乃木坂46の橋本奈々未さんが両親に家を買った理由。

お金の話ばっかりしてる人。...... というのが橋本さんの第一印象だ。

「橋本奈々未って子が両親に家を買ってあげたんだって」

1年ほど前、乃木坂46のファンである友人からそんな話を聞いた。昨年の夏に公開された乃木坂46のドキュメンタリー映画で橋本さんがそんな話をしていたのだという。ただの雑談だったのか、自分が住宅購入の相談に乗るFPだからなのか、理由は分からないがそんな話をされたわけだが、その時は「へー......」と聞き流した。

その後、映画がDVD化されると再度お勧めをされた。余りに熱心にお勧めするので実際に見たところ、確かに橋本さんが両親に家を買うという話や弟さんの学費を出してあげるといった話をしている。橋本さんはどんな人なんだろう?と思って少し調べてみると、乃木坂46への加入当初はアルバイトが出来ずに生活が苦しかった、といった話をしている記事が見つかった(未来の鍵を握る学校 SCHOOL OF LOCK! GIRLS LOCKS! 乃木坂46 深川麻衣ちゃん来校!! 2016/05/19)。

お金の話ばっかりしてる人。

......というのが橋本さんの第一印象だ。映画でもロケ弁当が食べられるから芸能人を目指したなど、どこまで本気なのかよく分からない発言もあったが、どうやらかなり本気だったらしい。つい先日には橋本さんは乃木坂46からの卒業・引退を発表したが、その理由の一つに弟さんの学費の支払いにめどがついたからという話もしており、加入の理由もお金だったと言い切るほどだ(乃木坂工事中 テレビ東京 2016/10/31)。

自分は「一生お金に困らない人 死ぬまでお金に困る人」という本で、お金の使い方はその人の生き方そのものと書いたが、そんな観点から橋本さんは極めて興味深い人に見える。友人から勧められたドキュメンタリー映画も乃木坂46がこれだけ人気が出るのも分かるという内容だった。

橋本奈々未さんの卒業をきっかけに、お金とビジネス、そして「アイドルという働きかた」の視点から乃木坂46とそのドキュメンタリー映画を見てみたい。

※記事内で触れた楽曲等は全てyoutubeの公式アカウントのPVを紹介しています。

■ドキュメンタリー映画で描かれるプレッシャーとの戦い。

現在、乃木坂46はCD売上でAKB48に次ぐ規模を誇る。最新曲「裸足でSummer」は売上が70万枚を突破し、NMB48やSKE48といったAKB関連のグループに大きく差をつけてAKB48を追い超しかねないほど勢いがある。AKB48を抜くということはCDの売上で日本一になることを意味する。直近のデータを見ても、2016年のオリコン上半期・シングルCD売上ランキングでは1位.2位がAKB48で3位が乃木坂46となっている。

裸足でSummer 2016/07/27

デビューからわずか6年ほどで急成長を遂げたこのアイドルグループは、元々「AKB48の公式ライバル」という、何とも奇妙な立ち位置でデビューした。どちらも秋元康氏がプロデュースしているのだからライバルも何も無いように見えるのだが、映画を見るととても秋元氏の悪ふざけから始まったような企画には見えない。

乃木坂46のドキュメンタリー映画、「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」の映画評をみると、いずれも「母親の視点」が強調されている。確かに映画はオーディションの前後や活動の最中に、メンバーの母親が何を思い、何を感じていたのか、女優・西田尚美さんによる淡々としたナレーションで展開していく。

ただ、母親の視点はあくまで切り口でしかない。そんな切り口で何が描かれているのか。その一つが「プレッシャーとの戦い」だ。AKB48の公式ライバルという、悪ふざけのような話からは想像も出来ないほど過酷な状況に置かれたメンバーの姿が映画では描かれる。

プレッシャーとの戦いは公式ライバルという話とつながるわけだが、その因縁はAKB48がソニーレコード傘下のデフスターレコードからキングレコードへ移籍した2008年まで遡る。

※ソニーレコードは現在乃木坂46が所属。

■乃木坂46の起源とAKB48との因縁。

2005年に結成したAKB48は2008年の時点ですでに紅白歌合戦にも出場するなど一定の知名度は得ていたと思われる。ただ、ビジネス面では成功しているとは到底いえない状況だった。CDシングルの売上枚数は当時わずか2万枚程度で、アイドル評論家の中森明夫氏は、普通だったら2年以上も売れなかったら辞めている、運営に莫大な資金がかかっていたはず、売れた理由は売れるまで続けたからだ、とコメントしている(密着!秋元康2160時間 NHK 2013/02/11)。

自分はその頃にAKB48を知っていたかと言われると、秋葉原で活動しているやけに人数が多いアイドルがいるらしい......という認識があった程度だ。世間一般の扱いも今でいう地下アイドルに毛が生えた程度だったのではないかと思う。この移籍はレコード会社からすればコストばかりかかって利益に貢献しないアイドルを損切りした、といった所だろう。ビジネス的には当然の対応だが、その読みは大きく外れた。

移籍第一弾のCDは売上が9万枚を超え、壁を一枚突き抜けた。そのちょうど1年後のCDは20万枚突破、さらに翌年は100万枚を超え、AKB商法と揶揄されながらCDが売れない現在では突出した売上を誇る。

偶然だが、自分は移籍第一弾のCDを出した頃、雑誌編集者の友人から「今度AKBの企画を担当するかもしれないからどの子が可愛いか意見を聞かせてくれ」という依頼を受けた(依頼と言ってもお礼にメシを奢るといった程度の話)。仕方なくAKB48の深夜番組を見たが、誰が誰だか顔の見分けもつかない。ただ、その時に流れていたCMや番組内で歌われていた新曲は何だか売れそうな気がした。

可愛い子はよく分からないけど新曲は売れるのでは、と思った通りに伝えると、アイドルに1ミリも興味を持っていないと思っていた友人も「確かにアレは良い曲で売れそうだ」と同意見だった。アイドルに興味の無いアラサーのオジサン達でも売れそうだと思った位、その新曲にはパワーを感じたわけだ。それが移籍第一弾の10thシングル「大声ダイヤモンド」で、後にAKB48がブレイクしたきっかけと言われる曲でもある。

大声ダイヤモンド 2008/10/22 (AKB48)

■AKBへのリベンジを秋元康氏に依頼?

こんな状況で面白く無いのはデフスターレコードであり、ソニーレコードだ。苦しい時期をずっと支えてきたのに果実は1つも得られなかった。日の出の勢いで売り上げを伸ばしていくAKB48を横目で見ながら、自分達もどうにか出来ないものか、と考えるのも当然だろう。この因縁がAKB48の公式ライバルである乃木坂46が生まれるきっかけとなる。

――そもそも乃木坂46とはいったい?

「......時代の頂点に立つAKB48のライバルとなるアーティストをつくるプロジェクトです。今の段階では、それ以外のことは......」

――ソニーミュージックといえば、かつてグループ会社のデフスターレコーズにAKB48が所属していました。彼女たちがレコード会社を移籍した後、国民的アイドルになったことについては?

「やっぱり"逃した魚"は大きかったですよ。その悔しさをわれわれソニーのスタッフはすごく持っています。われわれは今回、その気持ちをプロジェクトにぶつけます。ライバルとして"本気"でAKB48にぶつかっていきますよ」

秋元康プロデュース、AKB48の"公式"ライバル「乃木坂46」とは? 週プレNEWS 2011/06/27

これは乃木坂46のメンバーを募集していたころに行われたソニーレコードへのインタビュー記事だ。部外者から見れば苦笑いとか悪ふざけ、マッチポンプとでも言いたくなるような状況だが、当事者にとっては大まじめだ。日産VSトヨタとか、キリンVSアサヒビールとか、そんなライバル関係と変わらないほどの意気込みだったことは想像に難くない。一度はAKB48を自ら手放すというミスがあったことも考えれば失敗は絶対に許されないプロジェクトだ。

乃木坂46が結成した2011年の時点で、すでにAKB48は出すシングルはどれも100万枚を超えていた。そこに秋元康氏プロデュースとはいえ、どこから来たのかもよく分からないポっと出のグループが「AKB48のライバルです」、と巨大なレコード会社の期待を一身に背負って戦いを挑むのだから、とても10代の少女が耐えられるプレッシャーとは思えない(少なくとも自分ならそんな仕事はやりたくない)。

乃木坂46は募集の時点で公式ライバルであることを掲げていたが、メンバー達は自ら望んで参加したとはいえ、何が何だかよく分からないうちに大人たちの因縁に巻き込まれたような格好だ。

大手のレコード会社からデビューという面だけを見ればヒットが「約束」されているように見えるが、実際には大手からデビューすれば必ず売れるわけでもない。しかもAKB48のライバルとしてヒットが約束されているのではなく、社運をかけたプロジェクトでヒットが「義務付けられた」と考えればメンバーにかかるプレッシャーは想像を絶すると言っても過言ではない。

■ライバル宣言は不安な船出からのスタート。

ドキュメンタリー映画ではAKBグループが勢揃いするイベントで、乃木坂46がデビュー曲「ぐるぐるカーテン」を披露する場面も描かれている。控室では100人を超えるAKB48とその関連グループのメンバー達が巨大な円陣を組み、まるでお祭り騒ぎのようにエネルギーを発しながら掛け声を出している一方、乃木坂46のメンバーは16人でこじんまりとした円陣を不安げに作っている。

そして完全にアウェイの会場でブーイングでも浴びせられるんじゃないかという緊張と不安の中でデビュー曲を披露する。

デビュー前にAKB48のステージで新曲を披露した乃木坂46のセンター、生駒里奈(16)は歌い終わるなり、感極まって号泣。「私たちには超えなければならない目標があります。その目標とは...AKB48です」と言葉を詰まらせ「まだまだ未熟ですが、同じステージに立たせていただいたことに感謝します。全力以上に努力して、いつか本当のライバルと言ってもらえるように頑張ります」と2000人のAKBファンの前で誓った。

乃木坂46、いきなりAKBライブ登場で涙 峯岸「ファン持ってかれちゃう」と危機感 オリコンスタイル 2012/01/19

ぐるぐるカーテン 2012/02/22

■つかみ合い寸前の大ゲンカから透けて見えた「もう一つの人生」。

映画ではメンバーがケンカをするシーンがある。デビュー当初、センターを務めていた人気メンバーの生駒里奈さんと、同じく人気メンバーの松村沙友理さんだ。16人のプリンシパルという舞台公演の控室で、つかみ合い寸前というほどの大ケンカが描かれている。

ただ、そのケンカシーンは双方とも興奮していて何を話しているのか理解できない。松村さんは大学がウンヌンと話しているが、事情を知らない人には訳が分からず、生駒さんも泣きながら怒りつつ松村さんを諭すようなことを話しているのだが、感情が高ぶり過ぎて何を話しているのか全く分からない。

あれは一体なんだったんだろう.....? と見終わってから調べてやっと意味が理解できた。

大阪出身の松村さんは看護大の受験を控えていたが、その状況でオーディションに合格して上京した。ケンカで口にしていたことは大学受験を辞めてまで上京して来たのに全然上手くいかない、と嘆いているようだった。特にこの舞台はその日その日で観客が前半を見た上で人気投票を行い、その結果で後半の配役が決まるという、なんとも滅茶苦茶な仕組みとなっている。極限状態で不本意な結果に我を忘れるほどショックを受けていたようだ。

生駒さんもまた、秋田県出身で高校入学から数か月後にはオーディションで合格するとすぐに上京した。過去には高校の卒業式にサプライズで乃木坂46が登場し、「君の名は希望」という楽曲を披露する企画があった。ただ、サプライズが大成功したにもかかわらず企画の終了後に生駒さんは控室でボロボロと泣いていたという。

卒業生と自身と重ねたのか「高校に入ってすぐ上京したから私には思い出がない、卒業生が羨ましい、私も卒業式に芸能人が来てほしい.....」と嘆いていたようだ(乃木坂ってどこ? テレビ東京 2013/03/17))。

自身が芸能人である生駒さんがそんな話をしているのだからバラエティ番組としては笑う所なのだが、色々な背景を知るととても笑う事はできない。

詳細は映画を見て貰えればと思うが、二人ともグループ加入前に芸能活動の経験も無く、右も左も正解もわからない状況で苦悩し、苦闘している中での衝突だったのではないかと思う。

君の名は希望 2013/03/13

■もう一つの人生を抱えるメンバーたち。

後からやっとケンカの背景を多少なりとも理解出来すると、何ともヘビーな人生だなと思わざるを得なかった。生駒さんも松村さんも現在は人気アイドルとしてキラキラと輝くほどに活躍をしているが、まるでその影のように「もう一つの人生」「もう一人の自分」を抱えている。

松村さんはオーディションに不合格だったなら看護大に入学して今頃は看護師として働いていただろう。生駒さんも乃木坂46に入らなければ地元の高校を出て、就職するなり大学に進学するなり平凡な人生を歩んでいたかもしれない(短大を出て保母さんになりたい、という希望もあったそうだ)。

これは「もし自分が野球選手になっていたら」といった妄想とは、似ているようで全く違う。野球選手は99%以上の人が本気で目指しても実現不可能な夢のまた夢だ。しかし2人の場合は確実にありえたごく普通の人生から大きく外れて、大抵の人が夢で終わるアイドルとなり、日本で一二を争う人気アイドルグループのメンバーとなった。しかも後戻りすることはもうできない。

やりたい事を自ら望んでやっているのにぐちぐちと文句を言うなんておかしい、という人には分からないかもしれないが「夢が叶った後の苦労」は逃げ場が無く言い訳もできない分だけ余計に苦しい。映画で描かれたケンカは同じ立場のメンバー同士だからこそ本音をぶつけられたのだろう。

映画でスポットライトがあてられたのは多数のメンバーの中でもごく一部だが、全てのメンバーが多かれ少なかれこんな思いを抱えているのかもしれない。

傍目には成功しているように見える人気アイドルでも、何か失敗や挫折があるとふいに自身の影、あるいは分身のように抱えている「アイドルにならなかった自分」が脳裏に浮かぶのだろうか。これはきっとタレントとかスポーツ選手とか、スターと言われる人にしかわからない感覚なのだろう。

友人に勧められた際にはドキュメンタリー映画なんて見せても大丈夫な所を編集してるだけだろう、くらいに思っていたのだが、ここまで見せるのか......と初見の人間でも興味深いと思わされる、乃木坂46にファンがたくさんいるのも当然と感じる内容だ。

悲しみの忘れ方 2015/10/28 (ドキュメンタリー映画表題曲・「今、話したい誰かがいる」収録)

サヨナラの意味 2016/11/09 (橋本奈々未さんセンター曲&卒業曲)

悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46 2015/07/10 (映画の予告編)

※後編に続く。

【関連記事】

中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

注目記事