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柔道金メダル・大野将平選手の「静けさ」から考えたこと

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8月9日早朝、柔道男子73キロ級の大野将平選手がオルジョイ選手(アゼルバイジャン)に勝利。美しい一本勝ちで金メダル獲得。日本中が沸きました。

決勝戦に勝った大野選手はしかしその瞬間、バンザイのポーズも、喜びの感情もむき出しにしなかった。

静かに自制。まずは礼。

試合場から降りて、やっと笑顔がこぼれた。柔道の「美しさ」を、大野選手の「静けさ」がそのまま表現していたように感じました。

ガッツポーズをするのは、自分のことだけ考えている、ということ。

「相手がいる対人競技なので、相手を敬おうと思っていました。冷静に綺麗な礼もできたのではないかと思います。日本の心を見せられる場でもあるので、よく気持ちを抑えられたと思います」と大野選手は試合後のインタビューに答えています。

日本柔道の祖である嘉納治五郎は、「相手に勝つだけでは何の価値も無い」「力が第一義ではない」と教えてきたといいます。「道」という一字の中に、「生き方を学ぶ」という深い意味が込められている、と柔道家・山口香さんに聞いたことを思い出しました。

そうした本物の「柔道」の実践者となるべく心と頭を鍛え、鮮やかで気持ちのよい一本勝ちにこだわり、「強さと美しさ」を考えつつ日々、厳しい練習を重ね自らを磨き上げてきた、礼節のトップアスリート。

その大野選手が金メダルを獲得してわずか数時間後。日本のテレビが、ご本人にある要求をしたのです。

「スッキリポーズをお願いします」

日本テレビ朝の情報バラエティ番組『スッキリ!!』に、リオのスタジオから大野選手が出演した際。いきなり、腕を前に突き出すような番組特有のポーズを、なんとレジェンドにやらせたのです。一緒に出演した銅メダルの松本薫選手にも。

しかも、一度ならず二度まで。コーナーの最初と最後に! びっくり。

どうしてそんなことになる? たとえゲストがポーズをするのが番組のお定まりだったとしても、何だかあまりの場違い感。

おそらく選手自身は、一人でも多くの人に競技や勝利について関心を持ってもらいたい、お世話になった人々に感謝を伝えたいという一心でいるため、テレビ局からのベタな求めにもできる限り応じようとするでしょう。その気持ち、わからなくはない。

だからこそ百歩譲って、選手たちをバラエティ番組のりで迎えるのは、例えば帰国後にするとか、現地にいる間はきちんと競技について語ってもらうとか、一線を引いて欲しい。マスコミ側自らが。

この番組に限りません。テレビのリオ五輪報道を観察していると、ある傾向性に気づきました。

世界トップを極めようという輝かしきアスリートたちを、一般庶民レベルまで引き下ろそうとする圧力。そんな力が日本のテレビ局の中に逆巻いている。キャスターの小倉智昭氏あたりが「~どうなの?」などと五輪選手に妙なタメ口で呼びかけたり、やたらに家族の話をひきあいに出したがるのも、みなその現れでしょう。レジェンドをお茶の間レベルへと「引きずり落としたい圧力」は、クセモノです。

なぜなら、自分たちがスポーツを勉強し知識を蓄え深い質問をぶつけたり、選手たちの高みを少しでも理解するといった方向の努力を、放棄しているのですから。

これはスポーツに特有の現象なのでしょうか? ちょっと考えてみましょう。

たとえば、ノーベル賞を受賞し世界トップレベルと評価された学者や作家を相手に番組がインタビューしたとして、「はい、スッキリポーズお願いします」とか頼むでしょうか?

「世界を極めた人」の中において、あからさまな優劣がつけられていませんか? スポーツ選手は、どこか一段下に見られていませんか?

(ちなみに、同番組に出演したトップ政治家がスッキリポーズをやっていましたがそれは当然のこと。お茶の間の関心はポピュリストの獲得目標ですから)

2020年の東京五輪までに準備すべきこと。

それは、スタジアム建設等といったハコモノ公共工事以前に、スポーツ文化育成やスポーツジャーナリズムの育成、取材側の知識の蓄積、競技についての勉強といったソフト力なのかもしれません。

少なくとも、今回の「スッキリポーズ」要請は、スポーツ文化がいまだ十分に根付いていない日本の姿についてはっきりと自覚させてくれる、印象的なシーンでした。

(出典「NEWSポストセブン」2016.8.11)