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坂之上洋子 Headshot

ゆずれること、と ゆずれないこと。

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私は譲歩する。
仕事で怖いと思われているらしいけれど、実はかなり譲歩する。

「ゆずる」は強さだ、と思う。

相手を立てる。自分が負を引き受けて、物事を前に進ませる、そうできた時の余韻が心地良いことも知っている。

ただ、引き下がらない時がある。100の中で1ぐらいしかないけれど、これだけは、折れたらダメだという事項は(直感)でわかる。

それをやってしまったら、結局は凧の糸が切れたように、まわりもダメになってしまう。

どんなに言葉に飾りをつけても、ダメなものはダメだ、と思うことがある。それがたとえ都合が悪くても。多大なお金を失っても。自分に不利でも。心の直感を信じる。

そして誠実に説明する。それでも、わかってもらえないかもしれない。それでも、譲らない。
なぜって、それが、その人の尊厳であり「哲学」じゃないか、と思っているからだ。

私がもし、仕事で信頼されてるとしたなら圧倒的に自分が不利になっても、(ここだけは譲らない)という信念があることを皆が知っているからだと思う。

10月28日「核兵器禁止条約」に世界で唯一の被爆国である日本が「反対票」を投じた。
国連委決議、日本反対のニュースは世界をかけめぐった。

「核なき世界」は単なる理想だよ。
他の国がやってんだから、地下に潜るだけだよ。
それに賛成しても何の効力もない。
核廃絶を呼びかける決議はうまくいったじゃないか。
ロシア領土返還の交渉を有利にするため仕方がない。

それでも。
それでも、そう言ってしまったら、そういう色々な力に屈したら
そこに、国としての「尊厳」がなくなる。と思う。

たくさんの(大人の事情)があるのだろう。
譲ることが大事な時もあるだろう。

けれども。

これだけ、矛盾する苦しい世界で、それでも大人がまっすぐに理想を、尊厳を持っていないなら、子供たちは一体どこを向いて生きていけばいいのだろう。

心の奥底で静かに考えたら、これだけは、やってはいけない、と思うことは自然に見えてくる。

日本は、交渉相手に静かにこう言えばよかったと思う。

「私たちには広島と長崎があります。死者数は約34万人。その苦しみをまだ背負っています。申し訳ない。核兵器を禁止しようとする条約に日本は、反対はできない。棄権させてください」

その苦渋の「尊厳」は必ず相手に伝わったと思う。

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(2016年11月4日「犬も歩けば どこかにあたる」より転載)