続:私は妻を殺してないーヨルダンの皇室担当の産科医が起訴された

「たくさんの人がこの裁判の行方に注目している」

昨年9月ヨルダンで私の妻が長男の出産後に大量出血で死亡した事故で、地元の検察は、執刀した80歳のK医師を過失致死罪で起訴した。

昨年12月のブログで書いたが、K医師はヨルダンの皇族のお産を担当する中東の名医。日本で皇室担当の産科医が医療過誤で起訴されたら、新聞一面トップの話だが、報道の自由度ランキングで世界138位のヨルダンではそうはいかない。

検察は、専門家からの意見書を基に、K医師が帝王切開手術後、大量出血になる可能性を予測できたにもかかわらず迅速な処置を怠った結果、妻を死に至らせたと判断した。

しかし、起訴されたら99.9パーセントの確率で有罪になる日本と違い、ヨルダンで起訴された場合の有罪率は5割ほどという。皇室と強い繋がりがある名医だけに、何が起こるかわからない。

だから、引き続き読者の皆さんにお願いしたい。

「たくさんの人がこの裁判の行方に注目している」というメッセージをヨルダンの司法機関に届けるため、一人でも多くの人にこの記事をシェアしてほしい。

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ここまで辿り着くのには、いくつものハードルがあった。

まず、病院は妻が亡くなって、すぐに「遺体を韓国か日本に送るのか、ヨルダンで埋葬するのか決めてください」と私に決断を迫った。医療過誤を題材にした人気ドラマ「白い巨塔」を何度も見ていたおかげで、こういう時はすぐに遺体を解剖に出さなければいけないことを知っていた私は、ヨルダンの友人に電話し、弁護士を紹介してもらい、解剖の手続きをしてもらった。

次のハードルは、他でもない私の家族だった。

私の母は「訴訟は起こさない方がいい。あなたが一番傷つくかもしれないのよ」と言った。

そして、妻の両親(韓国人)。「ヨルダンの韓国大使館に聞いたら、とても有名な病院で、訴えても勝ち目はないと言われた。多大な時間とお金が消費されるだけだ。だからやめたほうがいい」と言った。

私は妻が亡くなった翌日から、パソコンに向かい、妻が病院に足を踏み入れてから亡くなるまで、何時何分に誰が何をしたのか、私が見たことを詳細に記録した。その作業には数日かかり、その間、生後間もない息子のお世話を友人にお願いするしかなかった。

ヨルダンに駆けつけてきた義父は「息子をほったらかして、何をやっているんだ?訴訟なんかやっても無駄だ」と私に迫った。

しかし、もし裁判になった場合、妻の立場で証言できる人間は世界に私しかいない。私の記憶だけが頼りになるわけだから、そこは譲れなかった。

そして多くの友人たちもハードルになった。医師免許を持つヨルダンの国連で働く友人は、病院が私に出したレポートを見て、「輸血もしっかりやっているみたいだし、何か大きな過失があったようには思えなかったですよ」と言い切り、彼が紹介してくれたヨルダン人医師も何の問題も指摘しなかった。

その後、日本の医師に同じ資料を見せたら、そもそもバイタルサインなどが記されたカルテが提出されてないことがわかり、あの友人もヨルダン人医師も「あんな大きな病院相手に訴訟なんかしても意味がない」と私に伝えたかっか、もしくは関わりたくないのだなと悟った。

他の友人たちも「そんなことにエネルギーを注いで何になる?」と私に問いかけた。

妻を失った私は、何かを失うことへの恐怖心が完全に麻痺していた。

訴訟を起こして私が傷つく?妻を亡くした私をこれ以上傷つけることがあるとしたら、それは私がやりたいと思うことを他人が邪魔しようとすることくらいだ。妻が何故亡くなったのかを知ることができる可能性が1パーセントでもあるのなら、どれだけのお金と時間を費やしても、その1パーセントにかけたい。これから育っていく息子に、なぜ母親と22時間しか同じ世界にいることができなかったのか説明できる父親でいたい。

一番大きなハードルは弁護士探しだ。半年しか暮らしていないヨルダンで、司法制度もよくわからない。しかも、皇室とつながりがある医師を相手に訴訟を起こしてくれる弁護士なんているのだろうかと思った。前のブログで書いたが、本来中立であるべきの解剖結果の報告書の大半が病院の報告書のコピペだった。最初に解剖の手続きをしてくれた弁護士は、そのコピペ報告書が出たとたん、「これでは訴えるのは難しい」と言い、私はその弁護士に別れを告げた。

再び国連の友人に尋ねると、欧米の大使館などからの依頼を受ける弁護士を紹介された。電話をしてみると、流暢な英語で「とにかく解剖結果がすべてだ。解剖結果で問題ありと判断されれば訴える価値がある」と言った。

そして、病院の報告書がそのままコピペされたことを知ると「これはひどい!解剖を担当した医者が賄賂をもらっている可能性がある。一度会って話そう」と、私に事の経過を細かく聞いてくれ、「もうK医師にメスを持たせてはいけない」と担当弁護士になってくれることを承諾してくれ、刑事告発の準備にとりかかってくれた。

弁護士にすべてを託した後、私にできることは、この件を一人でも多くの人に知ってもらうことだった。ハフポストにブログを掲載させていただき、それが朝日新聞にも掲載された。記事を友人に韓国語に訳してもらい、韓国版ハフポストにも掲載された。

そして、今度は英語とアラビア語に訳し、ヨルダンに暮らす外国人1万人が情報共有するフェイスブックコミュニティに投稿した。それをたくさんの方がヨルダン国内でシェアしてくれた。韓国の別のメディアが取り上げてくれたり、ヨルダンの皇室関係者が同僚にいるという友人が、私の記事をシェアしてくれたりした。日本と韓国、それぞれの外務省に知り合いがいるという友人たちが、記事をシェアし、ヨルダンのそれぞれの大使館へ働きかけをしてくれた。

私の刑事告発を受け、検察がヨルダンの産科医3人で構成される専門家委員を作り、7月に意見書がまとまった。委員たちは、解剖結果の報告書に病院が提出した報告書が添付されるのは極めて異例だと指摘した上で、帝王切開手術後、妻の子宮の緩みから大量出血する可能性が予見できたにも関わらず、子宮摘出などの必要な処置を迅速にせず、死に至らせたとした。この意見書をもとに、検察はK医師から事情を聞いたが、改めて無罪を主張したため、起訴に踏み切ったという。

昨年9月7日、K医師は私に妻が亡くなったことを報告する際、第一声にこう告げた。

「こんなことは、この病院で初めてのことです」。

すでに錯乱状態になっていた私を、この一言はさらに錯乱させた。

十数時間前まで笑顔で「私結構頑張ったでしょ」と一人の命を誕生させた喜びを表現していた妻が、冷たくなっているのを目の前にした私が、この病院で初めての死かどうか知りたいと思うか?そんなことを彼が私に伝える理由は、病院と彼の名誉を守ることしか彼の頭にないとしか思えず、そんな人に妻と息子の命を預けた自分が情けなくて仕方なかった。

そして、確信した。K医師は間違いなく、また同じ過ちを繰り返す。妻の死の真相を究明することで、こんな悲劇が繰り返されることを防がなければならない。本当に過失があったのだとしたら、なぜ名医であるはずのK医師がこんな判断ミスを犯したのか。裁判ではK医師自らの言葉で正直に説明してもらえるのを期待している。

最後のツーショット
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