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身近な無数の生態系

2014年07月31日 14時38分 JST | 更新 2014年09月28日 18時12分 JST
Thomas Barwick via Getty Images

■注目されてこなかった無数の小さな生態系

「大自然、そこにはいつも生き物たちが織り成す、不思議と感動があります。さぁ大自然の真っただ中へ。生き物地球紀行。新しい出会いを求めてとっておきの地球の旅の始まりです(本日の旅は、ムシの中)」

子供のころ、毎週月曜日の夜8時から見ていた NHK の番組『生き物地球紀行』で毎回放送されていた冒頭部分です。紹介されるのは、赤道直下の熱帯雨林やアフリカのサバンナ、国内ではヤンバルの森で、比較的大きな地域に生息する珍しい動物たちに焦点が当てられ、彼らの知られざる生態が映し出されていました。昆虫なしでは受粉できない植物、アリに育てられるチョウ。生態系において異なる種に属する動物同士が、一見するところ「もちつもたれつ」の関係性を呈する、この相互依存的な共生関係に人間は夢想的な意味を見出すのかもしれません。

ここで「共生」について、生物学的な定義を与えておきます。生物学の世界では、共生とは相利的か寄生的か、その態様を厳密に区別するわけではなく、生き物同士が「共に生きている」場合に生じる関係性を広く捉えるものです。よって、一方的な関係に見える場合であっても「共生」と呼んで差し支えはありません。産総研の深津武馬教授は共生について次のように説明しています(第一学習社「高等学校 新訂 国語総合 現代文編」)。

・・・・・・複数の生物が密接に相互作用しながら一緒にいれば、とりあえず「共生」関係と呼んでおく。くわしく研究を進めていくにつれて、その本質が「相利」か「片利」か「寄生」なのかわかってくる。こうして自然の理解が一歩ずつ着実に進んでいく。繰り返しておくが、一般の通念とはちょっと違って、生物学においては「共生」と「寄生」は対立概念では決してなく、むしろ前者は後者を包含する上位概念として捉えるべきものと位置づけられている。


・・・・・・さまざまな生物における多様な共生現象の諸相をみつめ続ける中で感得されるのは、「共生」における関係性は決して固定的なものではなく、むしろ状況や環境に応じてダイナミックに変化する可能性を秘めているということである。「日和見病原体」という言葉を耳にされたことがあるだろうか。誰の体の中にもごく当たりまえに存在する、穏和な「片利」共生者である常在微生物が、体力や免疫力の低下をきっかけに突然牙をむき、凶暴な「寄生」者に変貌して重篤な病状を 引きおこす。「共存」と「敵対」、「相互扶助」と「搾取」、「支配」と「従属」といった一見対立的な概念は実のところ表裏一体であり、共生関係のありかたの連続的なスペクトルの両極端に貼られたレッテルにすぎない、という観点は心のかたすみに留めておいてよかよう。

 

あえていっておこう。「共生」という言葉のまとう理想的、ユートピア的なイメージには過度に惑わされない方がよい。表面的には調和的、平和的、利他的に みえる「共生」関係においても、一皮むけば多かれ少なかれダイナミックな緊張関係があり、当事者間のパワーゲームという側面があるのだ。たとえ美しい理想を「共生」に見いだし、その実現をめざす高貴な精神であっても、いやあるからこそ、共に生きることの本質から目をそらすことはできないのだ。

私たちは身近なものに関心を向けるのが苦手です。地球規模で多様な生態系を地平線の彼方まで追いかける一方で、実はそれに勝るとも劣らない豊潤な「未開のフロンティア」が個々の動植物の内部にあったのでした。例えば人間の腸内細菌の一種 Bacteroides plebeius は同一種内で多様な遺伝的背景を持つことが知られていました。ある研究グループは、日本人の腸内から採取されたこの細菌の遺伝子を解析したところ、本来海に潜む微生物に幅広く見いだされる、海藻に含まれる難分解性の多糖類分解酵素をコードする遺伝子を見出しました(日本人の多くは、共生微生物のおかげで寒天も栄養源とすることができるのです)。

北米に住む欧米人の持つこの細菌からは、そのような遺伝子は見いだされなかったことから、日本列島に移り住んできた人類が海藻をナマで食する過程で、腸内で微生物間の遺伝子の水平的なやり取り(遺伝子水平転移)が行われたのだろう、と推測されています。如何に世界に寿司が普及したとはいえ、殺菌加工処理された海苔をいくら現代人が食べたところで、遺伝子水平転移は起こらないでしょう。

また、ある微生物がヒトの腸内から消失すると、植物に含まれるシュウ酸を分解できなくなり、シュウ酸カルシウムが体内で蓄積する結果、尿結石のリスクが高まるという研究報告があります。ほかにも腸内細菌の関与を示唆する生命現象を取り上げた研究が多数報告されています。

他の生き物ではどうでしょうか。シロアリは腸内細菌の働きにより、木片を消化することができます。害虫のカメムシは、農薬耐性の細菌を体内に獲得すると、何とカメムシ自体が農薬耐性の形質を獲得してしまうといいます。特に一部の昆虫には細菌を飼育する「ゆりかご」のような特殊な細胞があり、特徴的な内部共生システムを発達させていることが分かってきました。個々の生物は、多種多様な微生物に住処を提供する一方で多様な生物間の関係を生成させる一種の生態系、と捉えなおすことが重要でしょう。今回は、世間的にはあまり注目されていないが、実に複雑で示唆に富む系が注目され、どのようにこの研究分野が発展を遂げてきたかについて、取り上げてみたいと思います。まずは、昆虫の体が一つの生態系である、という視点を持つ必要があります。

コンパクトな生態系としての内部共生システム


それまで私は、当然のことながら、昆虫を1匹の虫としか見ていなかった。ところが、昆虫類における共生微生物の普遍性と重要性を認識するようになると、世界はずいぶんと違った姿に見えてきた。昆虫類は既知の生物多様性の過半数をしめ、陸上生態系の中核を構成する生物群であるが、種数にしてまず間違いなく半数以上が1種もしくは複数種の共生微生物を保有している。しかもそれら共生微生物の多くは、宿主の生存や繁殖に必須であったり、宿主の生殖や生態に大きな影響を与えていたりする。

すなわち多くの昆虫(のみならず多くの生物)というのは、実は複数の微生物との密接な複合系を構成していて、それらの間の相互作用によって全体としての個体の性質が規定されている。つまり昆虫1匹1匹を、複数の生物から成る生態系としてとらえることができる。しかもこの生態系は明確に区画化されたコンパクトな実体であり、構成要素をすべて同定することができ、要素間の相互作用、個体群動態、物質交換、さらには系全体の性質を代表する重要なパラメーターである個体の適応度までもしっかりと把握することが可能なのである(生物科学ニュース 2004年8月号より引用)。


■昆虫における共生微生物研究の夜明け

子供のころから虫ばかり追いかけていた。「自然の中に生きるものの美しさと多様性に魅せられた」その人は、生態学や進化生物学に強い関心を抱くようになりました。なんとなく生物のことをやるならと進学した東京大学の理学部動物学教室で彼は違和感に苛まれます。当時の細分化された生物学の多様な分野においてさえ、進化生物学的な視点を持った研究室を彼は見出すことができなかったのでした。

「進化など科学とは言えない」そう公言する研究者もいる中で、一人の研究者が動物学教室に赴任してきます。故石川統教授です。石川教授は今日、進化研究の分野、特に昆虫と微生物との関係性という広大な未開の地を日本の研究者たちが開拓する先導的な役割を果たしたのでした。

「人は権威や肩書ではない。大事なのはやってきたことの真の内容だ」

その若者の目は実に鋭く、一人の研究者が内に秘める思想が自ら希求するものと一致すると、瞬時に捉えたのでしょう。次の箇所には、博士の研究哲学が明記されています。

生物を歴史の流れにあるものとしてとらえ、さらにその歴史性から逆に、生物の本質を理解しようとするのが進化学である。遺伝学の泰斗、テオデシウス・ドブジャンスキーは生物学における進化学の意味を次のように述べている。「・・・、ともかく、生物学は進化の光に照らされなければ意味をなさない。生物の起原を問わないでも、生物を記載することは可能である。しかし、進化的視点からながめて、初めてその記載は意味と一貫性をもつにいたる。」(分子からみた生物学―改訂版 132項)

石川教授は何も最初から「共生」をテーマに仕事をしてきたわけではありませんでした。

発生の初期段階で、原腸陥入という、胚の表層の組織が内部へと落ち込んで将来の口から肛門に至るまでの消化管が形成される現象が起こるのですが、落ち込んだ箇所(原口という)が将来の口になるか、肛門になるかで生物が分類されています。前者が前口動物で後者が新口動物です。大まかに分けて新口動物には脊椎動物やウニなどの棘皮動物、前口動物にはミミズなどの環形動物や昆虫などの節足動物が属しています。

石川教授は留学先のアメリカで、リボソームRNA28S というタンパク質合成酵素を構成するタンパク質・核酸複合体の部品の一つに着目し、新口動物と前口動物とが、成熟RNA28S に切断点が存在するかどうかという違いによって分類されるのではないか、という説を提唱し、新規の進化マーカーとして世界の研究者たちから注目を集めました。博士の説は残念ながらすべての生物に当てはまることはなく、他の研究者によって節足動物に分類されるミジンコ・アブラムシは例外的に新口動物型であることが報告されました。しかし、このことがきっかけとなり、博士はアブラムシ研究を開始し、昆虫と微生物との共生の世界が徐々に可視化されていったのでした。

【文献】

生物科学ニュース 2004年8月号 No392, P.26-30

第一学習社「高等学校 新訂 国語総合 現代文編」

分子からみた生物学―改訂版 132項(石川統著)