新ドラマ「平成細雪」は、谷崎潤一郎の目にどう映る?

『細雪』と聞いて、まずみなさんは何を思い浮かべるでしょうか?

新しい年が明け、お屠蘇をいただき初詣へ。1年のうちこの時期だけは、和の暮らしの優雅なひとときを味わった方も多いはず。まだ松の内だし、殺伐とした浮世には戻りたくない......という気分の方にオススメできそうなドラマがあります。

『平成細雪』(日曜午後10時 NHK・BS 1月7日スタート全4回)。

タイトルからおわかりのように、谷崎潤一郎の大作『細雪』が土台となっている新ドラマ。映像化されるのは市川崑監督の映画以来、なんと35年ぶりというから注目です。しかも谷崎「没後50年・生誕130年」メモリアルイヤーに新全集が編まれ刊行完了したこのタイミング。NHKがどのようにドラマとして描くのか、ワクワクします。

主人公は大阪・船場の名家・蒔岡家の女たち。これまで日本を代表する名女優たちが度々演じてきた4姉妹を、今回は中山美穂、高岡早紀、伊藤歩、中村ゆりが担当します。

『細雪』と聞いて、まずみなさんは何を思い浮かべるでしょうか?

おそらく4人姉妹がずらりと並ぶ、あでやかな着物姿、ではないでしょうか?

小説に描かれているのは斜陽化し没落していく名商家の、しかし優雅な暮らし。桜に彩られた京都・平安神宮を着物姿でそぞろ歩く姉妹。蛍狩りやお花見お月見と、雅な遊びに興じる姿。お見合い、本家と分家のいざこざ、「御寮人(ごりょん)さん」など大阪豪商の一部が使っていた独特の船場言葉......。

一見何とも、まったりとした世界です。

しかし、谷崎がこの作品を書いた時の環境は、実は「まったり」とは真逆。執筆の大半が「疎開先」で行われました。第二次世界大戦のさなか、戦局が悪化し国家総動員法の下に一億総火の玉になりつつあった時代。昭和18年、雑誌『中央公論』で連載が始まりました。

ところが軍部からその耽美的な作風を「戦時にそぐわない」と批判され、掲載禁止に。版元の中央公論も廃業に追い込まれ、その後発表のメドも立たなくなる。当局の追及は厳しく、原稿を書き上げても印刷すらできず。

それでも谷崎は、敢えて書き続けたのです。空襲、原爆投下、焼け野原になっていく中で、いったい何を思いながら「豪華絢爛4姉妹の暮らし風景」を描き続けたのでしょうか? そこを考えずには、『細雪』の世界の謎は解けません。

船場の豪商という上方文化の崩壊。斜陽化していくものへの挽歌。滅びの美、喪失の嘆き、哀惜。

全巻が刊行されたのは昭和22年。敗戦後の人々は、「豪華絢爛の着物をまとった4姉妹の姿」をむさぼるようにして読んだのでしょう。自分たちが失なったものを想いながら。破壊され失われた〈美しい日本〉は、心に染み入るような強烈な色彩と力を持っていたことでしょう......。

今回のドラマの舞台は、敢えて時代を移動して「平成4年」に設定しなおしたとのこと。

「船場を代表する名家の蒔岡家は会社を人の手に渡し、元禄以来の歴史を閉じた。何不自由なく生きてきた4姉妹の新たな人生が始まる」(NHK公式ホームページ)。

脚本を担当するのは岸田國士戯曲賞を受賞した蓬莱竜太氏。

「名作『細雪』を平成に置き換えることで『失われていくもの』『得ていくもの』そして『変わらないもの』がよりクローズアップされていく作品になるのではないかと思います」とコメントしています。

4姉妹の日常から、どんな哀愁を立ち上らせることができるか。崩壊の哀しみや失われていくことへの想いが滲み出てくるかどうか。手に入れたもの、変わらないものを描くのは比較的易しく、しかし、喪失したものへの切ない想いを描き出すのは生半可な力量ではかなわないはず。『平成細雪』の見所でしょう。

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