BLOG

自由に生きること

2016年01月07日 23時16分 JST | 更新 2017年01月07日 19時12分 JST

2016年、明けましておめでとうございます。

年初らしく、人生を考えるタイミングとして、思いを巡らせてみる。

2016-01-07-1452176350-1513249-sunrise.JPG

人生にとって、大切なことは何だろうか。

何を大切な価値観として、生きるのか。

 

年初ならではのビッグクエスチョンだが、あなたはこの質問にどう答えるだろうか。

 

家族、キャリア、人生。

幸せの形も色々だし、人生に目的があるならば、その目的も千差万別だ。

 

私にとって幸せな人生で大切なことは、「自由」だ。

「自由」だからこそ、自分らしく 、幸せに生きられる。

 

考えてみると、この時代に日本という国に生まれた私たちはとても幸せだ。

平和な時代。自由な時代。そして世界と比べると今も豊かな日本。

今の日本にいると、こうしたことが当然のように思えてくるから不思議だ。

でもそんな時代、そんな国にいることは、歴史的・世界的には奇跡的なことだ。

(この現在の日本の3つの幸せについては、ここに以前書いた。 3つの幸せを噛みしめろ!

 

ではそんな自由な日本で、「自由に生きる」とはどういうことだろうか。

例えば、いつの間にかやりたくもない仕事で落ち着いている人で、自らを社畜と呼ぶ人がいる。

これは奴隷のことだ。

これでは自由に生きているとは言えないし、結果として幸せでない。

その一方で同じ仕事をやっていても、それが好きならば、自分で選んだ人生を生きていると言えるだろう。

そう、自由に生きるとは、自分らしく自分の人生を歩むことだ。

 

自由とは、なんでもただ好き勝手にやることとは、違う。

ただひたすら自由を追い求めていけば、それは「ルールなし」の世界だ。

歴史的に「ルールなし」の世界では、秩序がなく混沌となり、効率が悪過ぎるので、法律や国家ができた。

私がいくら自由でいることが大切だと言っても、凶悪犯罪者も何でも自由になればいい、ということにはならないだろう。

 

そう、「自由」でいるためには、努力が必要なのだ。

無秩序と自由は違うのだ。

 

奴隷にならないために、自由であるために努力する。

なぜなら自由でいるためには、責任が発生し続けるからだ。

責任がなければ、自由な世界とは、凶悪犯罪者が跋扈する世界だ。

自由でいるために、責任を負う。信頼を獲得する。

それが、自由への切符だ。

 

たくさんの信頼を獲得すればする程、自由も大きくなる。

大きな自由を得るためには、その努力をし続ける必要がある。

 

私の大好きなX Japanの「Born to be free」という曲の歌詞に、こんな表現がある。

Where your heart be free to fly   

Born to be free   

Nobody can steal our life away

正にここにあるように、「私たちは自由を勝ち取るために生まれ、誰も自分の人生を奪えない」のだ。

自由を勝ち取るため、幸せになるためには、努力し続ける必要がある。

 

色々考えて、ごく当然な結論に到った2016年初頭。

自由を勝ち取るため、Born to be freeであるために、どんどん精進したい。

 

アリヴェデルチッ!

 

(2016年1月7日「yubu23.com」より転載)