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日中関係改善のカギは細部に宿る―東京北京フォーラム、政治対話の現場から

2014年10月13日 21時22分 JST | 更新 2014年12月13日 19時12分 JST

日中の政治、経済界の錚錚たる第一人者がそろった「東京北京フォーラム」。そこでの福田元首相のスピーチは要旨以上に大きな示唆を私たちに残した。

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「崖っぷちから戻された」日中関係

 9月27日、東京のホテルオークラと虎の門ヒルズで第10回東京北京フォーラムが行われた。言論NPOと中国日報社の共催で10年間続いてきたこのフォーラムは、政界、経済界、マスコミに大きな影響力を持ってきた民間外交の一大プラットフォームだ。今回もフォーラムには岸田外務大臣、石破地方創生大臣といった現役の政治家、蔡名照国務院新聞弁公室主任や朱成虎人民解放軍国防大学教授といった中国の政治、軍の代表陣に加え、両国の経済界やマスコミからも多くの方々が参加した。

 特に今回は北京でのAPECを目前に控え、日中首脳会談も視野に入っている時期の開催であった。9月の初めには中国政府の招待による学生訪中団が中国を訪問、続いて経済界の代表団も中国を訪中した。政治レベルでもミャンマーで岸田首相と王毅外交部長が会談、直前の23日には青島で日中両国による高級事務レベル海洋協議が再開するなど、基調講演の中で趙啓正氏も「(日中関係が)崖っぷちから引き戻された」と語ったように、日中双方が緊張関係に雪解けの兆しを感じていた中、「建設的な議論」を行うことを目標としていた。

 しかしながら「建設的であること」とはそう簡単に実現するものではない。各氏が対話の継続と深化を掲げてはいたものの、冒頭の基調講演では蔡名照氏が「現在の日中関係悪化は一部の日本の右翼のせいであり、右翼勢力に対して立ち向かいポツダム宣言から始まる戦後秩序を守るべきだ。」という強い批判を披露。続く午後の「政治対話」の分科会でもお互いが不信感を吐露し合い、首脳会談を巡る議論でも対立、日本側の司会の川口順子氏が「見解の差は縮まらなかった」と話すなど、依然対話の難しさを感じる内容でもあった。

福田氏にあって石破氏になかったもの

 そんな中、強く印象に残ったのが福田元首相の基調講演であった。8月に習近平氏と会談を行った福田氏は、日中双方に歴史から学び、いち早い対話と協力関係を築くよう警鐘を鳴らした。

 福田氏の演説をまとめると以下のようになる。

 日中関係は観光等全体として良好であり、日中が紛争地域と言われることは恥であることを踏まえて両首脳は関係改善のリーダーシップを取るべきである。今のアジアは経済成長を続ける「成長するアジア」、その陰で高齢化社会を迎えようとする「老いるアジア」、そして各国の対立が絶えない「いがみ合うアジア」の「3つのアジア」から成っているが、特に高齢化問題は地域の発展を困難にする難題であり、各国にいがみ合っている猶予は残されていない。いち早く「老いるアジア」が到来する前にいち早い協力関係を築くべきだ。

 日中二国間に留まらず広い視野でアジアの将来的な問題を指摘した福田氏のスピーチは両国の多くの人の支持を得た。

 特筆すべきなのはその話し方である。福田氏は今の中国の拡張拡大政策を批判したが、その際に先例として出したのはバブル期の日本だった。福田氏は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と驕り、「金があれば何でもできると考えていた日本」が「周辺国の批判を浴び」て「やがて衰退していく」様を引き合いに出しながら、中国が誇りの中で衰退への道を歩まないように歴史を学ぶべきだと警告した。

 実は同じ趣旨の内容を石破茂氏も政治対話の場で語っていた。しかし石破氏は、「戦前の日本は自国を驕り、他国を侮り、軍の文民統制が取れていなかったから失敗した。今の中国はその頃の日本と被って見える」と主張した上で、尖閣沖の中国軍の動きやいわゆる「中国の夢」の批判を行ったのだ。

 同じ趣旨の発言をした石破氏と福田氏だがその語り口には幾つかの違いがある。一つは、石破氏が「戦前の日本」を引き合いに出したのに対し、福田氏は「バブル期の日本」を引き合いに出したこと。次に石破氏が中国の国家目標である「中国の夢」を「中国の夢とはなんだか知らないが...」と真っ向から批判したことに対して、福田氏は絶えず中国の面子を立てながら話を進めていたことである。

 「戦前の日本」と「バブル期の日本」を並べた時、中国にとって受け入れやすいのは明らかに後者であろう。また、「面子を立てる」という行為だが、中国では日本以上に「面子」を重視する国であり、いかに相手の顔を立てるかが相手に素直に意見を伝えられるかに強く影響する(これについては「中国で最も有名な日本人」と言われ、日本の立場を発信し続けている加藤嘉一氏も主張していることである)。良薬は口に苦しと言うが、中国にとってどちらが「飲みやすい」良薬だったかは明らかだろう。「良薬」を飲ませる時、大切なのは薬で病気を治すことであり、苦い薬を飲ませることではない。福田氏はそれを十分に分かっていた。

 勿論、お互いに厳しい質問も飛び交う中、石破氏の冷静な回答や鋭い反論に安心感があったのも事実だ。だが議論を更に深化させるには福田氏のような相手の文化も踏まえた、相手を「説得」できる言い方もまた不可欠なのだ。

日中関係改善のカギは細部に宿る

 石破氏はまた、「外交の8割は内政問題である」と述べた。その通りである。だからこそ相手国を説得するには尚更相手国の事情を慮らなくてはならない。

 福田氏の演説を聞き、思い出したのが、 元国連事務次長の明石康氏の言葉である。かつて旧ユーゴスラヴィアやカンボジアで紛争解決へ取り組み、 東京北京フォーラムでもリーダーシップを発揮した明石氏は、東京外国語大学の広報誌「Globe voice」 2013年10月号のインタビューで、かつて自分の学んだ文化人類学が重要なものであったと回想していたのだ。

 「グローバル人材の育成に特に重要なのは「やる気」と「異文化理解」。 大切なのは、アイデンティティーとアイデンティティーが対話しながら、一つの総合的な考え方を創り上げていくことです」と明石氏は語る。明石氏にとって文化人類学とは各々の社会がそれぞれ洗練された価値体系を構成し、その間に優劣はつけさせないという相対主義に立つ学問。それを身につけたことが、「あの国、人は悪い」といった決めつけを排除し、まず相手が何を考え、望んでいるかを考える姿勢につながったという。

 外交交渉や対話のテーブルに於いて、大切なことは相手を説得することである。その説得の力には単なる論理の問題に留まらず、どれだけ文化を理解しているかが問われている。そしてその文化理解の力を育むのは法学でも経済学でもなく、文学や文化人類学、社会学といった「人文学」なのだ。

 「福田氏の話が老いるアジアにさしかかった時、中国側の人たちが、そうだよなあと感じている様子がひしひしと伝わってきた」会場で速記をしていたボランティアの一人はそう語る。その感覚こそが対話を変えるものだ。

 福田氏は演説の最後をこのような言葉で締めた。

 「恐怖から逃れようとする行為がまた別の者の脅威になることがある。これはマキャベリの言葉ですが、まさに、歴史は繰り返す、です」

 お互いがお互いを恐れながら動いている日中関係、その原因は実は自分たち自身の感情から出てきたものなのだ。普段なら戦略家が引用するようなマキャベリを対話の為に引用した福田氏のスピーチの細部には、目指すべき「対話」のあり方が示されている。