し(*2)、「そこにしかないもの」の価値を見出し、価値をさらにつけ、狙ったセグメントに向けて適切なプロモーションをする、という視点で行動もできる人が欠けてるのかなー? だって、佐賀の誰も住まなくなって解体が進む古民家の屋根の梁をニューヨークの高級ホテルはありがたがってるんですよ・・・(→『佐賀の民家、NYのホテルに』)

*1・・・日本の田舎はすごい、という話は以前『日本の田舎の魅力を世界に – 1』、『- 2』に書いてます。

*2・・・国外から人を呼びたいのであれば、日本の中だけではなくアジアの中で、世界の中での相対化が必要。 例えばニセコのバリューは『アジアNo.1のパウダースノー』、これを目当てにアジア中から人が押し寄せている。

私も建築インテリアという分野でいずれはこういう仕事を手がけたいなー、と思います。

(2013年2月14日「世界級ライフスタイルのつくり方」より転載)