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荒野の舞踊館、アマルゴサ・オペラ・ハウスの新たな幕開け - 人生何が起こるかわからない!

2015年01月04日 00時03分 JST | 更新 2015年03月04日 19時12分 JST

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カルフォルニア州とネバダ州の州境に位置する国立公園デスバレー、通称「死の谷」は、地上で最も暑い場所と呼ばれる砂漠地帯の土地です。ここは、真っすぐにどこまでも続くかのような道路と青空、そして変形した地層から成り立つ巨大な山々が特徴となっており、日本では決してお目にかかることのない、思わず息を飲む美しい大自然の景色が見られる場所です。私は毎年冬に、デスバレーを訪れることが恒例の行事となっているのですが、去年12月27日、このどこでもない砂漠の中心で、とある奇跡を目撃することとなりました。

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荒野の中にぽつんと現れる不思議な建物が「アマルゴサ・オペラ・ハウス」。砂漠にとけ込む、真っ白な外観の劇場です。過去にデスバレーを何度も経験している私でさえも気づくことのなかった場所でした。それもそのはず、砂漠では滅多に起こることのない浸水の影響により館内がダメージを受け、修復を必要とされており、近年はほとんど廃屋状態となっていたからです。しかし、たまたま訪れたこの日、不思議なことにこの劇場でバレエコンサートが行われるというお話を耳にしたのです。

1時間弱のバレエコンサートは、女性ダンサーたった一人によって繰り広げられる小さなものでしたが、殺風景な砂漠の中に現れた美しい劇場と華やかな踊りは、まるでトワイライトゾーンの世界に引き込まれるかのような摩訶不思議な魅力を放っており、すっかり別世界へと引き込まれるような体験となりました。

マータ・ベケットとアマルゴサ・オペラ・ハウス

アマルゴサ・オペラ・ハウスの歴史は50年ほど前まで遡ります。1967年、バレエダンサーのマータ・ベケットは、旦那様と共にカリフォルニアのロードトリップに出かけますが、旅の途中でタイヤがパンク、デスバレーで足止めをくらってしまいました。タイヤを修理に出す間に、マータはデスバレー内の廃墟した建物の数々を見て回ります。そこで出会ったのが、「アマルゴサ・ホテル」。マータは自分の目を疑うようだったと言っています。

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今年で90歳になるマータ・ベケット

「小さな穴から建物の中をのぞいた時に、とても不思議な気分になったの。まるで建物が、「私を引き取って、私を助けて、あなたの人生をお約束します」と言っているかのように。」

次の日、マータはニューヨークのアパートを引き払い、月45ドルの家賃でアマルゴサ・ホテルを手に入れ、デスバレーに居座ることを決意しました。自分の舞踊館をオープンし、自分のダンスを人々に披露しようとしたのです。マータ自身の手による、廃墟となった建物の修復作業が始まりました。

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建物内の壁の修復の際に、誰もいないこの劇場にマータは自ら観客を描き始めました。平面の観客席に着席させられた王様に女王、貴族にジプシーがステージを見守っています。そして、天井にも天使や鳩が施され、それは美しい内装となりました。マータは「アマルゴサ・オペラ・ハウス」と建物を改名し、自らのバレエシアターをオープンさせました。1968年2月10日のことでした。

歴史深い砂漠のオペラハウス。タイヤのパンクというアクシデントが起こした砂漠の中の奇跡の出会いは、マータにとって、生涯をデスバレーという土地でバレエと劇場に捧げる運命となりました。マータは80代になっても現役であり続け、2012年2月12日に引退。しかし、砂漠の中の奇跡は、まだ終わってはいなかったのです。

ある少女のバレエとオペラハウスとの出会い

マータが劇場をオープンさせてまもなくのこと、一人の6歳の少女が旅の途中で母に連れられアマルゴサ・オペラ・ハウスを訪れました。そこで少女は、マータのバレエに感銘を受け、将来バレリーナになることを決意します。少女の名前はジェナ。現在、彼女はバレエダンサーとして成功し、カリフォルニア州北部でプロとして活躍していたのですが、ある時、アマルゴサ・オペラ・ハウスが廃屋状態に陥っていることを耳にします。

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ジェナは、自分の人生を大きく変えたバレエ劇場が消えてしまうことに危機感を覚え、同じくバレエを習っていた友人のグレゴリーと共に、アマルゴサ・オペラ・ハウスを再出発させる計画を立てます。そして、2014年12月26日、ジェナをダンサーとして迎えた、アルマゴサ・オペラ・ハウスの初舞台が開かれました。私が見た舞台上のバレリーナは、40年前に同じ場所でマータの踊りに感銘を受けた少女の姿だったのです。

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二人三脚で劇場を立て直したグレゴリー・アレキサンダー・ペレッツとジェナ・マクリントック

コンサートが終わり、数十名の観客を前にジェナは感謝の言葉をのべました。

「私が6歳の時、この場所で初めてマータのバレエを見ました。マータとこの劇場に出会っていなかったら、今の私は存在していません。何十年も経った今、こうして同じ舞台でバレエを披露している自分が信じられません。今夜は足を運んでいただき、本当にありがとうございます。」

私は、楽屋までジェナの後についていき、お話を聞くことにしました。

「私の人生を変えた劇場が消えていきそうなことに耐えられず、絶対に立て直しを実現させたいと思ったの。今日着ていた衣装は全て、50年前にマータが実際に着ていたもので、音楽やナレーションも当時そのまま。音響や照明はグレゴリーが担当してくれていて、パソコンやiPadを使って館内に音を流しているのよ。」

そう言って、ジェナが実際に着ていた衣装の数々を見せてくれました。グレゴリーが、昨日の初舞台について話してくれました 。

「昨日の初舞台、今年で90歳になるマータ本人が見に来てくれていたんです。彼女は大粒の涙を流していました。そして、僕たちのところに来て、「ありがとう、あなた達は、私の未来よ」と言ってくれました。」

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私は、過去に10年間クラシックバレエを習っていたこともあり、まさか荒野の大地でこのような経験ができるとも思ってもいなかったので、感極まり涙が出そうになりました。そして、ジェナとグレゴリーの情熱が、50年の歴史を経て廃屋と化した劇場に命を吹き込み、新しい奇跡を起こしている現場を目の当たりにできたことにも特別な感情を抱きました。

マータ、そしてジェナとグレゴリーにとって、新しい歴史の1ページのはじまりです。

人生は何が起こるか全く予測がつきません。人生の転機、それは、タイヤのパンクかもしれませんし、朝コーヒーを床にこぼしてしまうことかもしれません。ただ、そのきっかけは、自分だけの情熱を持ち続けることによって起こりうることなのかもしれないと感じます。

ジェナとグレゴリーによるアマルゴサ・オペラ・ハウスの舞台は今後も続きます。


アマルゴサ・オペラ・ハウス
Amargosa Opera House
HR-C 608Death Valley Junction, CA 92328

ウェブサイト:http://www.amargosa-opera-house.com/index.htm

劇場の隣はホテルになっており、宿泊も可能。ジェナのステージはシーズンおきに行われていますので、スケジュールはウェブサイトで確認を。