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大阪都構想住民投票結果はシルバー民主主義の象徴?

2015年06月02日 14時35分 JST | 更新 2015年06月02日 14時46分 JST
JIJI PRESS via Getty Images
Voters fill in ballot papers at a polling station in Osaka on May 17, 2015 to vote on a referendum to reform the city administration into a metropolitan government. The people of Osaka started voting on a plan to streamline Japan's second city in the mould of global metropolises like London, New York and Tokyo, as the one-time commercial capital seeks to recapture its glory days. JAPAN OUT -- AFP PHOTO / JIJI PRESS (Photo credit should read JIJI PRESS/AFP/Getty Images)

今月も気づいたら月末に。。。

ギリギリですが、何とか今月も一つぐらいは更新したいと思います。

さて、今月やはり印象に残ったのは大阪都構想の住民投票ですね。

結果として、大阪都構想そのものは僅差で否決されましたが、その熱い戦いは大阪の方々だけでなく全国的に注目されました。

もう既に多くの方々がこの大阪都構想住民投票の結果を題材に書かれているのですが、遅ればせながら私も感想を述べてみたいと思います。

大阪都構想が否決された結果を受けて、多く見られた意見が「この結果はシルバー民主主義の象徴だ」というものです。今回は特にこの主張について考えていきます。

「シルバー民主主義の象徴」と主張する根拠となっているのが、例えば上記のような出口調査の結果です。

「若者~中年層では賛成が多数だったのに、高齢者に反対が多かっただけで、大阪都構想が否決されてしまった! これは高齢者の意見ばかりが通るシルバー民主主義ではないか!」というわけですね。

一見すると、確かに高齢者の言いなりになったような結果に見えますが、この主張にはいくつか疑問点が存在します。

まず、多くの方に既に指摘されているのは大阪市の年齢別人口比率と投票率の問題です。

具体的には、他の地域ほど大阪市の高齢者人口は多くなく、むしろ若者~中年層が強いはずなのに、高齢者票の意見が結果に反映されたのは、若者が投票にあまり行かず、高齢者が投票によく行っただけではないかという指摘です。

確かに、投票の権利を持っておきながら行使しない者が若者に多数いたならば、それはシルバー民主主義とはまた別の問題と考えた方が良いように私も思います。高齢者の意見ばかりが通ると言う前に自分の意見を述べてないわけですから。

次に、今回の結果は若者~中年層も賛成一辺倒ではなかったし、高齢者層も反対一色でなかったという点があります。

シルバー民主主義主張の言説を見るに、「若者~中年層では賛成が多数だった」「高齢者では反対が多かった」という結果を、いつの間にか「若者~中年層が賛成だった」「高齢者は反対だった」とまとめてしまっていないでしょうか。

「若者~中年層は賛成だった」とまとめてしまった場合反対派の若者たちの存在が、「高齢者は反対だった」とまとめてしまった場合賛成派の高齢者の存在が、それぞれ無視されてしまっています。

若者~中年層の中の賛成派や高齢者の中の反対派が圧倒的多数であれば、ある程度丸めて解釈することはやむを得ないかもしれませんが、今回の各層でのそれなりに賛否拮抗した結果を見ると、これは正確な把握とは言えません。

若者~中年層のほとんどが賛成だったのに、高齢者のほとんどが反対に回った結果否決された、というのが本来はシルバー民主主義の象徴的な状況のはずです。しかし、現実はそれぞれの年齢層が一枚岩でないのですから、年齢層で区分された対立の象徴と見るのには難しいと思います。

(さらに、若者層に多いと思われる無投票を「賛成」「反対」に次ぐ「棄権」という意思表示と考えると、より若者は賛成派一枚岩でなかったと言えます。)

さらに、今回の大阪都構想の是非という争点は、そもそも単純な「若者優遇vs高齢者冷遇」という政策ではないという指摘があります。

敬老パスが廃止されるので高齢者は反対したという噂もありますが、少なくとも明確な世代間利益移転の争点でなかったことは確かでしょう。

むしろ、橋下市長も「既得権益打破」と言っていたように、今回の対立構図として適切なのは「高齢者vs若者層」というよりは「既得権益層 vs 非既得権益層」のはずです。

既得権益層の関係者に高齢者が多かったなどで、結果として高齢者の反対が増えたというストーリーは考えられますが、その場合に見える「高齢者の反対多数」は二次的な現象であって、それをもとに「シルバー民主主義」と言ってしまうのは焦点がぶれてしまっています。本当は「既得権益層民主主義」と言うべきでしょう。

ですから、本来の争点に関連ある属性として、所属団体や職業などを出口調査で入手していればより明確な対立構図が見えた可能性があります。ですが、年齢層しか調査で尋ねられなかったために(あるいは尋ねていたけれど結果として公表されなかったために)、もっと他に特徴的な対立構造があるにも関わらず、見かけ上、年齢層での対立構造のみがあるように見えてしまっているおそれがあります。

もちろん、得られてないデータを想像しての話なので、本当のところはどうか分かりませんが、年齢別の結果だけ提示されることで、年齢よりももっと重大な要素がある可能性が見えにくくなっている危険性は考慮されるべきと思います。

また、根拠となっている出口調査は、あくまで少数のサンプリング調査なので、対象者選択の手法によって回答者に偏りがある可能性、十分でないサンプル数による結果の紛れなどにより、結果をどこまで信頼していいか難しい面があります。実際、今回の出口調査も社によって少々違う結果となっているようです。


以上のような疑問点を考えますと、今回の大阪都構想住民投票結果をシルバー民主主義の象徴とみなすのは、少し早計ではないかと私は思います。

もちろん、現実に超高齢社会となった日本ではシルバー民主主義という問題が存在しているのは確かですし、今回の結果も全くシルバー民主主義的でないとは言いません。

しかし、若年層が多い地域であったこと、各年齢層で賛否両論であったこと、争点が高齢者vs若年層のものではなかったこと、もっと重大な背景因子が隠されている可能性、などを考慮すると、シルバー民主主義の象徴と強く主張するまでは言えない結果だったのではないでしょうか。


P.S.

今回の結果をシルバー民主主義とみなし、高齢者の投票権を制限すべきという意見があるようです。

今回はシルバー民主主義の象徴と言いにくい以上、そもそも言い過ぎと私は思うのですが、仮にシルバー民主主義であったとして、高齢者投票権の制限というのをするべきなのか、これもとても大事なテーマですので、時間があればまた考察してみたいと思います。

(2015年5月31日「雪見、月見、花見。」より転載)