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東京大学でパワハラ問題、論文捏造... ガバナンスを締め直し再出発して期待に応えよ【UPDATE】

2013年12月28日 23時17分 JST | 更新 2014年08月21日 14時19分 JST

■ 問題が続発する東京大学では何が起きているのか

 東京大学が続発する不祥事で揺れに揺れている。

 故・山崎豊子女史の名作小説『白い巨塔』が鋭く医療業界の暗部を抉り、組織と権力の構造に悩む人たちの共感を呼び評判になったことは読者の多くが知っているだろう。小説だけではなく、テレビドラマや映画にもなった。

 舞台は大学医学部の附属病院であり、とても1960年代の作品とは思えないほど、現実の医局の状況にとてもよく似ている。どうも閉鎖的な仕組みは往々にして同じような状況を生み出すものらしい。別に、人間誰しも腐敗したくて腐り切るわけではない。ただ腐敗する個人は、個々の心に持つ倫理観と相互チェックによる自己規律を欠く環境があるからこそ発生する。

 東京大学の場合、一医学部の問題だけではない。国から支給される平成25年度の科学研究費助成事業(いわゆる科研費)だけで232億円あまり、自治体・研究助成財団等学外からの寄付や共同研究、ファンドからの繰り入れ等も含めれば研究予算だけで500億円の大台を超える。そこに、教授以下研究に従事するものが千名以上、それを支えるスタッフもまた千名という、まさに日本に冠たるブランドと実態を備えた国内学問の頂が東京大学なのだ。

 しかし、このところ信じがたいようなスキャンダルに立て続けに見舞われている。

 改めて蒸し返された分子細胞生物学研究所の加藤茂明元教授の捏造論文は51本におよび、16年間で国から支給された研究費を30億円返上する話になっている。加藤元教授の論文に不審な点があることは、それこそ研究開始当初から東京大学の心ある研究者の間では周知の事実になっていたが、意を決して告発を行った研究者が逆に査問を受けて東京大学を追われるという事態に陥り、文字通り問題に蓋をされて、体制是正の仕組みは働かなかった。

 東京大学本部の肝いりでスタートした政策ビジョン研究センターでは今年7月に外部招聘の秋山昌範教授が医療ICT方面の研究費詐取の疑いで東京地検特捜部に摘発されるという事態に発展した。東京大学内でも調査委員会が立ち上がったが、結局支出した研究費に見合う研究成果は提出されているということで処分は見送り、2014年の教授任期満了と共に秋山氏の退任ですませ、処分を行わない方針になっている。

 そして、同じく政策ビジョン研究センターでは、市民後見プロジェクトのプロジェクトマネージャーとして起用されていた外部招聘の特任助教・宮内康二氏が重篤なパワーハラスメントを行い、3年間で17名複数名の職員が退職に追い込まれた。研究費用の着服も含めた不正使用が明るみに出て、これもまた調査委員会が立ち上がるなどの問題を起こしている。

 一連の問題は、どれも東京大学医学部が係わり合いを持ち起きた問題だが、外部に漏れ問題を指摘され調査委員会が立ち上がり処分を検討するという泥縄的対応に発展する主たる理由は、東京大学の執行部のコンプライアンスが機能せず立ち行かないことだ。

■パワハラで職員17名の退職者を出した政策ビジョン研究センター

 加藤教授の論文捏造や秋山教授の摘発はすでに多数報道されているのでそちらでご覧いただくとしても、市民後見プロジェクトの問題は、もちろん東京大学内部の処理だけでは済まない。プロジェクト遂行のために一般社団法人『後見人サポート機構』まで立ち上げ、東京大学とは本来無関係のNPOその他団体を巻き込んだり、高齢化対策に悩む地方自治体とも連携して活動資金を確保している。東京大学が選任したプロジェクトマネージャーが、そこで活動していた職員に対しパワハラで人格否定を繰り返し、退職を強要して精神的に失調をきたして療養を余儀なくされる者や、自殺未遂者まで出したというのは尋常ではない。

 その宮内康二氏は、もともとは老年学の専門家としてニッセイ基礎研究所に所属しており、共同プロジェクトとして東京大学医学部から特任助教のポジションを与えられて市民後見の普及、啓蒙を行う役割を担っていた。しかし、プロジェクトに従事している東京大学政策ビジョン研究センターの関係者や社団法人の職員から、パワハラについての苦情、告発が本部に寄せられ、実際に退職者を出している。

 この告発があった時点で、海外の研究機関では即日出勤停止になる事案だ。

 しかも、市民(成年)後見人制度というのは極めて日本社会にとって喫緊に取り組まなければならない重要な問題のひとつだ。高齢化が急速に進む我が国にとって、老人がその経年的な判断力の低下と共に社会性を一部喪失し、詐欺や強引な営業といった犯罪のターゲットになりやすい。しかし、問題が起きない限りなかなか専門家である弁護士や司法書士を雇うこともむつかしい。よって、健全かつ善良な判断力を有する国民の協力を得て、これらの老人がみだりに不利益を蒙ることのないよう地域や親族に然るべき知識を持ってもらい、国民に安寧な社会生活を送れるよう契約その他の周知、啓蒙、充実へと導くのが市民(成年)後見人制度である。

 何しろ「振り込め詐欺」や「リフォーム詐欺」といった犯罪の餌食になりやすいだけでなく、財産管理や一般的な納税その他の作業さえもままならない認知症の高齢者は2012年時点で約462万人、さらに予備軍が推定400万人と言われる。裁判所が認める後見人の大多数はこれらの高齢者の親族だが、これがまた曲者で、往々にして相続前の財産横領といった問題に事欠かない。相続権を持つ親族のほうが、第三者よりも実は老人にとって危険な場合があるのだ。倫理観を持った第三者の成年後見人が必要とされ、地域支援をしているNPOは幾つも立ち上がっているが、とても足りているとは言えない。

 そのような重要政策を具体的活動に結びつけ、地域活動と一体となって制度の普及啓蒙の推進母体となるべき役割を担っている東京大学は、少なくとも現在は日本のトップクラスのエリート教育の場となっているという信頼があるからこそである。

 高邁な精神と理想があっても、現実に行われている調査委員会での報告内容はお粗末の限りだ。地方自治体での後見人育成講座での受講者評価は悪く、宮内助教の独断で作成された後見人育成関連のカリキュラムは決して質の高いものではない。内容をチェックし、然るべき講座内容へ質的担保を指導できなかった東京大学の責任は重い。そして、明るみに出たのは社団法人勤務の女性研究員S氏と不要不急の同伴出張を複数回行うなどのカラ出張や経費の水増し、2012年度末には規定にはない法外な報酬を宮内氏自身とこの女性研究員S氏に支払った実態だ。もちろん、この報酬は横領の疑いが強いことは言うまでもない。

 これらの問題は、研究費詐取の容疑での秋山教授逮捕を契機に、一部の関係者の調査によって発覚したものだと言われている。いままで充分な監査が行われてこなかった中で、体制の締め直しを行った結果発覚した不祥事であり、ようやくチェック機能が働き始めたということには、一定の評価はできよう。ただ、問題の中心人物である宮内康二氏の処分はまだ行われておらず、退職に追い込まれたパワハラ被害者の救済もなされていない。民間企業であれば、とっくに刑事告訴され裁判沙汰となって、企業側は多大な慰謝料の支払いを余儀なくされているだろう。

 そして、パワハラがプロジェクトマネージャー一個人の資質の問題であったとしても、政策的に重要な課題である市民後見人制度の研究までもが東京大学の判断で中止されるとなると、東京大学の過失による社会的責任は重い。コンプライアンス的には、当然問題となった人物だけを処分するのが筋で、新しい然るべき人物とプロジェクトの巻き直しを東京大学が責任もって関係者に説明し納得させてこそ問題が解決され得るはずだ。しかし、現実には学内がこれだけの大騒動に陥っておきながら、問題を起こした人物への処分はなかなか進まない。

 確かに重要政策の研究を行っていたチームでの不祥事は深刻だ。

 しかし、これらは恐らくは氷山の一角であって、東京大学全体の抱える風土の問題は根深い。

■ 東京大学はマネジメント体制を整備し、期待に応え再出発を果たせ

 現状での東京大学の病理は、突き詰めればチェックが働かずコンプライアンス改善のためのインセンティブが働かない部分にある。一部には濱田純一総長の責任を問う声も東京大学内に聞かれ始めたが、正直なところ研究機関のパワハラ問題は私が知る限り20年以上前からずっと続いてきていた。研究チームを率いるにあたって、自分が一番偉い権威ある学者だと自認している人が、大学当局のマネジメントをすんなり受け入れるはずがない。

 その結果、外の世界をほとんど知らない研究者が、より若い人たちを率いてタコツボ化している図になり、その研究室やプロジェクトでどのような問題が起きているのか、東京大学が組織として把握、改善する方法が存在しないのだ。だから、一連の監査においても問題発見の基点となるのが本部に寄せられた若手研究者や職員からの苦情であり、それさえも、本部が手を突っ込んで調査をしようとすると教授陣からは妨害と見て調査に協力的ではない。そして、早期に手を入れていれば問題は解決していたはずが、何年も処分を先延ばしにした結果として、大量の捏造論文や、大勢の職員のパワハラ退職が発生するのだ。

 然るべき研究環境や待遇を与えられていない研究者からの苦情や告発があったとしても、これを汲み上げて解決を促す仕組みが東京大学という巨大組織の中にはマネジメントとして存在していないことに他ならない。そして、上がってきた告発の大多数は、行うべき調査も関係者の処分も行われることのないままに放置され、問題はその教授や関係者が行動を自主的に改めない限りずっと継続していくのだ。下手をすると、謂れのない指導教官からの圧迫や見逃せない不正を前にして苦しんで通報してきた若者たちを、むしろ我慢の足りない問題児として門前払いしたり辞めさせたりするようなことさえも起き得る。

 国立大学法人化後は、当時の東京大学総長であった佐々木毅氏が東京大学広報誌『淡青』でその高い理想を掲げた精神を書き記している。それはまさに「世界最高水準の研究教育の実現」だ。目的を達成するためにガバナンスを徹底するため総長以下執行部の権限は強化されたはずだが、濱田総長は充分なリーダーシップを発揮しているのだろうか。役員の間で迅速に情報を共有し、学内が一体として課題に取り組む体制を整備しているのか。役員名簿を見ると、やたら多数の副学長や副理事、顧問の名が並んでいるが、誰がどの問題を管轄しているのかはっきりしないままに為すべき業務が重複するところも多い。同じ問題への解決を、複数の役職にいる人物が進めようとし、職員がどの命令を聞いて実行すればよいのか分からないといった組織上の問題を解決していかなければならない。

 結局、巨大組織の通弊として、マネジメントが行き届かず、異様に効率の悪い仕組みのままになっている。そこへ膨大な科学研究費が国家から落ちてきて、それを教授陣や研究室が縦割りで奪い合うという構図にメスを入れない限り、東京大学は現場で支える若手研究者や職員から疲弊していくことだろう。パワハラや研究費の不正利用に限らず、東京大学本部に寄せられる学生諸君や研究者、職員からの申し出はどれも真剣なものだ。これへの充分な組織的ケアが東京大学の中でしっかりとできているのだろうか。

 東京大学で行うべきことは、問題の発生とそれへの批判を真摯に受け止めるだけでなく、チェック機能の充実と問題発見の兆候である内部からの相談、苦情、告発に対して解決を推進すること、そして告発者を保護する仕組みの徹底だ。海外の大学事情と現状の東京大学をそのまま比較するべきではないが、研究の世界で生きてきた教授にそのまま大学全体のマネジメントを担わせても、そのようなトレーニングを積んでいない以上は機能しないのも当然のことだという最低限の理解から積み上げて、合理的にどのように改善していくのか早急に検討しなければならなかろう。

 この少子化の時代に、閉塞した日本社会の問題を解決に導く貴重な研究者の卵を、非効率で理不尽な組織の論理でみすみす使い潰すことなく必要とされるイノベーションを先導できるよう東京大学は努力しなければならないのだ。

 『白い巨塔』では、独善的で優秀な医師が、自らの癌で命を落とし物語は終わっている。しかし、現実の東京大学で起きている事態は深刻だ。矛盾を解消する力もなく、各々の狭い世界で権勢を奮うミニ君主が野放図のまま鈴なりになっているという、終わりなき悲劇になっていることは、良く理解しておかなければならない。

- 2014.07.24下記追記の上、本文修正を行いました

 その後、さらに本件取材を重ねた結果、『政策ビジョン研究センターからの退職者17名の全員が、パワハラを理由として退職をした』とまでは言えないことが判明しましたので、内容を撤回し、訂正をいたします。