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広林依子 Headshot

26歳でステージ4の乳がん発覚、私が決めたライフデザイン ー強く美しくー

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はじめまして、この度ハフィントンポストに寄稿することになりました、広林依子と申します。

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私は現在29歳の、ごく普通の女性で、独身です。友達とカフェでワイワイ話したり、おしゃれを楽しんだり、ときには海外旅行に出かけたりしている普通の生活を送っています。他の人と違うのは、3年前の26歳のときに乳がんを宣告され、そのときすでに骨に転移しており、それからステージ4のがん患者人生を送っていることです。

最初は自己紹介をかねて、病気が発覚するまでの経緯と、私なりのライフデザインについての考え方を書いてみたいと思います。

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・デザイナーとして忙しく働いていた日々、胸に感じた違和感


私は乳がんになる前、デザイナーとして働いていました。憧れの仕事につき、やりがいのある毎日で終電帰りもザラでした。そんな日々の忙しさにかまけて病気の発見が遅れ、26歳にして、ステージ4の乳がんを患ってしまったのです。

キャリアアップを見据えて転職活動に専念し始めたころに、ふと胸のしこりに気づきました。乳腺症で同じ場所を手術した経験があり若いこともあって、最初は医師もエコーのみで「石灰化してるだけでしょう」との見解でした。しかし、3カ月後に手術痕からかさぶたが出てき始め、「絶対におかしい」と思い、もう一度検査したところ乳がんが発覚しました。そして精密検査の結果、骨への転移も2箇所見つかりました。

一般的に乳がんの検査は、細胞診から始まり、そこで疑わしい病理結果が出た場合に、さらに細胞のかたまりをとって検査する組織診とMRI検査を行い診断されます。悪性診断が出た後に、転移していないか詳しい検査をします。私の場合は、悪性診断が下って初めて保険適用になるPET-CTを受けました。PET-CTでは、全身のがんなどを一度に調べることができます。そこで骨への転移が見つかったのです。

・骨への転移も、「一通り治療すれば治る」と思っていた


当時、病気の知識が無かった私は、転移が見つかっていなかった最初のがん発覚時に、医師から「術前抗がん剤治療、手術、放射線、2〜5年のホルモン治療をすれば治療は一通り終了する」と一度説明があったこともあり、転移治療がどういうものかわかっていませんでした。

また、骨への転移が見つかった時に「まぁ10年生きてる人もいますよ」と医師に慰められ、「予定通り半年の強い抗がん剤治療を始めましょう」と言われたのもあり、私は「治療にはゴールがある」と思い込み、最初は「一通り治療をすれば治る!」と前向きに明るく取り組み始めたのです。

しかし、治療を進めるにつれて、転移治療とは終わりのない【エンドレス治療】であることを理解し、ひどく絶望しました。ただでさえ、抗がん剤を打つ度に体重が1キロずつ痩せて、顔が黒ずみ体力が奪われていくのに、これを永遠......?考えられないような苦しみに襲われました。

黒く、痩せこけていく自分の顔を鏡で見るのがだんだん辛くなり、紫外線が影響していることを知ると、家のカーテンを締め切り、顔をタオルでぐるぐる巻きにし、外に出る時は、冬なのに日傘をさしていたりしたほどです。

その後、転院した先の問診票には「延命治療しますか? する・しない・わからない」「宗教上の理由、リビング・ウィル(尊厳死)などありますか?あればお書きください」など自分が死ぬときの状況についての質問があり、問診票を書く手が震えました。まだ死ぬほどではない体調なのに、もう死ぬことを視野に入れなければいけないのか。この時初めて、自分が死ぬかもしれないと悟ったのです。

永遠に続く治療と向き合う日々。時には、終わりの見えない治療に途方に暮れて、一時期治療を拒否した時期もありましたが、自分なりにサバイバル方法を考えたり、人との出会いや経験したりしたことで、治療に前向きになることができました。

・ステージ4のがんになった先にも、人生があり日常があります


一般的には、【ステージ4=治らない恐怖とずっと向き合う】というイメージが付きがちですが、実際はずっと恐怖感を持って生きてるわけではありません。心から楽しいと思える時間や、病気を忘れている時間も多くあり、ステージ4のがんになったその先にも、人生があり日常があります。

がんになってからも、新しい発見はたくさんありました。例えばニューヨークに旅をして日本では感じられなかった洗練された現代アートに感動したり、煎茶や着物など新しい趣味が出来てがんになる前は興味の無かった世界観を見つけたり、がんにならなければ出会うことの無かった多くの人たちと出会って人の本当の優しさや人生の奥行きを知ったり......。多くの発見がありました。

私は【ステージ4がん】という課題に対して、どう向き合うのが正解なのかずっと模索しながら生活してきました。それはデザイナーという職業柄、デザインを通じて【問題を解決する力】を日々養って仕事をしていたことも大きく関係していると思います。

・人生と向き合って、自分自身のライフをデザインしたい


がんになったことで、私は自分の人生ととことん向き合って、自分自身のライフをデザインしたいと思うようになりました。自分の居心地のいい場所をつくること、最悪の状況をシュミレーションすること、チームをつくること......。ライフデザインは究極のデザインです。

私は常に、どうより良い生活をしたいかを考えてきました。患者として弱気になるのは好きではありません。同時に、限り有る人生を思い切り楽しみ、明日死んでも悔いはないと思えるほど、納得感のある生き方が私なりにできていると感じています。実は先日、主治医から余命を宣告されましたが、動じずに今後の治療を選択し、生命の危機を回避することができました。

このブログでは次回以降、そんなデザイナーのわたしが考えた【ステージ4がんのライフデザイン】を紹介していきたいと思います。よろしくお願いします。

最近描いた花たちを毎回アップしていきます。

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