喜浦遊
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1981年生まれ。福島県大熊町役場企画調整課主事。毎日新聞社勤務を経て、2016年4月から現職。2016年度は「大熊町震災記録誌」(http://www.town.okuma.fukushima.jp/fukkou/kirokushi)の編さんを担当した。大熊町は2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故により全町避難が継続中で、普段は会津若松市の「町役場会津若松出張所」で働いている。震災記録誌は町民以外にも配布している。冊子版の取り寄せ依頼は、大熊町役場企画調整課 kikakuchosei@town.okuma.fukushima.jp まで。

喜浦遊さんによる記事一覧

町の再出発のために。司法書士事務所から福島県大熊町に転身した職員の思い

(0) コメント | 投稿日 2017年06月19日 | 09時29分

大熊町に「帰る」という人が少ないのも、再建に利用できる町土が限られるのも事実。

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「私たちは町の復興のために故郷をなくします」自分の土地で中間貯蔵施設を受け入れた大熊町民たちの思い

(2) コメント | 投稿日 2017年06月16日 | 22時44分

大熊は今後も町として残って欲しいと思います。自宅を諦めた今、町が「私が大熊の人間であった」という証なのです。

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「5年9カ月間、見つけてあげられなかった娘。喜びよりもつらさと憤りが湧いてきます」津波で家族3人を亡くした木村紀夫さん

(0) コメント | 投稿日 2017年06月16日 | 22時38分

「私の力ではなく全て娘が連れてきてくれたのだと、最近は特に強く感じています」(木村紀夫)

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「あそこで子どもを抱いてしまっていたら、私は仕事に戻れただろうか」4人の子と離れ、防災無線で避難を呼びかけ続けた大熊町職員の記憶

(0) コメント | 投稿日 2017年06月16日 | 09時21分

「必ず避難のバスは来ます」と伝えないと、パニックになり、けが人などが出たら大変だと考えました。

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原子力行政を担当していた大熊町職員が語る、避難指示の難しさ

(0) コメント | 投稿日 2017年06月15日 | 09時31分

「原発は安全が前提ではない。機械は万能ではない」という冷静な認識、覚悟が必要だと感じています。

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「『原発は安全』という考えが染みつき、危険性への認識も薄れていました」大熊町長・渡辺利綱が語った震災からの6年

(0) コメント | 投稿日 2017年06月14日 | 11時50分

毎朝、「今日はどんな一日になるのか」とその日のことすら見通せませんでした。

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「殴り書きでもいいから、記録を取っておけば...」原発で全町避難が続く大熊町職員が記録誌を作ったわけ。

(0) コメント | 投稿日 2017年06月12日 | 16時44分

2017年3月、大熊町は東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原発事故に対する町の対応をまとめた「大熊町震災記録誌」を発行した。

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