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なぜ、言ってもわかってもらえないのか

2014年08月18日 00時20分 JST | 更新 2014年10月16日 18時12分 JST
CurvaBezier via Getty Images

「人に何かをわかってもらう」のは毎日の生活や社会活動の基本だ。振り返ってみると、人は一日中、誰かに何かをわかってもらおうとしている。

朝起きて、シャワーをあびるためにタオルを取ってもらおうとした時

朝食の時、おかわりがほしい時

通勤時、狭いところを通りたい時

会社で、部下に報告書をあげるように依頼する時

営業で、お客さんに自社の製品の良さを売り込む時

帰宅途中に、家に帰宅時間を知らせる時

家に帰って、子供に勉強して欲しいと伝える時

しかし、誰かに何かを伝えるのはほんとうに大変だ。

ちょっとしたことなら言えばすぐに相手もわかってくれるが、うまくいかない時も多い。

相手に依頼をするとき、あるいはこちらの気持ちを伝えるとき、正確に相手に伝わらず、

「なんで言ってもわかってもらえないのか」とため息をもらす人も多いだろう。

ではなぜ、言ってもわかってもらえないのか。これは多くの場合は言葉の不自由さに起因する。

伝えたいことに対して、適切な言葉を選択することが難しいため、コミュニケーション障害が発生するのだ。

コミュニケーション障害は、大別すると3つある。

1.言っていることの意味がわからない。

2.言っていることを誤解する。

3.言っていることはわかるが、理解したくない。やりたくない。

まず1.について。

例えば、『コミュニケーションを成立させるには、「そんたく」が必要です。』と書いても、殆どの人はこれを理解しないだろう。

言葉は相手の語彙の中から選択せねばならず、相手の語彙にない言葉を使うときは、その言葉を調べるように、特に注意を向けさせる工夫が必要である。

だが、これだけであればわかり易い言葉を注意深く使えば、解決はできる。

さらに問題なのは、「言葉の意味がわからない」ではなく、「その言葉が示すことを経験したことがない」という時だ。

具体的に言えば、「頑張ったら報われる」という言葉は、頑張ったことのない人、報われたことのない人には理解されない。

「オレの言う通りやればうまくいく」という言葉も一緒である。「オレの言うことをやったことのない人、うまく行ったことのない人」にそれは理解されない。

従って、言葉の意味をわかってもらおうとしたら、その人の経験にある出来事、言葉を使わなければ正確には理解されない。

次に2.である。

以前、現大阪市長である橋下氏の「米軍への風俗活用進言」が問題となっていた。

"橋下氏の慰安婦発言に波紋がひろがる政界"

本人は「誤解」だとか「真意が伝わっていない」などと言っているが、この事件はコミュニケーションの本質に関わるものだ。

すなわち、「コミュニケーションにおいて生じた誤解は、多くの場合発言した本人の責任になる」ということである。

しかも1.のように「言葉の意味がわからない」ということよりも「誤解」は更にたちが悪い。意味がわからないのであれば、「わからない」と言ったり、無視することができるが、誤解は誤った価値観、行動を引き起こす可能性がある。

誤解を招かないよう、コミュニケーションの途中では必ず、相手がどのようにこちらの発言を理解しているかをつねに相手に聞き、フィードバックを受けなければいけない。

それが不可能な場合、例えば公の場での発言や、セミナー等では、発言の誤解による結果を引き受ける覚悟を決めなくてはいけない。

最後に3.である。

コミュニケーションを行う場合、本質的にそれは相手への「要求」がセットとなる。

この時に重要なのは、英語で「デリバリースキル」と言われるスキルだ。これは、いわゆる「言い方」や「プレゼンテーションの手法」に相当するものである。

要求のやり方が悪ければ、それは相手にとって「言葉の意味はわかるが、やりたくない」という感情的な結果を引き起こす。また、「意図的にその要求を無視する」という結果になる。

ピーター・ドラッカーはその著書「マネジメント」において、コミュニケーションについてこう述べる。

"コミュニケーションとは常に宣伝である。(中略)

コミュニケーションは、それが受け手の価値観、欲求、目的に合致する時、強力となる。逆に、それらのものに合致しない時、全く受け付けられないか抵抗される(中略)

受け手の信念や価値観、性格、欲求などを転向させるようなコミュニケーションは、極めて稀であり、受け手の全面降伏を要求する"

企業などの組織においては、評価の時期になるとコミュニケーションに悩む人が多いが、原因ははっきりしている。

相手の価値観を転向させるような試みは、要はコミュニケーションの受け手を支配する試みであり、相手を全面降伏させようとする試みなのだ。

したがって、相手の価値観を否定せず、相手の価値観に合致する様な要求をうまく創りだすことが、話し手に求められている。

「言い方」を勉強しなくてはならないのは、このためだ。

いずれにせよ、コミュニケーションを成立させるのは、話し手ではなく、受け手である。

この認識こそが、「言ったことが伝わる」ために必要な全てのことを教えてくれる。