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室橋祐貴 Headshot

<アメリカ大統領選>終焉に近づくトランプ現象とその先

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「(政治)制度を私以上によく知る人はいないからこそ、私にしか直せない」。

7月21日に行われた共和党大会で現状を強く批判し、私なら"救える"と高らかに宣言した共和党大統領候補ドナルド・トランプ氏。しかし、支持率が高まったのは党大会後4日間だけで、その後は支持率が低迷している。

大方の予想に反し、ここまで勝ち続けてきたトランプ氏だが、ついに終わりに近づいているように思える。しかし、トランプ氏がここまで躍進したことによる影響は計り知れない。トランプ現象は米国政治、そして世界に何を残すのか。

トランプ現象の背景と共に、その先を見ていきたい。


トランプはなぜ支持されたのか?

トランプ氏が支持された理由として、大きく二つ挙げられる。

反知性主義と格差の拡大、つまり中間層の没落だ。

2007年以降、米国の中間層の収入は減り続け、実質所得の中央値は20年前と同水準にまで低下している。

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Census Bureau, Economic Policy Institute

また、今年7月、McKinsey Global Instituteが発表したレポートによると、2005年~2014年の間に、米国家計の81%が停滞・低下している。

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McKinsey Global Institute

一方で、中間層が減る代わりに、高所得層と低所得層の数は増え続け、格差が拡大している。

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https://www.ft.com/content/98ce14ee-99a6-11e5-95c7-d47aa298f769#axzz3tw388SW7

こうした状況に対し、中間層~低所得層の不満が高まり、自分たちの雇用を"奪った"グローバル化や移民らに対し、ポリコレ(政治的正しさ)を気にすることなく率直な意見を代弁してくれるトランプ氏を支持するというのは想像しやすい。

だが、彼らも既存政治家に期待しなかったわけではない。上記で述べたような経済的な問題は今に始まったことではなく、多くの人が職と家を失ったリーマンショック以降、続いている。

そして、その苦しい時に「変化」を訴え、希望をもたらしたのがオバマ大統領だ。しかし、その"救世主"でさえ、米国を救うことはできず、期待が大きかった反面、国民を大きく失望させる結果となった。

そうした失望が、トランプ氏を支持するもう一つの理由、反知性主義=反権威主義につながっている。

2010年の中間選挙によって、連邦議会上院では民主党が多数を占め、下院では共和党が多数を占める「ねじれ」状態となったが、それ以来、こう着状態が続き、議会への支持率も低迷している。

ギャラップ社の世論調査によれば、2016年6月時点で約16%にまで低下している(2013年11月には調査以来最低の9%)。

つまり、一部のエリート達が国をリードしてきたが、一向に社会は良くならないばかりかどんどん悪くなっている、エリートは既得権益層のことしか考えていない、というのが白人を中心とした中間層~低所得層の今の本音である。

そして経済面の不安だけではなく、ここ数年急に悪化してきているテロリズムの脅威、治安面での不安も加わっている。

こうした流れを踏まえれば、今回ポピュリストが出現したのは必然的だということがわかる。

その意味では、昨年トランプ氏とサンダース氏が出馬して以降ずっと泡沫候補だと見なしていたのは、エリート層の傲慢であり、現実を直視できていなかったと言えるだろう。それは米国に限らず、Brexitを見ても当てはまる。


トランプが犯した過ち

そして、こうした国民の不満を解消する術はヒラリー氏も見出すことができずにいる。

Pew Research Centerが行った6月の世論調査では、米国民が投票の際に最も重視する「経済」と「テロ」に関して、ヒラリー氏よりもトランプ氏の方が良い成果を出すと見ている人が多いという結果も出ている。

しかし、民主党大会後、トランプ氏の支持率は低迷している。大きな転換点となったのは、米兵の息子を亡くしたイスラム教徒の夫婦に対する"侮辱的"発言だ。

民主党大会で、イラク戦争で息子を亡くしたイスラム系アメリカ人夫妻がスピーチし、「合衆国憲法」を取り出しながらトランプ氏は憲法を読んだことがあるのだろうかと批判。

これに対し、トランプ氏は「私も事業を起こし、雇用を作るなどたくさんのものを犠牲にしてきた」と反論し、さらに「憲法をめぐって自分を批判する権利はない」、「妻は話すことを許されていないのではないか」と、尊敬の対象である軍人の親を侮辱したことで国民からの反感を買った。

さらに、以前からトランプ氏は露大統領プーチン氏を高く評価していたが、「クリミアの人々はロシアが来て喜んでいる」とロシアに味方するような発言を行い、批判が集中。

これに加え、選挙対策本部長のポール・マナフォート氏が親ロシア派であるウクライナのヤヌコビッチ前大統領のアドバイザーを行っていたと複数紙が報じ、その疑惑が支持率を下げていった。

しかし、トランプ氏の"暴走"はまだ終わらない。

オバマ大統領のことを「ISの創設者」と批判し、ヒラリー氏についても「ISの共同創設者」だとした。常識的に考えればただの低劣な言動だが、共和党候補者のオバマ大統領に対するこうした批判は今回が初めてということでもない。

2008年の米大統領選において、共和党大統領候補ジョン・マケイン氏の副大統領候補に選ばれていたサラ・ペイリン アラスカ州知事はオバマ氏について「テロリストと仲良くしている」と評し、一部の支持者から賞賛を得た。だが、結果的にオバマ氏に敗れており、メリットがないことは明白だ。

また政策面についても、不法移民による経済的影響や犯罪ばかりについて言及しているが、Pew Research Centerの世論調査では、米国人の71%は不法移民が人の嫌がる仕事をやっている、つまり雇用を奪ってはいない、と見ており、不法移民を批判しても大して支持は広がらない。

これもトランプ氏の支持層であるオルタナ右翼(Alt-right)といった白人至上主義者のことを気にしての発言だろうが、本戦で勝つには中道寄りからの支持を得る必要がある。

つまり、一連の支持率低下はヒラリー氏の支持率が上がったからではなく、トランプ氏の自滅と見て間違いない。


素人とプロの戦い

こうした自滅に加え、"初心者"であるトランプ氏の選挙対策面での限界も出てきている。

今までは泡沫候補であったがために過激な発言をしていればメディアに取り上げられ、SNS上でも広く拡散されていたが、さすがに本戦になると両者を取り上げる機会も多くなり、メディア露出量で差をつけることは難しくなる。

実際、本戦が近づくにつれ差は徐々に縮まり、7月にはほとんど差がなくなっている。

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http://www.economist.com/blogs/graphicdetail/2016/08/daily-chart-13

こうした時に重要になるのは、地元の有権者に働きかける選挙事務所、ボランティアスタッフだが、ヒラリー陣営との差はとてつもなく大きい。

トランプ陣営の有給スタッフは70人だが、ヒラリー陣営のスタッフは約700人と10分の1となっている。資金面でも、昨年1月から今年4月までにトランプ氏が集めた選挙資金は約60億円で、ヒラリー氏は約290億円と、大きく離されている。

また、共和党主流派からの支持は得られておらず、共和党主流派は共倒れしないよう、議会選挙の方に注力しようとしている。


復興の兆し?

一方、さすがに日に日に落ちる支持率を見て気付いたのか、陣営を刷新し、戦略を変えている。

8月19日には、オバマ大統領が夏休みの最中、洪水被害を受けたルイジアナ州を副大統領候補のマイク・ペンス インディアナ州知事と訪れ、支援物資の荷下ろしを手伝うなど、これまでにない動きを見せている。

また、今までの発言を「後悔している」と語り、学歴の高い白人の支持を得ようと、白人の前で黒人(マイノリティ)への支持を訴えている。

さらに、今まで何度もメキシコとの間に壁を立てると発言し物議を醸してきたが、メキシコ大統領からの要請に応え、会談を行っている(だが、会談後に行ったアリゾナ州での演説では壁の建設費はメキシコが支払うこと改めて発言)。

こうした結果、徐々に支持率は回復し、数ポイント差まで縮まっている。

それでも7月と8月に重ねた失策は大きく、民主党・共和党の支持が拮抗する激戦州(スイングステート)のほぼ全てでヒラリー氏のリードを許しており、それらを今から挽回するのは困難だろう。

だが、ヒラリー氏にも懸念材料がないわけではない。

ずっと問題視されている国務長官時代に公務で私用メールを使っていた問題は一向に収まる気配はなく、新たに見つかった約1万5千通の一部が10月に公開される可能性もあり、11月8日の大統領選に影響を与える恐れがある。

さらに、同じく国務長官時代にクリントン財団の大口寄付者と面会を繰り返していたと報道され、利益相反が問題となっている。

また健康問題も懸念されている。過去に何度も公務中に失神し、緊急入院もしている。当然、大統領は激務であり、ヒラリー氏に務まるのか、という声も上がっている。

9月後半から始まるテレビ討論会の結果によっては、トランプ氏が逆転する可能性も十分に高い。

そして、最も重要なことに、ヒラリー氏も国内の経済格差を解決する術を見出せておらず、オバマ大統領との違いがあるとは見られていない。違いといえば、サンダース氏の影響を受けて意見を変えたTPP反対ぐらいかもしれない。

ただ、オバマ大統領の経済政策が必ずしも悪かったわけではない。

8月には15万人雇用が増え、失業率は5%以下、オバマ大統領時代に生活が良くなったと感じている米国民は総じて多い。ギャラップ社の世論調査によると、全人種が生活は良くなったと答えている。

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Gallup: Life got better for pretty much everyone under Obama- The Washington Post

とはいえ、上記で述べたとおり、中間層の収入は下降傾向にあり、雇用者は増えたがパートタイムが増え労働時間が減り、質の悪い仕事が増え、生活が良くなっていないと感じる国民が多いのも事実だ。

今回の大統領選では、まだトランプ氏に賭けるほど不満を感じている国民は多くなさそうだが、ヒラリー氏が大統領になっても期待することは難しい。

また、前提として、現状のねじれ状態ではどちらが大統領になっても(極端な)政策を通すことが難しいことも確認しておきたい。


自由主義の危機

このように、史上最も嫌われた者同士の戦いと言われるだけあって、希望を見出すことが難しい大統領選になっているが、トランプ現象が投げかける別の側面を見ていきたい。

それは、多数派の専制、そして自由主義の危機だ。

多数派の専制とは、フランスの思想家アレクシ・ド・トクヴィルが使った表現だが、多数者が多数決で少数者を抑圧するというものである。民主主義によって、立場に関わらず、一人ひとりが平等に政治参加の機会を得ることができるようになったが、それは理性的に考え選択したものと一時の感情で選択したものが同価値になることを意味する。

結果として、多数者である民衆の感情に流された決定によって少数派が犠牲になる可能性が出てくる、というのが民主主義が抱える負の側面である。

そして、英国ではエスタブリッシュメントが残留を呼びかけていたにも関わらず、国民投票で離脱派が多数派になったように、エスタブリッシュメントと国民多数(非エスタブリッシュ)の意識が乖離しつつある。

その結果失われつつあるのが、自由主義だ。

現代の民主主義は自由主義を源流としており、少数派である移民を差別しないよう、実際に出来てきたかは微妙だが、多文化主義を守るべきという意識はあった。

しかし、トランプ氏やBrexitを推進した極右政党「UKIP」のナイジェル・ファラージ前党首ら欧州の極右政党が開いたパンドラの箱は、ポリコレを我慢せずに嫌なものは嫌と言ってもいいという態度だ。

そして、その背景にあるのが、経済的困窮、テロリズム、政治的失望だ。

つまり、自由主義を支えていたのは経済面と治安面での安心(余裕)だったわけである。だが、グローバル化や新自由主義経済によって中間層は縮小、今多くの人が不安を感じており、他者を気遣う余裕がなくなっている。これは1900年代前半に近しいものがあるだろう。もちろん、あの時ほど経済状況が悪いわけではない。

それでも、今後テクノロジーの発展によって、現在中間層や低所得層を支えている事務労働や肉体労働がロボット(AI)に置き換わっていく可能性は否定できず、さらに格差が拡大していくかもしれない。

その時、エスタブリッシュメントと非エスタブリッシュメント、都市と地方と言った方がわかりやすいかもしれないが、の乖離は今以上に広がっているだろう。


民主主義の今後

結局、人々は安心を求めている。

こうした時代においては、「アメリカを再び偉大に」と言ったような、すぐに安心を与えてくれそうな幻想に飛びつきたくなる。

しかし、「英国の主権を取り戻そう」とBrexitを推進した中心人物がその後を放棄したように、シンプルな解決策はない。

彼らが指摘した経済的困窮やテロによるリスクがあるのは事実だが、EU離脱でそれが全て解決するかのような幻想を見せても、現実社会が追いつかなければ、大きな反動で返ってくるだけだ。

ではどうすればいいのか。

今後国家は、経済全体のパイを増やすことではなく、所得の中央値をいかに上げるかにコミットしなければならない。

そのために必要なのは、行き過ぎた個人主義を抑制し、中間団体/共同体を復活させ、中間層~低所得層の利益を確保することだ。長期的には、ベーシックインカムになるだろう。

そうした安心を提供することで、自由主義を復活させることが結果的にはエスタブリッシュメントの利益にもなり、健全な民主主義を実現できる。

トランプ氏の大統領への道は終わるかもしれないが、トランプ現象が生み出したものは今後も続く。グローバル化の中で、民主主義と自由主義をどう機能させるのか。この大きな問いに世界が向き合い続けなければならないだろう。

(2016年9月3日 Yahoo!ニュース個人より転載)