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テレビドラマの楽しみ方−その2−

2013年05月16日 17時56分 JST | 更新 2013年07月15日 18時12分 JST

最初のコラム「テレビドラマは薄く広い『共感のプラットホーム』を作り出す」について、いくつものコメントをいただきました。ありがとうございます。自分の文章に対して、言葉を返していただけるということは素朴に率直に、とても嬉しいです。

コメントの中に、「今のテレビ番組は知的好奇心を満足させてくれるものが無いと思います」、「この年齢・仕事でこの生活はないだろ!って言いたくなるようなものばかりなので、あんま見ません」というものがありました。まるで数年前の自分のことのようだとうなずきながら読みました。

「男(にとってドラマ)は好きな女に話を合わせたいがために見る修行のようです」というコメントに、吹き出しつつもなるほどと思いました。

実は私も数年前までは、よほど話題なったものしかドラマは見ませんでした。「ドラマのことなら何でも聞いて」というような、熱心なドラマファンではありません。「ドラマと名がつけばどれも好き」という愛好家でもありません。

でも、ドラマを「今」とつないで観察してみると、別のおもしろさが立ち上がってくることを発見したのです。

たとえばNHKで今期、話題を集めている宮藤官九郎脚本の朝ドラ『あまちゃん』について、こんな見方をコラムに書きました。

岩手県を舞台に、能年玲奈演じる女子高生・天野アキが海女を目指す。やがて地元のアイドルへと成長していく物語。と、舞台も素材もクドカン的でユニークですが、『あまちゃん』には従来のNHK朝ドラには見られなかったある要素、これまでにはなかった味付けがたしかに存在しています。


それは、サブカルチャーを取り込んだドラマの仕掛け。もっと言えば、「インターネット」というツールを物語の軸にきっちり組み込んだ、初めての朝ドラ。そう言えるのではないでしょうか?


海女になって海に潜り、ウニを獲るアキ。その姿を職員が撮影し、地元観光協会のサイトに動画でアップ。とたんに、カメラ抱えたオタクの大群が、アキに会おうと辺鄙な田舎の海岸へどっと押し寄せてくる。見ず知らずのオタクたちにとり囲まれてオタオタするアキ。地元の人たちも、そこまでネットに影響力があるとは想像だにしていなかった......。


いったんネットに情報が上がると、想像を超えた現象が現実の暮らしの中に生まれてくる。まさしく今の時代を描いてリアルです。


『ネットが、現実を変えていく』。『辺鄙な田舎に人を呼び、町が活性化していく』。


長い歴史を持つNHKの朝ドラとはいえ、こうした直近の今を写したシーンが描き出されたのは、おそらく初めて。さすがサブカルの旗手、クドカンの脚本。ネットに馴染みの薄い世代にとっては、かなり奇妙な現象に映っていると思いますが。(「NEWSポストセブン」2013.5.2

そんな形で、社会の変化と朝ドラの内容との響きあい、ネットとドラマの融合について書きました。 コラムの後半は、敢えてこう注文を付けさせていただきました。

ただし私自身、毎朝欠かさず『あまちゃん』を観てパワーをもらっているファンだけに、あえて辛口の意見を言わせてもらうとすれば。


『あまちゃん』の中で描かれるドラマの柱は、あくまで人と人との関係。古典的なテーマです。もちろん、クドカンもそのことを強く自覚しているはず。なのにサブカルチャー的仕掛けが、それよりも目立ち過ぎたら本末転倒。


親と子、友達同士、地域の人と人。本当は愛したいのに、すれ違ってしまう。憎みたくないのに憎んでしまう。別れたくないのに別れてしまう。そんな感情のねじれやわだかまりを、ひとつひとつ丁寧に解いていくことで、登場人物たちが生きる力を修復していく。そのことが、視聴者の心の成長にもつながっていく。朝ドラの黄金律です。

......中略......

クドカンの脚本は、やや前のめりの速度で次々に面白エピソードを追いかけて展開している気配があります。1980年代のアイドル話、聖子ちゃんカット、なめネコといったお得意のサブカル道具を使って笑わせるシーンならば、それでいい。


でも、『ここ』という重要なシーンに、ネット的な速度感はそぐわない。急ぎすぎは、思わぬ事故のもと。『前のめり』気味の速度に、ここではしっかりとブレーキをかけてほしい。


アキの家族はどう壊れているのか。父と子、夫婦の関係もまだよく見えていない。アキが東北へ転校してきた本当の理由は何なのか。もっと秘密があるのではないか。そのあたりもしっかり見せてもらって、東京の場面と対比しながら東北にアクセスしたい。心から応援しているドラマだからこそ書くのです。『あまちゃん』はここからが勝負です」(「同」)

ヤフーテレビなどネット上の『あまちゃん』の感想コーナーには日々刻々、大量の感想書き込みが増殖しています。

今日の放送内容、あるいは私自身の意見に対して他の視聴者たちはどう感じとるのか。みんなの感想と併走しながら、一つのドラマを半年間見続けていくという、新しい楽しみ。最初のコラムで述べた「広く薄い共感のプラットホーム」上にいる実感を、育てていくということかもしれません。