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黒岩揺光 Headshot

元毎日新聞記者の私が、元毎日新聞記者の鳥越さんに聞きたいこと

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鳥越俊太郎さま

初めまして。鳥越さんと同じく元毎日新聞記者の黒岩揺光と申します。鳥越さんが毎日新聞を退社された17年後の2006年に入社し、3年半後に退社しました。当時の毎日新聞の会社案内文には「私も元毎日新聞です」と著名人が並ぶ中に鳥越さんも入っていました。そんな鳥越さんが、先日のハフィントンポストのインタビューで、「ペンの力って今、だめじゃん」と言ったことに驚き、落胆しました。

日本では、「ペンの力」は長らく、新聞社の記者にしか与えられない特権でした。私の入社時の応募条件は30歳以下で大学卒。数千人の応募者の中から選ばれた50人の同期の顔ぶれは特定の大学出身者が多く、30歳以降にジャーナリストになりたくなった人や、特定の大学に入れないものは「ペンの力」を授かることが不可能に近かったのです。

鳥越さんは毎日新聞の東京社会部や外信部という出世コースにおられ、その後も日本の報道の中心に居続けました。特権階級の中枢におられた鳥越さんが「ペンの力がだめ」と言うことは、野球チームの監督が「うちのチームだめなんだ」と言っているようなものです。監督ならどうすれば改善できるのか提案できるはずです。でなければ、日本の「ペンの力」に未来はないと思います。

私は「ペンの力」は二つの能力が必要だと思っています。一つ目は、権力に食い込んで情報を取ってくる力。二つ目は、不特定多数の読者に共感を持って読んでもらえる文章力。一つ目は「○○ということが分かった」という特ダネ記事執筆に活用され、二つ目は、毎日新聞の看板コラム「記者の目」や朝日新聞の「記者有論」などの自由コラム欄に活用されます。

一つ目は、警察や検察、省庁の幹部、政治家、弁護士など「情報」を持つ特定の人間関係構築が大事で、二つ目は、様々なジャンルの人間関係だけでなく、読書、旅行、芸術、家事や料理など感性を豊かにする時間も大事になります。

ここで大事なのは、一つ目は、記者同様、高学歴の方たちとの付き合いが多く、下手すれば「特権階級意識」を増長させることになりかねず、これにより、二つ目の様々な人間関係を作るうえで必要不可欠な「謙虚さ」が損なわれかねないということです。

私が見た毎日新聞社はあまりにも一つ目の能力に重点を置きすぎているように思えました。入社試験では3回の面接があったのですが、私の野球経験、就職活動状況、私の家族がどんな仕事をしているとかについての質問が多く、「記者になってどんな記事を書きたいのか?」ということは一切聞かれませんでした。

入社して、私は難民や移民問題を専門にやりたかったのですが、「海外特派員になりたいなら、まず本社の社会部にあがって事件記者になれ」と本社の部長から言われました。

それで、本来、NPOとかを担当したかったのですが、警察を希望しました。実際、海外特派員や本社の部長になる方の多くは警視庁や大阪府警などを担当しており、幹部の中には15年、20年記者をやって、「記者の目」を一度も書いたことのない人もいました。

私が最初に配属された地方支局の地域面には、約200字の自由コラム欄があり、支局員が交代で担当していました。私は、このコラムこそ記者冥利に尽きるものであり、順番が回ってくるのが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。

しかしある日支局長が、コラムを200字から300字に拡大しようと提案したところ、「月に3〜4回も、そんな長いコラム書くのはしんどいですわ」と先輩記者が支局会議で言ったのを見て唖然としました。

次に配属された地方支局の地域面にはこういうコラム欄がなかったため、私は支局会議でコラムを始めようと提案し、各記者が月に2回書く約300字のコラムが始まりました。しかし月2回でも、他の支局員はキツイらしく、「黒岩が言い出したのだから、黒岩にもっと書いてもらいましょう」という記者までいました。

コラムには、海外生活9年の体験を活かして、アメリカでの人種差別の話やオランダの野球事情などを書きましたが、ある日、支局長から「お前の海外体験談は当分封印しろ。海外の話ばかりされて、『自慢している』と思われたら、お前が損だ」と言われました。

これにより、15歳で海外に出た私は、日本で20年以上過ごした他の記者と比べ、一気に引き出しの数が減ってしまったのです。記者1年目の夏休みを利用して、自腹でタイのミャンマー難民キャンプに取材に行かせてくださいという申請も「新人だから」という意味不明な理由で却下されました。

なぜ、書きたいことがあまりない人が特権階級の記者になり、「海外体験は書くな」などと記者の個性を潰すような制度になっているのでしょうか。答えは簡単です。上記に挙げた、二つの能力のうち、一つ目の能力は、警察官の家の前で長い時間待ったり、検察官の家を割り出すために尾行したりと、恐ろしいまでの忍耐力が求められます。

この能力をあまりにも重視してしまうと、下っ端の記者が上の指示に従うよう、しっかりとした上下関係が必要になります。上司の言うことを「はい」と聞いてくれる体育会系記者が自然と好まれ、3回の面接で毎回、私の野球体験に注目が集まったのもこのためだと思われます。

逆に「私はこんなのが書きたい」と明確にある1年目記者は、私のように警察官の家の前で長い時間待つのを嫌がる可能性が高いと思われます。他の大手新聞社の友人記者は、入社試験の合格者が集まる懇親会に顔を出す前「なんでも『はい』と言いそうなやつを探して、うちの支局に勧誘してこい」と上司から言われたそうです。

忍耐力は大事ですが、それだけでは、一般読者をひきつける文章力は養われません。しかし、毎晩、毎晩、夜遅くまで警察や政治家周りをしなくてはならず、読書や芸術どころか、自分の子どもとの時間もまともにとれないのが記者の現状です。新人研修で、本社の幹部数人に私たちが質問できるセッションがありました。

そこで「もうすぐ第一子が生まれるのですが、家族と仕事はどう両立しているのですか?」と質問した同期記者に、「本社のこの地位まで上り詰めた人っていうのは、それなりの犠牲を払ってきているということだから、察してくれよな」と部長が言ったのは、今でも鮮烈に覚えています。

私の入社時、同期の女性記者と男性記者の数は半々でしたが、現在、本社の第一線で活躍する同期記者のほとんどが男性です。女性記者の多くは、結婚や出産で辞めるか、定時に帰るために他の部署に移るなどしました。こういう新聞社が「女性活躍」とか「ワークライフバランス」を呼びかけたところで、どれだけ読者の心に響くのかはなはだ疑問です。

私は新聞記者を辞めてからも、ペンの力を信じ続け、7年間、個人ブログを書き続けました。そして2ヶ月前からハフィントンポストのブロガーとして記事を書かせてもらっています。

ここでは、学歴や年齢に関係なく、色々なジャンルの人が文字数制限なしで書くことができ、「海外の体験は封印しろ」なんて言う人はいません。記事によっては数万人の読者に届くこともあり、SNSを通して、毎日新聞時代の数十倍の数のコメントを頂いております。

鳥越さんが「裏の社会」と評した「ネット」により、学歴や年齢などを理由に「ペンの力」を享受できなかった多くの人の「ペンの力」が開花しているのです。
 
鳥越さん。改めてお聞かせください。なぜ、「ペンの力」はダメになったのですか? いや、どうやって、鳥越さんたち特権階級にいた人たちが「ダメにさせて」しまったのですか? ペンの力をまだ信じている私たちジャーナリストのためにも、是非、お答えいただけませんか?