ライフネット生命の新卒採用課題が難しすぎる件について。

このような「難し過ぎる課題」は自ら学び考えながら仕事に取り組める人材だけに来て欲しいという意味では、かなり強力なフィルターと言えるだろう(自分は一度諦めたので多分アウトだ)。

大学生の就職活動が山場を迎えようとしている。すでに大手企業の内定を得てほっとしている学生もいれば、そんな友人を見て内心穏やかではない学生もいるだろう。新卒採用の可否については毎年のように話題になるが、ユニークな新卒採用を行っている会社がある。

先日、ゴールデンウィーク中にネット生保のライフネット生命は新商品と既存商品の値下げを発表したが、個人的にはそれと同じく毎年注目しているのがライフネットネット生命の新卒採用だ。

■ライフネット生命の「重い課題」。

一般的に新卒採用では翌年3月卒業の学生を対象とするが、ライフネット生命の新卒採用では入社年の4月時点で30歳未満であれば学歴や国籍を問わずに選考対象としている。

これだけでもすでにユニークだが、エントリーした応募者に対して毎年「重い課題」の提出を求めている。これが本当に重い。どれ位重いかというと、昨年は8741人のエントリーに対して、課題を提出したのはわずか70人と1%未満だ。

今年もA・Bと2つの課題があるが、自分が特に注目したBの内容は以下の通りだ。

■求む、自ら考えられる人材?!

現在の小学校1年生が大学を卒業して就職する頃には、65%の人が今は存在していない仕事に就くという調査があります。現在から20年後の社会と仕事の変化について、予想してください。

[1] 20年前から現在にかけてもっとも成長した産業ともっとも衰退した産業について、データを用いてその背景とともに説明してください。

[2] 20年後の未来に、現在と比較して大きく変化している社会・産業の状況を予想し、理由とともに説明してください。

[3] [2]で予想した変化に伴い、20年後には、現在存在しないどんな仕事が新たに生まれているでしょうか。

新たな仕事を1つ挙げ、その仕事が生まれる背景と、その仕事に就くにはどのような能力が必要か予想して説明してください。

ライフネット生命 2015年新卒採用課題 重い課題 Bより

内容自体はユニークだが、ハッキリ言って難し過ぎる。あまりに難しいので、一度面倒になって考える事をやめてしまった。しかし、この面倒臭さも課題の意図ではないかと思う。「考える事」が面倒臭い人は、ビジネスマンとして必要な資質を決定的に欠いているからだ。

言われた事を言われた通りやり切る人は従業員として一定数必要で、どちらかと言えばそういった人材の方が求められる人数としては多い。しかし、それならばわざわざ正社員として採用する必要性が無くなる時が来るかもしれない。ルーチン業務はいつかはアルバイトや外部委託、場合によっては機械・パソコンに置き換えられてしまう可能性があるからだ。

このような「難し過ぎる課題」は自ら学び考えながら仕事に取り組める人材だけに来て欲しいという意味では、かなり強力なフィルターと言えるだろう(自分は一度諦めたので多分アウトだ)。

■20年後の世界。

では課題の20年後の世界を考えることが保険会社にとってどのような意味があるのか。これは以前「ライフネット生命の新卒採用に挑戦してみた」でも書いたように、保険会社は顧客との取引が数十年に及ぶことが普通だ。つまり、保険会社は目の前の顧客を見ながら、同時に何十年も先を見越して経営しなければいけない。

新卒の学生にとっては自分の人生と同じくらい先の将来を考えるという非常に難しい課題だが、それが出来なければ保険会社の社員にはなれないのだろう。

■課題に挑戦してみた。

実際に課題に挑戦してみようと思うが、過去20年で最も成長した産業と衰退した産業をデータを用いて説明する、とある。人に説明をするときには数字と事実を根拠にするという最低限のルールがビジネスにはある。しかしこれは案外苦手な人が多い。

この課題で「俺はこう思っていたけど、それを裏付けるデータは見つからないから、間違った思い込みだったのか......」という経験をするかもしれない。仮設を立てて検証をするという、仕事では必ずある過程だ。真剣に取り組むと仕事のトレーニングになる、という意味で、新卒採用の課題として良問と言えるだろう。

では、この課題の答えはなんだろうか。実はこの問題の回答は一つではない。成長・衰退とあるだけで、何をもって成長・衰退とするのか明示されていないからだ。

自分が最初に浮かんだのは、家庭支出の額から増えた支出・減った支出を調べるというアプローチだ。これはファイナンシャルプランナー的な発想で、こういった統計データは昔からあるので調べやすい。しかし他にも色々な指標がある。

売上・客数・時価総額・労働者数・普及率......etc

ちょっと考えても上記のように多数の指標が思い浮かぶ。

■不要になった機器たち

こういった事例を考える際には、ソニーが良い材料になる。先日ソニーが業績を3度に渡って下方修正したと話題になったが、ソニーの主力製品がどのように置き換わっているかを考えると興味深い。

●ラジカセ・オーディオ機器 → パソコン+iTunesやYouTube

●コンパクトデジカメ → スマホ

●パソコン → スマホ・タブレット

●ウォークマン → iPodやスマホ

ウォークマンがiPodに置き換わったのは競争に負けた事が原因だが、ラジカセがパソコンに置き換わってしまったのは生活スタイルの変化が原因だ。パソコンならばCDやMDなどのメディアを入れ替える手間は無い。狭い室内にあえて家電製品をもう一つ置くのはオーディオ機器にこだわりがある人だけだろう。

デジカメも今では1万円も払えば高機能なものを買えるが、SNSにアップするならスマートフォンに付いたカメラの方が便利だ。旅行や結婚式など特別なシーンを除けば両方を持ち歩く必然性は多くの人にとって無い。

VAIOはパソコンブランドとして人気があったが、利益が出ずにソニーから事業ごと分離・売却される予定だ。20年前のパソコンは高級品だったが、今ではパーツを組み立てるだけで完成してしまうのでパソコンメーカーは大きな付加価値を生むことが出来ない。

技術革新が進み、ラジカセ・カメラ・ウォークマンといった特定の目的にしか使えない機器は、高機能な端末とソフトウェアの組み合わせで提供されるようになった。テレビやDVDレコーダーもパソコンで代替可能だ。技術革新は進み、パソコンやスマートフォンなど端末の価格は機能に比較して大きく下がり、全体のパイは縮む......という状況になった。

ソニーの事例からも分かるように、衰退と成長は表裏一体だ。デジカメは売れなくなったがスマートフォンはバカ売れで「常にカメラを持つ人」は増えた。このような状況はSNSを始めとしたウェブサービス会社には大きな商機だ。

パソコンの価格が下がってメーカーは大損しているが、消費者から見れば買いやすくなって普及率は上がった。インターネット回線の低価格もあいまって、結果的に多くの業種でネット取引が対面型のビジネスから客を奪っている。これは成長と衰退、どちらなのだろうか。

他の事例で考えてもユニクロやファストファッションの成長によって潰れてしまったアパレルメーカーもあるだろうし、利益の減ったブランドもあるだろう。雑誌はウェブメディアに置き換えられて衰退しているが、一方でウェブメディアが大儲けしているわけではない。このような事例は成長と衰退、どちらなのだろうか。

■バズワードについて。

このように考えていくと、そもそも成長とは何か、衰退とは何か、という定義付けを考える必要があると分かる。定義が人によって異なる言葉を「バズワード」と言ったりもするが、ビジネスにおいても、上司と部下、自社と取引先(顧客)など、バズワードが原因で相互に意思の疎通が上手く行かない場合がある。

付加価値や顧客志向など、ビジネスではバズワードのオンパレードだ。成長といった一見分かりやすい言葉であっても、先ほど例に挙げたように様々な定義がある。以前、テレビの討論番組で「普通に考えれば分かるだろう!」と連呼している出演者を見かけたが、「普通」で全てが通じるなら会議も討論も不要だ。

仕事を進めるうえでチームがバラバラにならないように、何が目的で、目的を達成するために何をすれば良いのか、あいまいな表現を使わずに共通認識を作り上げる必要がある。

当たり前の話だが、ぼんやりとした表現で報告や提案をすれば「意味が分からない」「日本語になってない」と書類を突き返されるのがオチだ。均質な人間同士の付き合いが多い学生や若者にとっては「自分の普通と他人の普通は違う」と初めて痛感する瞬間だ。

保険・マネーについては以下の記事も参考にされたい。

■お金は保険会社に預けるな

■正しすぎるライフネット生命の新卒採用

■学資保険なんていらない ~教育資金の貯蓄と、元本割れした人の対応策について~

■家は余ってるから買う必要がない、というのは本当?

■8000万円の家、買えるけど買わない方が良い理由

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ライフネット生命の「重い課題」は仕事を疑似体験出来るという意味で、非常に良い問題だ。重い課題の問2以降は次回挑戦してみたい。

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