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初の女性首相の誕生に期待するなら、逆に、育児に専念する男性にも期待してほしい

2017年10月03日 15時52分 JST | 更新 2017年10月03日 15時52分 JST
Bloomberg via Getty Images

小池都知事が日本で初めての女性首相になるかもしれない。そんな期待感が日本に渦巻いているという。最近の世論調査では「次の首相は安倍か小池か」の質問に3が小池と答えたそうだ。

 だったら言いたい。女性が首相になってもいいと思うのなら、男性が育児に専念してもいいと思ってほしい。

 昨年妻が長男出産後に亡くなり、この1年、育児に専念してきたが、「育児は女性がするもの」という社会の偏見に何度もぶつかり、心がへし折れそうになった。

 まず、義母が「男には育児はできないから、この子は私が引き取らせてもらいます」と言ってきた。丁重にお断りした。息子は、妻が最後に残してくれたプレゼントで、息子と一緒にいることが私にとっての癒しであり、妻のためにできる数少ないことの一つのような気がした。

 次に、私の実母。私の家族全員で妻の追悼集を作ってくれたのだが、母はそこに「あなた(妻)に恥じない人に、せお(長男)を育てていこうと思っている」と綴った。私は、一度たりとも母に「育てて下さい」とお願いしたことはない。私がもし女性だったら、果たして母はこんなメッセージを綴っただろうか、はなはだ疑問だ。

 しかも、うちの母はフェミニストだ。日本の男女平等をテーマにしたドキュメンタリーをアフリカの映画祭で上映しにいくほどのフェミニストで、父親は朝ご飯や弁当作りをしていた。そんな母でさえ、「育児は女性」と言わんばかりのメッセージを私に放つのには驚いた。

 さらにである。妻の追悼会を東京でやったら、母のフェミニストの友人も参加してくれ、妻の献花台に置かれたメッセージ紙に、こう綴った。「赤ちゃんはちづこさん(母)が育ててくれますよ」。

 は?ちょっと冷静に考えてほしい。母の年齢は77歳。介護を必要としいてもおかしくない年齢の方に0歳児の育児ができるだろうか?35歳で、毎日ジムに通うタフな男性(私のこと)と77歳の女性、どちらが育児に適していますか?前のブログでも書いたが、育児は肉体労働だ。実際、最初は、実家に息子とお世話になったが、母は息子の夜泣きに付き合うことも、お風呂に入れることもできなかった。一日数時間息子のお世話をお願いするのも心苦しいほど、母は体の不調を訴え、私は3か月で実家を出ることにした。

 まだある。息子の4か月検診に行ったら、「お母さんはどうされたのですか?」と看護師さんに聞かれた。死別からまだ間もない頃で、他のお母さんたちの前で妻が亡くなったことを告白することは辛いことだった。他のお母さんたちは「お父さんはどうされたのですか?」とは聞かれず、もしかしたらこの中に、夫を亡くした人が混じっているかもしれないのに、その人はそれを告白する義務がないということが羨ましかった。息子と二人で出かけると、通行人や電車の同乗者に、何度も「今日はママはどうしたの?」と聞かれ、息子がぐずれば「やっぱりママじゃなきゃだめなのかな?」と言われた。「ひょっとして奥さんに逃げられたのか?」なんて言ってくる人までいた。

 私がシングルファザーと知っている知人や親せきからは、「わあ!すごい。パパが抱くと泣き止みましたね」とか「わあ!すごい!息子さんの体重知っているのですね?」と言われた。息子と私が毎日一緒にいることを知りながら、そういうことを言うことは、日本人に「わあ!すごい。『こんにちは』の意味、知っているのですね」と言うことと同等であり、私は馬鹿にされているようにしか思えなかった。

 冷静に考えてほしい。赤ちゃんは、常に誰かが傍で手助けしてあげなければ生きていけない。そんなことは誰でもわかる。極端に例えるとするなら、私たちが海で溺れかかっている状態だ。誰かが縄を投げてくれなきゃ死んでしまう。そんな時、あなたは縄を投げてくれる人の性別を気にするだろうか?「ああ、あの人は男性だから、女性が縄を投げてくるまで待とう」なんてならないだろう。赤ちゃんも同じだ。傍で愛情を注ぎ続けてくれる人がいるなら、女性だろうが男性だろうが構わない。血の繋がった母親だろうが、通りかかりのおじさんだろうが、ずっと傍にいて、ミルクをあげ、おむつを替え、夜泣きに付き合ってくれるなら、赤ちゃんは誰の愛情でも受け入れ、その人に抱かれている時が一番安心するだろう。赤ちゃんにとっては、その人は命の恩人なのだから。だから、息子が私に抱かれて泣き止むことは、別に褒めてもらうことでもないし、その証拠に、「わあ。すごい。お母さんが抱くと泣き止みましたね」と言う人をまだ見たことがない。

 妻が亡くなって、まだ間もないころから、たくさんの友人たちから「仕事はどうされるんですか?」と聞かれた。0歳児をみながらできる仕事があるなら教えてほしい。普通に考えたら、そんなこと誰だってわかるのに、なんでそんなことを聞いてくるのだろう。この辺の保育園は生後半年まで預けられないし、試しに預けてみても、息子はわんわん泣いた。その姿を見ると、亡き妻に申し訳なくなり、貯金で生活できるうちは、息子のそばにいてあげようと預けるのをやめた。

生後8か月くらいから、保育園に週一日2時間だけ預け始め、徐々に時間を増やし、最近、ようやく慣れてきたから毎日預けて、仕事探すかと思いきや、今度は毎週のように熱を出すようになった。熱を出したら、保育園から電話がきて、すぐ迎えに行かねばならず、さらに熱が下がったとしても、次の日は保育園に預けることはできない。そうなると、できる仕事もかなり限られてしまう。

 たまに、女友達と息子と3人で食事に出かけることがあるが、他のお客さんやウェイターさんは、100パーセントの確率で、その女友達が母親だと思いこむ。息子が私の膝の上にいても、「好きな食べ物何ですか?」「ハイハイはいつからしましたか?」などと、私ではなく、その友達に聞く。「今日初めて会うのでわかりません」と友達が答えると、「どういうことかしら?」みたいな、不可解な顔で見られる。私が息子と友人とご飯食べることがそんなに不思議なことですか?周りにたくさん子連れで楽しくご飯している女性のグループがいるじゃないですか。

 たまに、姉と保育園に息子の迎えに行くことがあるが、なぜか保育士さんは姉に「あの、次来るとき、帽子持ってきてもらえますか?」などの業務連絡をする。「いやいや。毎日送迎しているのは私なんだから、私の顔みて話してくれませんか?」と、心の中で叫ぶ。

 だから、「男性も育児に参加して」なんてよく聞くけど、本心では誰もそう思ってないんじゃないかな。心の奥底では、赤ちゃんにとっては血の繋がった母親が一番だと思っているのではないかな。確かに母乳をあげられる点、そしてお腹の中で1年近く一緒に過ごした点などを考えたら、母親は他人よりも優っているかもしれない。でも、だからと言って、育児に専念する男性を孤立させてはいけない。晩婚化と高齢出産が増加しているということは、これまで育児のサポート役を主に担ってきた「おばあちゃん」たちは、私の母の様に高齢で、頼れない人が今後多くなっていくだろう。さらに、保育園が満杯状態なら、さまざまな人が育児に携わる「育児の多様化」が求められる。だからこそ、「育児は母親がすべき」という固定概念はすぐにでもぶち破らなければならない。

 無責任に選挙の結果を予想させてもらうと、北朝鮮問題が大きな懸案事項としてある中、性別以外で安倍首相と相違点があまりない小池さんに「任せてみよう」と思えるほどの精神的余裕が今の有権者にあるとは思えず、結局安倍さんが勝っちゃうのだろうけど、3割の人が小池さんが首相になることを期待しているのなら、その人たちだけでも、「じゃあ、逆に、育児は男性がやってもいいよね」と思っていただきたい。そうすれば、この茶番劇としか思えない選挙も、少しは社会の役に立ったのだと思えるかもしれない。

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