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初夏の再会は、少しだけ哀しい坂道

2014年06月17日 15時22分 JST | 更新 2014年08月16日 18時12分 JST

ついさっき。

同級生と、道端ですれ違いました。

その時のシチュエーションを説明しますね。

まぁ、聞いてください。

ボクは三軒茶屋のお店から渋谷のお店に向かう途中でした。

場所は池尻の住宅街。

ボクはサンダルばきでバイクに跨り、ヘルメットをかぶり、

細く曲がりくねった坂道を上っていました。

おそらく、ごきげん顔で走っていたはずです。

(いつもバイクに乗っているとボクはごきげんです)

彼女は、その同級生だった彼女は、

ピンクの服を来た小さな女の子を連れ、坂道を下っていました。

坂道は西日に眩しく、桜の木陰のシルエットは、

白く黒くコントラストが強かった。

ボクは中学校時代、一年間だけ、仙台の学校に通っていました。

それはたった一年だけのことで、

二年生になると、すぐに川崎の学校に転校しました。

銀行員だった父の仕事の都合で、転校の多い子供時代でした。

その坂道の彼女とは、13歳以来、それっきりで、

今日まで、一度も会うことはありませんでした。

ボクらには二人だけの甘い想い出や、

初恋のエピソードとか、ちっともありませんでした。

ボクらは本当にただの同級生で、それ以上でも、

それ以下でもない関係でした。

なのに。

ボクは今日その白い坂道で、彼女を見た途端。

すべてのことを思い出してしまいました。

クラスは1年3組で、窓から噴水が見えたこと。

桜井先生という男の先生が担任で、先生は前歯が金の差し歯だったこと。

黄緑色のジャージをワイシャツの上からいつも着ていたこと。

辞職を覚悟でお前を殴る、と体育の授業の時、クラスのワルを殴ったこと。

彼女の名前はOさんだったこと。

クラスで一番背が高かったこと。

彼女が体育座りをすると、時々ブルマから白いパンツがはみ出していたこと。

長いすらりとした足に、バレーボールのひざあてが似合っていたこと。

天然パーマで、おしゃべりで、かん高い声でボクの名前を呼び、

背中をよく叩いていたこと。

ボクは「いってーな(痛いな)」と言っていたこと。

大学生の頃、「Oは誰々と付き合ってたけど、遠距離恋愛の末に別れたんだぜ」と、

仙台から上京した友人が飲み会で話していたこと。

ボクの頭の何処に、こんなに色々なことが、しまってあったんだろう。

そのことにボクはとても驚きました。

「危ないからね、オートバイが来まちたよ」

と娘に声をかけ、直後、27年ぶりのボクの顔をちらりと見、

あっと、心でつぶやき、

たった一秒だけボクと再会した彼女は、

すれ違った、かつての井川くん、の何を思い出し、

なにを思い出さなかったのだろうか。

バイクのボクは、彼女と一切を確認することなく、スピードを変えぬまま、

その坂道を上りきり、桜の向こうへと走り去ったのでした。

人違いだったのかなーと思ったかしら。

私のことを避けたのかしら、と悲しんだかしら。

フェイスブックで確認してみようかと思ったかしら。

わからないけど、

「懐かしいね?何してるの?へーそうなんだ?お嬢ちゃんいくつ?」、

と話しをするには、ボクには時間があまりに経ちすぎてしまったんだ。

離れてしまったヒトと再会する。

そして、過ぎ去ったあの頃を再び共有するのは、

たやすいことではない、いやちがう。

それは、叶わぬこの世の真実なのだよ。

ボクはそのことを知ってしまったような気がしたのです。

ボクらは坂道を、みな、ゆっくりと下りている。

そして、その坂道はけして戻れないことを知っている。

今を共有している、今のヒトとボクらは生きていくほかないのです。

初夏の再会は、少しだけ哀しい坂道。

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