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なぜ共産党は嫌われているのか?ー設立から振り返る

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民主党が大敗し、自民党・公明党が政権に返り咲いた2012年総選挙。

政権交代は「一強多弱」の始まりとなったが、同時に90年以上続く「長寿政党」共産党の新たな興隆の始まりでもあった。2013年参院選では改選3に対し8議席獲得。2014年総選挙では8議席から21議席と、まさに躍進続きだった。

そんな「波に乗る」共産党が、2015年9月に国会を通過した「安全保障法制」を廃止にするべく、「国民連合政府」構想を打ち上げた。民主党をはじめとする全野党に協力を呼びかけ、「安保法制廃止」一点に絞って本年7月の参院選で選挙協力をしようというのである。

しかし民主党保守派を中心に抵抗感が強く、「あり得ない」(民主党 岡田克也代表)、「シロアリみたいなもの」(民主党 前原誠司元外相)、とまで言われてしまい、構想は進んでいない。

一体、なぜ共産党はそこまで嫌われるのだろうか?(特に若い世代は知らない人が多いだろう)


そもそも共産主義とは何か

共産主義とは、財産の一部または全部を人々の共有のものとし、階級と、階級間の搾取のない社会を作りだすという政治思想である。

では、どのようにそのような社会を作るのか。資本家をはじめとする特権階級は、労働者階級に同情し、自らの財産や特権を話し合いなどの平和的手段によって手放し、抑圧を止めることはあり得ないと考えられた。したがって、暴力革命によって労働者階級が特権階級を駆逐するしかないという立場を取るのが共産主義である。


日本共産党の発足

日本共産党は1922(大正11)年に「共産主義インターナショナル」(通称コミンテルン)日本支部として結成された。戦前・戦中は政府による激しい弾圧を受けるが、戦後合法政党として活動を再開し、「細胞」と当時称された学校や党員の職場等における基礎組織を中心に、党勢を拡大する。

1951(昭和26)年には「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」とする「51年綱領」を決定。さらに、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」と「軍事方針」を定めている。

当時共産党が直接・間接的に関与したとされる事件は数多いが、一例を挙げると1952(昭和27)年の「吹田事件」(朝鮮戦争反対に関して暴力的なデモ行進を行った)や、同年の「血のメーデー」(デモ隊1名が死亡、デモ隊・警官隊合わせて約1,000名が負傷)などがある。

しかしこのような路線は国民の理解を得られず、1952年の衆議院議員選挙と翌年の参議院議員選挙では全ての候補者が落選する。困難な状況に直面した日本共産党は、1958年には方針転換を行う。それまでの混乱や武装闘争路線は一部の指導層の独断によって行われたものであり、党中央組織とは関係がないとした。この認識は現在に至っても同じである。


ぬぐえない暴力に対する不信感

これ以降、徐々に内部抗争や金銭的腐敗を一掃し、クリーンなイメージを打ち出すことになる。近年では共産党関係の目立った暴力事件は見られず、また党の綱領からも先鋭的な表現はなくなってきている。

しかしこれは第一段階として資本主義体制の枠内で民主的方法で勢力を伸ばし、第二段階で社会主義・共産主義国家樹立 へと動く戦略に基づくものであり、将来的に再び暴力的な手段に訴えないとはいえない、という慎重な見方も根強い。警察庁では、依然として共産党を「暴力革命の方針を堅持する日本共産党」 として「重大な関心」 を払っている。


共産圏の世界的な退潮

また、共産圏の現状も共産党に対する信頼喪失につながっている。第一に旧ソ連の崩壊はソ連型社会主義の理論的失敗を露呈した。それにも関わらず、綱領で表現されている「社会主義・共産主義社会の実現」という理想や、党名を変えない点が、時代錯誤であると考えられても不思議ではない。

次に中国や北朝鮮、旧ソ連を含む他のほとんどの社会主義国で見られるように、いずれの国も「民主的」を謳いながらもおよそ一般的な感覚の「民主的」とはかけ離れた政体となっていることである。

これは、共産主義の実現のためには、一時的に「プロレタリアート」(労働者階級)による独裁(プロレタリアート独裁)が必要であるという理論に依っている。理論上共産主義の実現と(一時的な)独裁は切り離せないものであり、社会主義国家の多くが独裁体制になっているのはこのことによる。

日本共産党も1961年の綱領からプロレタリアート独裁の文言が入っていたが、1973年綱領では「プロレタリアート執権」となり、1976年にはその言葉も消えている。現在は革命の第一段階では「議会制民主主義の体制、複数政党制、政権交代は堅持する」と綱領に記載されている。


独自路線の貫徹が独善的との批判を招いた

また、共産党は他の政党とめったに選挙協力をしない。これは政策の違いの他に、日本社会党と長年対立してきたこと(したがって元社会党議員が多く在籍する現在の社民党や民主党とも相容れない)や、組織強化の戦略として選挙ごとに独自候補を擁立する方針を取っていることなどが理由として挙げられる。(このことは、結果的に野党陣営の票を割ることになり、共産党が打倒したいと考えているはずの与党を多くの場合利する結果になっている。)

加えて、これまでの歴史で共産党系の団体の多くが分裂を起こしてきた。1948年に生まれた「全日本学生自治会総連合(全学連)」は共産党の強い影響を受けていたが、1955年の共産党の方針転換により影響下から離れる。その後新左翼系学生達と共産党系の学生達の間で激しい争いが起こった。

また、1965年に部分的核実験禁止条約への対応をめぐって「原水爆禁止日本協議会(原水協)」(主流派:共産党)から社会党系グループ、日本労働組合総評議会(当時)系グループが脱退し、「原水爆禁止日本国民会議(原水禁)」を設立した。

部落解放同盟は元来共産党の影響が強かったが、政府の同和対策方針に対する確執から、同盟内における支持を失い、険悪な関係となっている。


変革への本気度が問われる共産党

以上、共産党につきまとうネガティブなイメージは、主に党が実現しようとする「共産主義」そのものに対する嫌悪感と、これまでの歴史で積み上げてきた様々な不信感が基盤となっているようである。

上記で紹介したように、近年は暴力事件も起こしていなければ、綱領も現実路線に切り替わってきている。しかしそれがどこまで「共産党の本心」なのか、共産党は本当に変わる気があるのか、多くの人がいまだ疑心暗鬼であることの表れが、冒頭の「国民連合政府」構想の否定につながっているのだろう。

結党94年を迎える老舗政党の本気度が、今問われている。

(2016年2月2日「Platnews」より転載)

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