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男性の育児休暇取得議論が盛り上がらない意外な理由

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参議院選挙の党首討論を見ても、経済や憲法改正が主要テーマで、私の最大関心事である男性の育児休暇については一言も言及されない。待機児童問題について語られることはあるが、保育園不足にばかり主眼が置かれ、男性の育児・家事参加とはあまり結び付けられない。

私は、国連職員の妻に寄りそう主夫として、3ヶ月前に中東ヨルダンに赴任してきた。2ヵ月後に長男が生まれる予定で、毎日妻のお腹を触りながら長男に話しかけ、その度に、長男が動く頻度が増し、幸福感で一杯になる。出産後は妻が働き、私が育児に専念する予定だ。そんな私からしたら、男性が育児や家事を楽しめる社会を目指す政治家に一票を入れたいと思う。

なぜ、男性の育児休暇取得へ向けて社会の機運は高まらないのか?数ヶ月前、男性国会議員が取得を宣言して、機運が高まるかと思いきや、不倫騒動に摩り替わってしまった。逆に言えば、不倫騒動にかき消されるくらい、実際の社会的関心は低いのである。

ずっと不思議に思っていた矢先、思わぬ所からヒントを得た。2年前、私は朝日新聞「私の視点」欄で、安倍首相に「女性の輝く社会を目指すなら、自分の男性部下たちに育児休暇を取らせてはどうか」と打診した。

その数ヶ月後、新潟の実家を訪れた際、300人を部下を抱える自営業の父親に「お父さんの所は、これまで育児休暇を取った男性職員はどれくらいいるの?」と尋ね、父親は「いない」と答えた。

私は聞く耳を疑った。首相に進言する前に、進言しなくてはいけない人間が身内にいたのだ。日本の男性の育児休暇取得率が2パーセントで、新潟の片田舎の事業所で取得がゼロというのは、そこまで驚くことではないだろうと思うかもしれない。

でも、我が家は、一般の日本の家庭とは少し違うのだ。女性の権利や政治参加に一生を捧げる母親がいるのだ。母親の名前は黒岩秩子。76歳の元参議院議員。元千葉県知事の堂本暁子、元文部大臣の赤松良子らと親しく、国会や地方議会で女性議員の比率を高めようと、さまざまな運動を行っている。

日本国憲法に男女平等の条項がもうけられた過程を記したドキュメンタリー「ベアテの贈りもの」をアフリカやヨーロッパで上映したかと思えば、一度も女性議員がいたことがない九州のある自治体へ行って聞き取り調査をしたりもする。

世界各地で支援活動をしてきた私の知り合いが書いた本を母に薦めたら、「ルワンダについて書いてある章があったけど、ルワンダは世界で女性の国会議員率が一番高いということが書かれてない」ということに不満を持っていた。

そんなフェミニストの母親がいたから、我が家は、朝ごはんと子どもの弁当作りは父親が担うなど、一般の家庭とは少し違っていた。

そんな妻を持つ父親の事業所が、設立以来25年経っても、男性職員一人たりとも育児休暇を取ってこなかったとは、驚きだったのだ。もちろん、女性職員はかなりの割合で取っている。

それで、先日、実家に帰省した際、母親に疑問をぶつけてみた。

:女性の権利や政治参加に身を捧げるお母さんが、お父さんの会社の男性の育児休暇取得について全く言及してこなかったのはなぜなのだろう?育児家事を楽しむ男性が増えれば、女性の政治参加も促されるのではないかな。

:男性の育児休暇っていうのは、まだ日本では馴染みがないからね。こういう田舎では特に難しいと思うよ。そんなの取得したら、会社内で窓際族にされると、妻たち自身が嫌がる可能性だってあるよ。

:女性の議員を増やすことだって日本には馴染みがなかった。でも、お母さんはずっとそれに立ち向かってきているじゃない。なぜ育児休暇になると、「難しい」とあきらめきれるのかな。

窓際族にされるかどうかは会社のトップの決断次第だよ。お父さんはトップにいるのだから、いくらでも会社の雰囲気は作れるはず。でも、これまで一度もお父さんは男性社員に「育児休暇を取りなさい」と奨励したことはないと言っている。

:この前も女性議員が一人もいたことがない自治体に行って、聞き取りしたけど、役場の男性に育児休暇を取らない理由を聞いたら、「妻が専業主婦だから人手が足りている」って言われたわ。

:お母さんは「育児休暇」の意義を理解していない。育児休暇は育児力不足を補うことだけが目的じゃない。親が親になるための期間。子どもの一番大事な時期に一緒にいることで、「家族」の基盤を形成する大事な時間だ。

そもそも、母は、私が生まれた時、保母をしており、育児休暇を1年取ることができたのに、2ヶ月しか取らなかった。父は病院の院長だったから、母が育児休暇を取って経済的に困窮するという状況でもなかった。卒園式が近かったという理由で、私は生後46日で、ベビーシッターさんに預けられ、母乳が欲しくて泣きじゃくり、ベビーシッターさんから「母乳を辞めてくれ」と言われるほどだったという。

そして、園児が卒園した後の、生後3ー4ヶ月の2ヶ月間、母は育児休暇を取って、おかゆなどの離乳食を始め、生後5ヶ月で、私を託児所に預け、再び、私は泣く日々が続いた。つまり、私は人生で一番重要な時期である生後半年の間の計2ヶ月間、泣き続けたということだ。

さらに、ネットで調べると、生後3ヶ月で離乳食を始めるのは、時期尚早で、乳児の体に負担がかかるリスクがあるという。母は私の体にリスクを負わせてまで、職場復帰を、いや、保育園の子どもたちと一緒にいることを優先した。

私は、主夫になってから、欧米の主夫友達が息子とレストランで肩を組んだり、日常的に映画やキャンプに出かけたりと、私が自分の父とはありえなかった関係を構築しているのを目の当たりにした。それで、「夫婦どちらかの収入で家計が支えられるなら、子どもが小さい時は、片方が育児に専念した方が、家族全体にとっては良いのではないか」と思い始めるようになった。

:家の場合、お父さんの稼ぎだけで生活はできたわけだけど、お母さんは、なんで、私を生後間もなくベビーシッターさんに預けたの?

:専業主婦にはなりたくないという想いがとても強かった。私は、自分にキャリアがなければ、夫婦の対等関係が維持できないとも思っていたの。私の父親は、母親に対し好き勝手していたけど、母親から離婚は絶対言い出せなかった。生活ができなくなるからね。父親が母親に「嫌なら出てってもいいんだぞ」と言う姿は痛ましかったなあ。

私にとって、家で一対一で子どもの相手をするということが退屈だった。あなたが生まれる前に、1年くらい専業で育児をしたけど、辛かったわ。子どもが一人で遊んでいる時は、こちらは基本的に何もすることがないからね。

:いつから主婦に対しての抵抗があったの?

:小学校のころから。私の母は、毎日、家事をするのを嫌がっていた。母は小学校の成績が良いことだけが自慢で、「女」であるがゆえに、それ以上、教育を受けることができなかったの。大学卒の父が解けなかった数学の問題を解いた母に父が惹かれたのよ。私の友人の中には、主婦でいるのを楽しむ人もいる。色々な物を手で作ったりね。

「母親」として、「妻」として誰かを支えるという仕事にやりがいを感じる人だっていると思う。でも、私は、どうしても「私」が直接社会と関わりたかった。

障がい者差別、男女差別、そういう関心がずっとあるから、その社会とのつながりを断つ生活は考えられなかった。 1年だけ専業主婦をしたことがあったけど、その後保育園に勤務するようになった時、「奥さん」から氏名を持った一人の人間になれたような気がしたわ。

男性の育児休暇取得への機運が高まらない理由の一つに、本来、男女平等の視点から語られるべき問題であるはずなのに、母親世代の「フェミニスト」たちが、女性が男性と同じよう社会に出ることだけに主眼を置いたことがあるのではないか。

それにより、男性が女性と同じように家で子どもと過ごせるにはどうしたらいいかという議論にはならず、専業主婦同様、四六時中家で子どもと過ごす「育児休暇」にも関心が広がらなかったのではないか。

よって、待機児童問題は保育士不足、保育士の劣悪な待遇、保育園不足の側面からしか語られず、勤務時間の短縮や育児休暇取得の義務付け、育児休暇取得中の給与体制の充実や取得後のキャリア制度の改革など、「専業主婦・主夫」になっても、キャリアに支障が出ないようなシステムを作ろうという議論にならないのである。

私は5歳まで母乳にしがみつき、13歳までおねしょをしていた。競争心が人一倍強く、チームプレーが苦手で、職場も2ー3年ごとに替えている。この私の気質と、生後半年の間の2ヶ月を泣きじゃくって過ごしたことや父親とほとんど会話をせずに幼少期を過ごしたこととの因果関係はわからない。

少なくとも、私は、生まれてくる長男が悩みがあったら私や妻に一番に相談してもらえる親になりたいと思うし、そのためにも、一緒にいる時間を多くとって、彼の精神的支柱になりたい。そして、彼が私にとっての精神的支柱になって、ウィンウィンの関係を作り、その喜びや楽しみを他の人と共有したい。それによって育児休暇を取りたい男性や、取らせたい会社が増え、結果的に少子化対策につながってくれたら万々歳だ。