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副業禁止という悪習を葬り去れ

2013年05月09日 19時45分 JST | 更新 2013年07月09日 18時12分 JST

企業が従業員に強いる意味不明なルールの最たる例が「副業禁止規定」です。最近では一部の上場企業の中でも副業を容認する動きが見られていたり、専業禁止なるモットーを掲げる企業が脚光を浴びたりと、副業が受け入れられる土壌形成の兆しが見えなくもないですが、依然として副業はNGという考え方が企業の側にも従業員の側にも「蔓延」しているのが実状です。

企業はいつまで、正当性希薄なこんな馬鹿げた悪習を続けるのでしょうか。

僕が経営する(株)フィードテイラーは、iOSアプリ開発(代表作に天気予報アプリのそら案内など)を生業とするいわゆるIT企業ですが、副業禁止にはしておらず、むしろ副業を推奨しています。別に話題性のために禁止しないわけではなく、副業について「真剣に」考察した結果、「副業禁止規定」に法的根拠があるとは思えず、論理性も欠落していて時代錯誤な悪習でしかないと結論づけざるを得なかったので、そうしています。加えてプラス効果も見込めるため、副業容認から一歩踏み込んで「副業推奨」としています。

「副業禁止規定」は、もはや高度経済成長期の遺物でしかありません。

従業員に「就社」というかたちで社畜になることを求めていた時代、結婚や出産に手当が付いて給料が生活を支える「生活給」という側面を持っていた時代、ただがむしゃらに働くだけで業績が上がっていた単純な時代。従業員は会社が生活を支えてくれることを期待し、その代わり会社に身を捧げ、長時間業務に勤しんでいればよかったのです。

労使契約とは「『生活給』と『会社への献身』の交換」とほぼ同義。会社に献身しきっていないと捉えられてしまう「副業」は、会社への裏切り行為にほかなりませんでした。会社に支えてもらっている生活の一部をほかの誰かに切り売りし、別収入を得るなど、あってはならぬこと。そんな時代には副業禁止規定にも正当性があったと言えます。企業にしてみれば「誰のおかげで生活できてると思ってるんだ?」ということです。

しかし時代は変わりました。

終身雇用は形骸化し、成果報酬制の名の下に各種手当てはなくなり、「派遣」という言葉遊びで労働力搾取が平気で行われ、解雇ルールの見直しが求められたりする。企業は知ってか知らずか、もう従業員の生活を支えるつもりなど毛頭ないこと、もとい、そんなことはできないということを、自らの言動で明らかにしています。もはや給与は生活給ではなく、単なる賃金でしかありません。

「『生活給』と『会社への献身』の交換」の前者は失われたのです。

それなのに、なぜ会社への献身が一方的に求められるのでしょう? アンフェアではありませんか。会社からの収入では足りないため、家庭収入を補填するための「副業」を、なぜ会社は咎める事ができるのでしょうか? 従業員の生活を保障することを「放棄」したくせに、なぜ企業は就労時間外の従業員の行動に口を挟めるのでしょうか?

「副業禁止規定」を掲げる全企業の経営者、人事関係者に問いたいです。

この問いに対して、秘密保持の観点、本業への影響の観点で回答をされる人もいますが、それらもしょせん「副業禁止規定」の正当性が希薄で論拠も脆弱であることを示すにすぎません。その件は次回以降に。また、副業がむしろ社会にとってプラスであることや、新しい働き方・労使の価値観についても書いていこうと思います。

(最後になりましたが、ハフィントンポスト日本版のローンチ、おめでとうございます。)