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先に与えること、先に与えることができることの大切さ

2014年10月31日 18時33分 JST
Fabrice LEROUGE via Getty Images

退職してフリーで細々と食べていくようになって、気づいたらもう半年以上。

月日が経つのは早いものです。

で、私がフリー生活となってみて大事だなあと実感したのが、題名の通り「先に与えること」です。

基本的には在職時のコネからお仕事をもらうことが多いのですが、せっかくフリーになったんだからやっぱ今までと違う感じのお仕事もしたいなーと思って、あんまり割は良くない仕事でも物は試しとばかりに「やります」「やります」と言っていたんです。

そしたら案外それをきっかけに継続してお仕事がいただけるようになって、報酬も上げていただいて、何だか新たに良い関係を築けてしまいまして。

この時、出し惜しみせずにどんどん他の人たちにこちらから先に何かを与えていくとちゃんと返ってくるんだなーということを、ひしひしと感じたんです。

いわゆる「情けは人の為ならず」ですね。

  ◆

以前、私は貯金しすぎると社会にとって良くないよという記事を書きました。

「貯金」が社会の毒になる ~金は天下の回りもの~ - 雪見、月見、花見。

「先に与えること」の大切さは、この時とはまた違った意味で「お金を出し惜しみすること」の危険性を示してくれているように感じます。

例えば、いわゆるお金持ちの人がすっごくケチで貯めこんでいるのかと言うと、案外そうでもないんですよね。

パーティーを開いてみたり、色んな人や物に投資したり、どちらかと言えばお金自体は実はじゃんじゃん使っています。でも、その使った分以上にいっぱい返ってくるから、さらにお金持ちになるわけです。

なぜいっぱい返ってくるのかと言うと、ひとつには「くれる人」を大事にしておくと「また今後もくれる」ことが期待できるので、もらった人もお返しをして関係が離れないように頑張るからです。

それでいて「ずっともらう」には「くれる人」に無理をさせて潰れてもらっても困るので、お互いにとって利益が出るwin-winの関係を目指してバランスを取ります。

いっぱい商品を買ってくれるお客さんが「お得意様」として優遇されるイメージですね。

もうひとつには、人(自分も含む)や物に先行投資をすることで、その一部が将来優秀な人材になるとか、良い取引先になるとか、優秀な製品・サービスにつながるとか、投資分以上の大きな利益につながることが期待できるからです。

人ではないですが今や大金持ち企業のappleさんだって、「先に」iPhone開発に大枚をはたいているわけですが、それが後に投資分以上の大きな利益につながったことは皆の知るところですよね。

こんな感じで、先にじゃんじゃん使ったとしても、結果的にそれ以上返ってくることが可能となるわけです。

でもこれが、ケチケチでお金を貯めこんで「先にこっちに割がいいように多くもらわないと絶対あげない」みたいな人だとどうでしょう。

確かにお金持ちかもしれないけれど、そのお金をこっちに回してくれる可能性が低い「くれない人」なのであれば、その人に対して何かをあげようと思う人が減ってしまいます。

そしてまた先行投資もしなければ新たなことにチャレンジする機会も得られないので、収入が増えることもありません。

結局そのケチケチの人は支出が減っても、収入は特に増えないわけです。

そうなると、より大きくお金持ちになることは難しいですし、収入の方の調子が悪くなればトントンや最悪赤字にもなりかねません。

つまり、お金持ちのシステムというのは実は「収入が多いから多く支出できる」ではなく「多く支出するから収入が多くなる」という構造なんですよ。

与えずに何かを貯めようとするのは、川を排出口の無いダムでせき止めて水を貯めようとするようなもので、すぐに川の流れが詰まってダムを避けるように新たな川が出来てしまうだけです(だから時々ダムは水を流すわけです)。

あるいは東京駅などマンモス駅を見てみれば分かりますが、人が多く集まるところというのは実は「人を多く貯め込もうとしているところ」ではなく、「人を多く送り出そうとしているところ」であって、決して出口のない袋小路のような場所ではないのです。

もちろん別にお金持ちになる必要はありませんが、私たちが社会に生きる上で「先に与えること」の大事さというのはやはり心しておかないといけないことではないでしょうか。

  ◆

さて、ここまでだと単なるいい話なのですが、ここであえて「先に与えることの大事さ」の恐ろしい側面にも言及しなくてはと思います。

そう、「先に与えること」がとても大事であるからこそ、ある問題が生じます。

それは、「先に与えることができない人が不利になる」という問題です。

結局、先に与えることができる人というのは、余裕があるんです。

お金がなくて今この瞬間食べるものにも困っていれば、丸一日生活費を稼ぐのに精一杯で余った時間や余力がなければ、先に与えることなんて出来ません。もちろん勉強や資格取得など自己への投資だって出来ません。

ですが、先ほど述べた通り、そういう「くれない人」に対して社会は冷たく出来ていて、彼らに多くを与えようとしません。

「だって彼らは社会に大した貢献をしてないのだから」と。

結果、彼らは「生きるために支出を減らし、そのせいで収入も増えず、また苦しくなる」という悪循環から脱出できなくなってしまいます。

悲しいことに、「先に与えること」が大事であるからこそ、そうなってしまうんです。

――だから、ここで私たちは問われているのです。

この社会が彼らに対して「先に与えることができるのか」を。

みんなが与えあってwin-winの関係を目指せる社会が、私は良いなと思います。

P.S.

最近急に冷えたせいか、風邪気味です(´・ω・`)

2014年1月11日「雪見、月見、花見。」より転載)