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野球大国の日本がオランダ野球から学ぶべきこと

2017年03月13日 00時13分 JST | 更新 2017年03月13日 00時13分 JST

ワールドベースボールクラシックで、野球が全く盛んじゃないオランダが、完全アウェーの東京ドームで日本代表相手に延長戦まで持ち込む接戦を繰り広げた意味はあまりにも大きい。野球界だけでなく、日本社会全体がこの試合から何かを学び取ってほしい。

 

私はオランダの大学院在学中、2004年から2シーズン、二部リーグのユトレヒトライオンズの外野手としてプレーした。試合の観客数は十数人で、一部リーグの試合でも100人くらいだった。日本で超有名人のバレンティン選手はオランダ人だが、オランダ人でバレンティン選手を知っている人は少ない。

日本ではたくさんの時間を費やしたバントや走塁の練習はオランダでは皆無だった。練習方法以外にも驚いたことがあった。

監督が息子の野球を観るという理由で試合に遅れてきたり、4番打者が彼女の卒業式に出るという理由で試合を欠席した。土日に練習などなく、平日週2回、1回2時間程度の練習だった。

チームの選手数は14人のみ。理由は簡単。「試合に出られなければ面白くない」と、レギュラーになれなさそうな人たちはチームを去っていった。

私が所属した日本の高校は選手数が70人いたと言うと、「試合に出れない60人は何をするんだ?」と尋ねられ「試合中は応援席で応援。練習中はボール拾い」と答えると、「信じられない。何が楽しいんだ?」と言われた。

 

オランダを野球大国に押し上げたのは、カリブ海に浮かぶ元オランダ領のキュラソー島からの移民たちだ。オランダの代表チームの多くが黒人であるのもそのためで、私の監督も黒人だった。

その島だが、人口はたったの14万人。小さな島から野球選手がオランダへ渡り、オランダ人に野球を教え、短い練習時間で才能ある選手を潰さず、国全体のレベルを押し上げた。

逆に日本は、一発勝負の甲子園のために、才能ある選手が一試合で多くの球数を投げ、若いうちに選手生命を絶たれていく。

「私は松坂世代」と言って、ピンとくる読者は今どれくらいいるのだろうか?甲子園の元大スターで、メジャーリーグでも大活躍した松坂大輔投手(現ソフトバンク)と私は同い年。2009年のワールドベースボールクラシック出場後にケガをして調子を落とし、それ以降、一度も活躍できなくなった。

その年、日本は優勝したが、松坂選手の状態の激変が影響したのか、2013年の大会にメジャーリーグから参加した選手はゼロになり、今回は青木選手のみの参加となった。

一方のオランダは松坂選手の様に若いときから無理を強いられていない分(松坂選手は高校時代、1試合で250球投げたことがあった)、まだまだ余力があるのか、今回、たくさんのメジャーリーガーたちが大会に参加してきた。

今回の接戦が、日本の社会が変わる何かのきっかけとなってくれることを願ってやまない。個々の才能を伸ばすのは、「楽しい」という気持ちを大事にすることと、適度な練習量。そして、「楽しい」を維持するには、家族や友人との時間を大事にすること。それだけである。