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「チケット転売問題」の真の問題(上)~転売価格は不当なのか?~

2017年06月12日 15時08分 JST

1.「チケット転売問題」とは何か

2017年5月12日、日本経済新聞に「高額転売 1000万円利益か」と題する事件の記事が掲載された。これは、人気の歌手などが出演するコンサートのチケットを転売目的で購入したとして、東京都迷惑防止条例違反容疑(いわゆるダフ屋行為)で男性が逮捕された事件の報道であった。そして、この記事において、チケット転売が社会問題化している、との記述があった。

これに先立つ2016年8月23日、「私たちは音楽の未来を奪うチケットの高額転売に反対します」という意見広告が朝日新聞と読売新聞に掲載された。この意見広告を契機として、「チケット転売問題」が大きく脚光を浴びることとなったのである。

ちなみにこの意見広告を出したのは、一般社団法人 日本音楽制作者連盟(FMPJ) 、一般社団法人 日本音楽事業者協会(JAME)、一般社団法人 コンサートプロモーターズ協会(ACPC) 、コンピュータ・チケッティング協議会の4つの業界団体である(その後、一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会も賛同者として参加)。

また、この意見広告には、アイドルグループの嵐など、100組以上のアーティストが賛同者として名を連ねているほか、FUJI ROCK FESTIVALなど、国内の主要な音楽イベントも賛同者となっている。

この意見広告の中に、「チケット転売問題」についての具体的な記述があるので、以下にそれらを抜書きしてみたい。

すなわち、「コンサートのチケットを買い占めて不当に価格を釣り上げて転売する個人や業者が横行している」「これらの組織的・システム的に買い占めるごく少数の人たちのために、チケットが本当に欲しい数多くのファンの手に入らない」「転売サイトで、入場できないチケットや偽造チケットが売られるなどして、犯罪の温床となっている」「ファンは高い金額を払って大きな経済的負担を受け、何回もコンサートを楽しめたり、グッズを購入できたであろう機会を奪われて」いる、というのが、業界団体の主張する「チケット転売問題」である。

これらの問題群はいくつかのグループに分類することができる。そのうち、もっとも分かりやすい問題が、「転売サイトで、入場できないチケットや偽造チケットが売られるなどして、犯罪の温床となっている」という項目であろう。

これは明らかに犯罪行為であり、有価証券偽造の罪あるいは詐欺に該当する可能性が高い。なお、付言するならば、この「偽造」という問題は、一般的な商取引において見受けられるものであり、「チケット転売」に特有の問題というわけではない。

では、そのような「犯罪の温床」となる「チケット転売」を法律で禁止・規制すればよいということであろうか。しかし、この「チケット転売」がこれほどの社会問題になるという事実は、チケットの転売に対して膨大な社会的ニーズが存在するということである。

このように大きな社会的ニーズが存在するのに、それを全面的に規制してしまうと一体どのような事態となるかについては、歴史が貴重な教訓をもたらしている。1920年から1933年までアメリカ合衆国憲法修正第18条下において「禁酒法」が施行され、消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が全面的に禁止された。

その結果はどうなったであろうか。アメリカ国民が飲酒をしなくなって目出度し、ということであろうか。事実は全く逆で、正規の市場で酒を入手できなくなってしまったため、全国で密造酒の製造・流通および「もぐり酒場」での販売が行われるようになり、これらがマフィアの資金源となったのである。

すなわち、大きな社会的ニーズがあるものを規制すると、かえってコントロールができなくなってしまうというパラドキシカルな状況が生まれ、結果として違法のマーケットが盛況になる、ということである。

さて、2017年5月10日に、業界団体は公式のチケット転売サイト「公式チケットトレードリセール」(チケトレ)を開設した。同サイトでは、主催者が転売に合意した公演のチケットを、券面価格で転売することができる。

しかし、当然のことであるが、このような公認の転売マーケットを開設したとしても、非公認のサイトが併存しているため、価格の統制は困難である。公式サイトで転売価格を券面価格に制限してしまうと、結果としてユーザーは非公認の転売サイトやオークションサイトに移行してしまうだけのことであろう。

そして、この公式のチケット転売サイトは、価格が券面価格のままであるがゆえに、非公認サイトにおける安価な仕入れ先として機能してしまう懸念すらある。そして前述したとおり、公式サイト以外の転売サイトを単に規制すればよいか、というと決してそうではないのである。

実は「チケット転売問題」について考察していくと、音楽業界が内包する構造的な課題にまで深掘りせざるを得ない。そこで、以下において、「チケット転売」の何が本当の問題であるのかについて、順次検討していきたい。

2. 転売チケットの価格は「不当」なのか

まず、「価格」の問題に踏み込んで検討したい。この点については、前述した「私たちは音楽の未来を奪うチケットの高額転売に反対します」という意見広告において、次のような問題が指摘されていた。

すなわち、「不当に価格を釣り上げて転売する個人や業者が横行」し、その結果、「ファンは高い金額を払って大きな経済的負担を受けるという課題である。要するに、転売サイトで取引される価格は「不当」な価格である、という主張である。

こうした価格をめぐる課題の背後には、「そもそも"適正な"価格とは何か?」という疑問が横たわっている。この点に関して、経済学者の大竹氏は、「経済学者にとって、チケット転売問題についての疑問は、『需要超過が発生しているのであれば、なぜ最初から高い価格でチケットを売り出さないのか?』というものだ」(「チケット転売問題の解決法」)と疑問を投げかけている。

すなわち、そもそも現在よりも高い券面価格が、より適切なチケットの価格なのではないか、という疑問である。

ミクロ経済学は、競争市場では需要(消費者側の「買いたい」という意欲)と供給(生産者側の「売りたい」という意欲)が一致することにより市場価格と取引数量が決定される、と説明する。すなわち、価格が上がるほど需要量が減少し、あるポイントで均衡することになる。

また、価格が上がるほど供給量が増大することで、やはりあるポイントで均衡することとなる。言い換えると、現状においてコンサートのチケットに対する需要が高いのであればチケット価格を高くすればよい、または、チケットの供給量を増大させればよい、ということになる。

ただし、コンサートの場合、会場のキャパシティやコンサートの開催日数(回数)に一定の制約がかかるため、実際問題として、需要が多いからと言って、むやみに供給量を増大することができるわけではない(もちろん、当初のチケット完売後の追加公演という手法は一般的に活用されているが)。となると、チケットの需給を均衡させるためには、チケットの価格が上昇することが条件となる。

ではどうして現実においては、チケットの当初の販売価格が上昇していないのであろうか。

コンサートのチケットの当初の販売価格が比較的安価である理由としては、いくつかの理由が指摘されている。

一つには前述した経済学者の大竹文雄氏が、オバマ前大統領の大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長も務めた、米国プリンストン大学のアラン・クルーガー教授のエッセイ(Krueger, Alan B(2001)"Supply and Demand: An Economist Goes to the Superbowl" The Milken Institute Review. , Second Quarter 2001, pp. 22-29.)を引用して、その理由を説明している。

クルーガー教授は同エッセイにおいて、米国のプロアメリカンフットボールの「スーパーボウル」のチケットが転売サイトにおいて高額で取引されている事例をとりあげ、主催者であるNFL(National Football League)が当初からより高額なチケットを販売すればよいのではないか、という疑問を呈している。

そして、この疑問に対して、NFLの広報担当副会長は「ファンとの持続的な関係(on going relationship)を維持するため、フェアでリーズナブルな価格に設定しようとしている」(Krueger2001:25)ためであり、「長期戦略的視点(a long term strategic view)」(ibid.)が背景にあると回答している。

すなわち、チケットをリーズナブルな価格に設定した方が、ファンとの持続的な関係にとって合理的であるという解釈である。

また、エンタテインメント業界に詳しい弁護士の福井健策氏は、「アーティスト・ファンの双方にある種のロマンチシズムがある」(ITmedia「チケット高額転売問題、解決策は『いろいろある』 津田大介さん・福井健策さんの見方」(2016年9月23日)と指摘する。

具体的には、「ライブの盛り上がりはファンとの共同作業」であるため、チケットを「平等な条件で売り出し、最前列から最後列までみんなが楽しめるイベントにしたいという思い」がアーティストには強い、ということである。すなわち、チケットの券面価格をできるかぎり平等に設定した方が、ライブをみんなで楽しむことができるという解釈である。

さらに、その他の背景として、JASRAC(一般社団法人音楽著作権協会)の著作権使用料に関する規定も、金額の高い席を設定しづらいものとしている、という説がある。

JASRACは、コンサート等における著作権使用料は「入場料がある場合の使用料は、総入場料算定基準額の5%の額とする」と規定している。ここで言う「入場料」とは、「入場者から音楽の著作物の提示について受ける対価(消費税額を含まないもの。以下同じ。)」のことであり、これはいわゆるチケット料金のことである。

そして、「この対価に等級区分がある場合は、その算術平均額」とされている(JASRAC「手続きのご案内」)。すなわち、仮に全席が1万円均一であればJASRACの言う「入場料」も1万円となるが、もし1席でも10万円という価格の等級をつくってしまうと、算術平均した「入場料」は一気に5.5万円に跳ね上がってしまうのである。

JASRACの規定における「入場料」の定義が、単純平均ではなく「加重平均」に変更されるとすれば、著作権使用料がチケット価格の設定に影響を及ぼすという事態は解消されるのではないか。ただし、本件は広い意味での音楽ビジネスの内部での資金配分の問題であり、あまり本質的な課題ではないように思える。

以上みてきたとおり、チケットの券面価格はリーズナブルに設定することが音楽ビジネスの慣例であり、そこには一定の合理性があるものと推測される。ただし、当初の券面価格がリーズナブルであるからといって、転売価格もリーズナブルでなくてはならない、ということにはならない。まして、高額の転売価格が「不当」であるとは裁定できないであろう。

なお、この「価格」という問題に関連して、(ファンは)「何回もコンサートを楽しめたり、グッズを購入できたであろう機会を奪われて」いる、という課題も前述した意見広告において指摘されている。

しかし、これはあくまでも供給側の目線での論理であると考えられる。たとえば、コンサートの体験は何回も回数を重ねればよいというものではなく、一回限りの特別なもので良いと考えているファンも多いはずである。また、そもそもグッズを購入するかどうかはファン個人の判断の問題であり、必ずしもチケット料金の価格設定がグッズ購入の機会を奪っているわけではない。

3. チケットを「本当に欲しい」のは誰か

では次に、「チケットが本当に欲しい数多くのファンの手に入らない」という課題について検討したい。この課題は、いち音楽ファンとして心情的にはよく理解できる。たしかに、チケットが「本当に欲しい」数多くのファンの手にわたり、コンサートを楽しむことができれば、それは素晴らしいことのように感じられる。

ただし、ここで言う「本当に欲しい」とは、具体的にはどのような状態を意味するのであろうか。あるアーティストのCDをたくさん所有している人が、当該アーティストのチケットを「本当に欲しい」ファンと認定できるのであろうか。または、そのアーティストの楽曲をたくさん暗唱しており、コンサートで一緒に歌うことができる人が「本当に欲しい」ファンであろうか。それともまた、当該アーティストのファンクラブの会員(しかも、会員番号のできるだけ若い人)が「本当に欲しい」ファンであろうか。

ちなみに、前述した経済学者の大竹氏によると、「チケットがどのくらい欲しいのか、的確に表すことができるのは、そのチケットを手にいれるために、最大いくら払ってもいいか、という金額だと経済学者は考えている」(「チケット転売問題の解決法」)とのことである。では、チケットをできるかぎり高く販売すれば良いのか、ということとなるのであるが、この問題に関しては、前章において検討したとおり、単に価格を高くすれば良いというものではない。

さて、現実的には「本当に欲しい」ファンを特定することは難しそうであるが、もしも仮に何らかの方法で、「本当に欲しい」ファンを特定することができたとして、それらの特定のファンたちにチケットを(適正な価格で)販売すれば、それで問題は解決するのであろうか。

実は、「特定のファンにチケットを適正な価格で販売する」という手法は、ポピュラー音楽の分野ではなく、クラシック音楽のオーケストラにおいて既に実績がある。それは、「定期会員」という仕組みである。オーケストラの「定期会員」は、一年間の定期公演のチケットをまとめて購入することによって、確実にかつ価格面でも有利に購入できるという仕組みである。

たとえば、NHK交響楽団の場合、年間会員券(全9回)はS席で64,800円となっており、1回券を9回購入する場合と比較すると2割弱ほど割安の設定となっている。同時に、オーケストラの側から見ると、一年分の定期公演に関して前払いで収入を得ることができるありがたい仕組みである。

では、こうした「定期会員」のような仕組みを導入して、ロイヤリティの高いファンを特定し、そうしたファンに優先的にチケットを販売するようにすれば、「本当に欲しい」ファンにチケットが行き渡り、全てが万事目出度し、となるのであろうか。

たとえば、会員制度に制度上の欠陥が存在する場合もある。具体的には、人気の高いアーティストや団体において、仮に「定期会員」のような仕組みを導入したとしても、一人で何口も加入できるという場合、チケットの買い占めという問題が生じてしまう。実際に、本稿の冒頭で紹介した事件においても、逮捕された男性は特定のファンクラブに複数の名義で加入していたと報道されている。

また、「名義貸し」という問題が生じるかもしれない。具体的には、親戚や知人等の名前を借りて複数の登録をした個人や業者がチケットを「買い占め」してしまうという懸念がある。ただし、このようなケースの場合の対処方法としては、個人を特定して会員となる仕組みを導入すればよいであろう。加入の時点における本人確認をマイナンバーカードで行うなど、入会手続きを厳格化すれば対処できることとなる。

これらの問題は、前述した音楽業界団体の指摘する「コンサートのチケットを買い占めて」および「これらの組織的・システム的に買い占めるごく少数の人たち」という課題に該当する。これらの買い占めは、もちろん望ましい状態ではない。もっとも、何のために「買い占め」をするのかといえば、コンサート会場を無人にしたい、または、ごく少数の人だけで楽しみたい、という理由ではなさそうである。

そして、同一人物が同時に複数の席を利用することはありえないので、必ず転売という問題を伴うこととなる。すなわち、上述したとおり、購入時および公演時における本人確認を厳格化すれば、解決できる課題である。

しかし、会員制度の問題はそれだけにとどまらない。実はこの「定期会員」制度という、「本当に欲しい」ファンを特定して、チケットを配給するという仕組みそのものに大きな落とし穴が潜んでいるのである。

最近、平日夜が定番だったオーケストラ公演の「平日昼シフト」が進んでいる。これは、定期会員を中心とする観客層の高齢化が背景にある。高齢者は一般的に夜の外出を好まないため、このことが主な要因でマチネ公演が増加しているのである。もちろん、オーケストラの公演以外に、演劇分野でも平日昼シフトは進んでいる。

ただし、オーケストラは演劇など他の舞台芸術に比べ若い世代を呼び込めていない。その分、高齢化が定期会員減少に直結してしまうという構造的な課題がある。

以上のように、平日昼シフトを観客の高齢化、さらには近い将来の世代交代の象徴的なサインと受け止めて対処しないと、定期会員ひいては観客数そのものが急減してしまい、日本のオーケストラの経営に大きな影を及ぼすことなる。近い将来、楽団の大合併が起こる可能性もあると筆者は考えている。

すなわち、現時点の「本当に欲しいファン」だけにチケットを販売していては、実は観客層のすそ野を限定することになってしまい、いずれは、そのファンたちの高齢化とともに、観客の激減という現象を迎えるというリスクを内包しているのである。

換言すると、静態的に現時点での「本当に欲しいファン」だけとの関係を重視すると、将来において新しいファンを開拓するという動態的な対応が後手にまわってしまうという懸念である。世界のどの国も体験したことのない日本の急速な高齢化の現状を勘案すると、この問題は極めて深刻である。