Huffpost Japan
ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

鈴木 勇貴 Headshot

なぜ、子どもに最高の学習内容・環境を与えることが問題なのか?

投稿日: 更新:
印刷

子どもに最高の学習環境・内容を与えてしまうことに、何か問題はあるでしょうか。

個人的に子ども達には、最高の学習環境・内容を与えたいと思う私がこう言うことは、非常に逆説的に聞こえるかもしれません。しかし、私は子どもに最高の学習内容を徹頭徹尾与えてしまうことに、問題もあると考えます。

当然ですが、人は教育を受けた後、社会に出ます。しかし社会は、正解が一つだけの世界ではありません。さらに言えば正解どころか、それ以前に、そもそも解くべき問題が何かを教えてくれる人がいません。

自分が取り組むべき問題が何か、そこから設定する必要があるのですが、学校教育ではどうしてもそれが与えられがちです。

例えば「英語」のクラスであれば、どうやったら英語を効率よく学べるか、先生側としてはそれを一生懸命追求しています。しかし、ここで矛盾が起きるのです。学校ではいい先生が教えてくれたとしても、社会に出たらどうでしょうか。

実は、本当に学習すべきことは
1) 自分が取り組むべき問題を設定する力
2) それを解決するために学ぶ力
の2点です。

先ほどの例で言うと、2)で効率的に学べる英語学習環境を与えてしまうことで、将来困難に遭遇した時、物事を自分でどうやって学び解決するか、という力を学ぶ機会を奪ってしまうことになりかねません。

一般的に教え方がうまくない先生で、ガッカリした経験がある人はたくさんいると思います。しかし人生では、教え方がうまくて魅力的な先生に会うことの方が稀ですし、もしそういった先生ばかりに会ってしまうと、適切な先生に会えない場合に、対応できなくなってしまいます。最高の学習環境やカリキュラムを目指す先生側からすると、なんとも皮肉な話です。

自分で学ぶ力を養う機会、こそ重要なのではないでしょうか。

とはいえ幼過ぎて、何も知らず、勉強もしない状態では、問題設定もできなければ、自分の興味を深堀りすることもできません。

ここは程度の問題で、私は15歳程度までに、こうした1)2)のようなことができる基礎力修練を中心にしつつ、「与える」教育もある程度することがいいように思います。学びに関して、現代はとてもラッキーな時代で、この2つの力があれば大学教育でも、タダでYoutubeで学べてしまうのです。(さらに英語ができると、本当に世界の超一流の大学教育も学びたい放題です。)

教育だけの話ではありませんが、一般的に与え過ぎると、動物園にいる動物のように、エサを与えられることを待つだけになってしまいます。一旦それに慣れると、野生で自分の力で生きていくことは難しいです。学校や家庭が必要な物や欲しい物をひたすら与えてしまうと、社会という「野生」で生きることは難しくなってしまいます。

よく言われることですが、「親」という漢字は「木の上に立って見る」と書きます。子どもを全力で応援したい気持ちはわかりますが、その学びを応援する大人達は、ただ最高の学習環境や内容をひたすら与えるのではなく、「野生」で自立して生きられるように応援することが大切ではないでしょうか。

Close
楽しい子育て! 画像集
/
シェア
ツイート
AD
この記事をシェア:
閉じる
現在のスライド