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ステージ4のがん患者が、死をあえてシュミレーションして分かったこと

2017年04月05日 21時53分 JST | 更新 2017年04月10日 18時31分 JST

デザイナーの広林依子と申します。私は現在29歳の、ごく普通の女性で、独身です。友達とカフェでワイワイ話したり、おしゃれを楽しんだり、ときには海外旅行に出かけたりしている普通の生活を送っています。他の人と違うのは、3年前の26歳のときに乳がんを宣告され、そのときすでに骨に転移しており、それからステージ4のがん患者人生を送っていることです。

このブログでは、デザイナーの私が考えた、【ステージ4のがん患者のライフデザイン】の1例を紹介していきます。今回はがん患者が最悪の状況と向き合うことについて書いてみます。

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・最悪の状況をシュミレーションすると、いいことしか起こらない

ステージ4のがんは、現代医療では完治が難しいといわれています。そのため、ステージ4と診断された人は、死に対する恐怖で絶望的な気持ちになってしまうことも多いです。私自身も、"生きている限り永遠に治療しなければならない"という現実は、非常に重いものでした。

乳がんになって1年経った頃、経営者の卵の友人から、ある課題解決メソッドを教えてもらいました。それは「課題に取り組むときは、あえて起こりうる一番最悪のケースを具体的にシュミレーションするといい。すると最悪よりはいいことしか起こらない」というものです。

この話を聞いて、私は「ステージ4のがん」という課題解決に取り組むにあたっての最悪のケースを考えてみました。

言うまでもなく、最悪のケースとは【死】です。だから、死をあえて具体的にシュミレーションするようになりました。もちろん、最悪の状況をシュミレーションするというのは、非常にメンタルを使う作業です。死を想像する気力が満たないときや、死を考えたくない人にはおすすめできません。

一番最悪のケースは死。死をイメージしていれば、死ぬよりはいいことしか起こらない。そう考えていくと、死にもいろんなメリットがあるのかもしれない......。そこで私は、死について視点を変えて前向きに考えてみることにしました。

・死にもメリットはある

そもそも死ぬということは、暗くて可哀想というイメージなのでしょうか?普通に暮らしていると、そういう価値観が一般的なように感じますが、本当にそうなのでしょうか?

まず、死ぬ状況が近いことのメリットを挙げてみることにしました。意外と沢山思い浮かびます。

・将来の年金を気にしなくていい

・老後の貯金をしなくていい

・未来への不安がない

・病気の痛みや苦しみから解放される

・リスクを恐れず本当にやりたいことにチャレンジできる

・余計なしがらみを一切気にしなくていい

・やりたい仕事だけしているので早起きしなくていい

・遊びたいときに遊ぶことに抵抗を感じなくていい

病気の苦しみから解放されること、やりたいことに集中できること、人間関係の悩みを気にしなくていいこと、日本の社会で生きる不安を気にしなくていいこと......。逆の発想をすれば、将来を悲観するのではなく、「今」を大切に生きていくことができるのではないかと思えました。

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・最悪の状況と、本気で向き合って分かったこと

もちろん、自分が死んだら親や友達は苦しむことになります。実際に、すでに同病の友人が何人か亡くなっており、その時は非常に心が引き裂かれるような思いになり、かなりの時間引きずりました。

【さくらさん】というTwitterで知り合った同病の女の子と、彼女が亡くなる1カ月前まで、私が背骨を骨折して辛かったときや彼女が輸血で苦しんでいたときに、励まし合っていました。お互いに、治療に前向きに取り組む心の支えにしていたのです。

彼女は厳しい治療にも明るく向き合い、好きなゲームなどで適度に息抜きをしながら、読んだ人が優しい気持ちになれるような闘病記録を発信し続けていました。ツイートからも人柄の良さがにじみ出ていて、周りの家族や友人への感謝への気持ちを言葉にできる、非常に前向きで心優しい女性でした。私が辛い気持ちを吐き出したときも、彼女だから言える心からの「頑張ってくださいね!」という言葉をかけてくれ、痛くても頑張ろうと思えたのです。

しかし、1カ月ほど連絡が途絶えたので、どうしたのかとメッセージを送ったら、お父様からお亡くなりになったとのご連絡をいただきました。その後、お父様のSNSを見ていると、娘を思うあまり、ずっと悲しみに暮れている姿やお言葉を沢山拝見し、胸が締め付けられるような思いがしました。

彼女の死後、「すこしでも彼女が生きていたことを感じたい......」と桜の木の下に埋める樹木葬を行ったり、彼女が愛用していた椅子と向き合って乾杯してお酒を飲んだりされています。本当に娘を愛していた様子が伝わってきます。

「もし、私が彼女の立場になった時、家族や友人は同じような思いになるのだろうか......」と考えると、本当に心が締め付けられる思いがして、涙が出そうになりました。きっと私の家族や友人も悲しむでしょう。

私自身も、決してまだ死にたいわけではありません。本当は、デザイナーとして、女性として、もっともっとやりたかったこともあります。デザイナーとして羽ばたいて沢山の作品を発表したかったし、結婚だってしたかったし、子供だって産みたかった----。

それでも、デザイナーである自分の目線で考えれば、「死には意外といいこともある」と思えました。

・作れば作るほど、私という"生"は生き続ける

2015年あるイベントで、京都の有名寺院の僧侶の方とお話する機会がありました。その時に、私は「死が近い生き方を、どう捉えていけばいいのでしょうか?」と率直にご相談したのです。

すると僧侶の方は、とてもいい仏教の考え方を教えてくれました。

「死というのは、貴方を知っている人が全員死なない限り、本当の意味では死んだことにはならない。歴史上の人物も、そういう観点ではまだ生きていると捉えられる。そして現世で行った努力や活動は無駄にはならず、来世に何らかの形で引き継がれ、無駄にはならない」とお話してくれました。

ということは、「私が何かを発信し続けて残していけば、その分私を知る人が増え、観念的には"生き続ける"ことになるのでは」と思いました。

これはクリエイター冥利に尽きる考え方だなと感じました。「作れば作るほど、私は"生"を延長できる可能性がある。肉体があるないの問題ではないのではないか?」そう思えるようにもなったのです。

最悪の状況である自分の死と向き合ったことで、生の可能性にも触れることができたのです。もちろん死にたくはないけれど、死ぬことに対する強烈な恐怖は取り去ることができました。

考え方、気持ちの持ちよう一つではないでしょうか。

日本人は外国とくらべて、死をタブー視する傾向が強いといわれていますが、その割に死に対する教育はあまりなされていないと思います。ですが、死と向き合うことは生きることと向き合うことではないでしょうか。

死と向き合ったから、私は今を生きることに向き合えています。本当に好きなことに自分の時間を使えています。大好きな美術館に行ったり、ニューヨークへ旅行に出かけたり、着物を着てお茶の時間を楽しんだり、大切な人と自分の好きな時間を過ごせています。死にも意外といいことはあるのです。