イエメンはシリアより最悪な状況なのか?

今年はじめまでは世界から見放された感のあったシリアであったが、ISISの拡大などによって再び注目を集めている。

今年はじめまでは世界から見放された感のあったシリアであったが、ISISの拡大などによって再び注目を集めている。今月には国連安保理でシリア内戦を終わらせるための決議が全会一致で採択されるなど、状況改善に向けて歩み出そうとしている。

一方、シリアと同等、もしくはそれ以上に人権侵害にあっている国がある。中東最貧国のイエメンだ。日本ではあまり報道されていないが、悪化の一途をたどっている。

共和国成立以来、不安定な状況が続くイエメン

イエメン共和国はアラビア半島南西部にある国で、サウジアラビアと国境を接している。第一次大戦後、オスマン・トルコ帝国から独立した北イエメンとイギリスの植民地だった南イエメンが1990年に統一され成立した。

しかし、1994年に旧南側勢力が再独立を求め、イエメン内戦が勃発。その後もサレハ大統領による軍事独裁政権のもと不安定な状況が続き、アルカイダの拠点にもなった。

2011年には「アラブの春」をきっかけに、国内で反政府運動が高まり、サレハ大統領が辞任。その後、副大統領だったハディ氏が暫定大統領に就任したが、その間にイスラム教シーア派の武装組織「フーシ派」がイエメン北部のサアダを占領し、勢力を拡大。

そして、2014年9月にフーシ派が首都サヌアに侵攻し、2015年1月にはハディ暫定大統領が辞任して政権が崩壊。2月にはフーシ派が政権掌握を宣言したが、ハディ暫定大統領も辞意を撤回、フーシ派との対立を強めている。

周辺諸国によって持ち込まれた宗派対立

さらに、このフーシ派の勢力拡大に、シーア派のイランが支援していると見たサウジアラビアが連合国を主導して3月に空爆を開始。同時に食料や医薬品などの禁輸措置をとり、状況が急激に悪化している。サウジアラビアの目的は、サウジアラビアと米国に近いハディ暫定大統領を大統領とし、近隣国のシーア派の拡大を防ぎスンニ派の勢力を強めることだ。

連合国の空爆によって多くの民間人が死亡し、国際人権NGOアムネスティインターナショナルはサウジアラビアが戦争犯罪を行っていると批判している。ヒューマン・ライツ・ウォッチのレポートによると、連合軍は国際法で禁止されているクラスター爆弾を使用していると見られている。

サレハ前大統領による南イエメン側に対する冷遇に不満を抱いた国内政治の問題から始まった内戦であるが、今ではスンニ派のサウジアラビアとシーア派のイランの代理戦争状態になっている。シリアやイラクと異なるのは、今まではシーア派とスンニ派が同じモスクで礼拝し、平和的に共存してきた、ということだ。

国民の約8割が人権侵害状態に

イエメンの人道危機は最も深刻な「レベル3」の緊急状態で、これはシリアや南スーダンと同じレベルにある。人口の8割にあたる2100万人が人道支援を必要としているとされ、1300万人以上が飢餓の危機に瀕している。この大きな原因は、サウジアラビアと国連がフーシ派に武器が渡らないように武器を禁輸し、物資支給まで妨害しているからだ。

イエメンは危機前から主要食品の90%以上を輸入に依存しており、輸入が止まると食糧難に陥りやすい。シリアとイエメン、どちらの方が悪い状況なのか?という問いに大きな意味はないが、国際社会の注目度は実態に比べて差があるように思える。バブルマンデブ海峡の緊張が高まれば、石油をアフリカ大陸経由で輸送しなければならず日本も無縁ではない。

国連人権理事会でオランダがイエメンへの調査団派遣を求める決議案を提出したが、紛争当事国のサウジアラビアが阻止しオランダは決議案を取り下げている。米国は中東問題に積極的に関与しない方針とサウジアラビアとの関係性もあり、連合軍の空爆を消極的に支持している。

現状は、連合軍が支援するハディ暫定大統領側が有利になっており、一時はサウジアラビアに逃れていたハディ暫定大統領も9月に南部の拠点都市アデンに戻り、首都奪還を目指している状態だ。

国内の政治的解決が求められる

しかし、シリアやイラクの例を見てもわかるように、空爆だけで解決することはまずない。政治的な問題を解消する必要があるからだ。仮にフーシ派を抑え込めたとしても、劣悪な生活レベル、少数派の政治的周辺化、弱体な政府といった紛争の根本要因は残ったままだ。

特に解決しなければいけないのは利権のバランスである。1990年にイエメン共和国が成立した際、元々北イエメン大統領を務めていたサレハ前大統領がイエメン共和国の初代大統領となり、政府の重要なポストに北側勢力を配置、それに南側勢力が不満を抱き、内戦が始まった。

そして妥協案としてハディ暫定大統領側より連邦制が提案され、地方自治の裁量を大きくしようとしたわけだが、これにフーシ派(旧北側勢力)が反発。イエメンは資源国で、その分地域が重要になってくるため、連邦制に移行するにも十分な議論がされるべきだが、結果的にはあまり議論が行われず、焦ったフーシ派がクーデターを起こし、今に至る。

今はこうした国内の問題に周辺諸国・テロ組織も含めた宗派対立が加わっているため混沌状態にあるが、国内を安定化させるためには政治的解決が欠かせない。イエメンはアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」の拠点にもなっており、こうしたテロ組織の拡大を防ぐためにも一刻も早く国内の安定化が求められる。AQAPは今年1月の「シャルリー・エブド」襲撃事件で犯行声明を出している。

12月15日から20日にスイスで国連仲介の和平協議が行われたが、停戦合意には至っていない。欧州への難民流入数や欧米による空爆のため、シリアばかりが注目を集めているが、イエメンに対しても、実際はサウジアラビアであるが、国際社会による圧力を強め、停戦、政治的解決を求めるべきだ。

(2015年12月30日「Platnews」より転載)

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