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イスラエル国家の廃止を呼びかけるP・コーヘン提案をどう読むか

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去る8月初旬、The Huffington PostのBlogに、ペーター・コーヘン論文がオランダ語から英訳されて投稿された。それを見た私は、すぐ身近な少数の知り合いに、その中味の重要性を知らせたりしたが、このたび、それを日本語訳し、この「終わることのないパレスチナ紛争の根因:それをどう正すか」という論説をハフポスト日本版にて広く紹介することにした。その論説の出現に私が注目しているわけを、ここに記しておく。

オランダの社会学者で、EUにおける薬物(麻薬)問題・政策の研究組織者として国際機関でも活躍してきたペーター・コーヘン(1942年ナチ占領下オランダのハールレム生まれ)が、今度はやや方角を変え、パレスチナ紛争について、満を持し機を捉えるかのように、「歯に衣着せぬ」大胆な発言をおこなった。彼は、中東和平やイスラエル・パレスチナ和解の二国家方式・一国家方式などについて取り沙汰する世間一般の議論を厳しく斥け、つぎのような「紛争からの脱出口」を提案する。

パレスチナ紛争の本質は民族・宗教紛争などでなく植民地主義の先住民駆逐・土地略奪であって、問題解決は、欧米が創りだした植民国家イスラエルの解体をおいてほかにない。犠牲者とされてきたパレスチナ人には遅まきながら正当な権利回復と補償とがおこなわれてパレスチナ人の国が建設されるべきであり、他方、立ち退くべき植民者のユダヤ人にも彼らやその父祖たちを棄民した欧米諸国が先頭に立って補償を与え再移住を受入れるイニシャティブがとられるべきである。国連を中心に世界全体が協力しあって、力に驕るイスラエルに対しては経済制裁の圧力をかける反面、ユダヤ人植民者の立ち退き計画ではかつてパレスチナ人がなめたナクバ(追放・離散という大破局)の再現など回避する、こんな道筋で紛争の公正かつ賢明な平和的解決方式を構築すべきだ。これが、彼の提起する構想である。それは、現在イスラエルで占領地のパレスチナ人に補償金をあてがい立ち退かせようというプランもあることを参考に、その「現実主義」を逆手にとる着想なのだ。

私が、1960年代後半から、半世紀にわたり批判し続けてきたのは、植民地主義とそれへの抵抗とを隠す「イスラエル・パレスチナ紛争」という問題設定そのものやその道具立て、つまり「ユダヤ人の国づくり」、「アラブ対ユダヤ人の土地争い」、「一神教同士の対決」、等々だった。実際は、ロシア帝政下のポグロム/英国のシオニズム利用/ナチズムのユダヤ人「排出」・ホロコースト/米ソ合作のイスラエル建国/という過程をつうじ、ヨーロッパ・キリスト教起源で十字軍以来の伝統的反ユダヤ主義とパレスチナ人をスケープゴートに仕立てる身勝手な贖罪意識とが表裏一体をなす欧米社会が、植民国家イスラエルを創りだしたのである。だから眼のつけ所は、パレスチナ問題とユダヤ人問題の重層構造/〔罪びと・被差別者の〕「十字軍」的植民地主義と「東方問題」的宗教紛争煽動とを受継ぎ結合させてパレスチナ問題を操る欧米の政策/ユダヤ人国家建設を基軸に組み立てた中東諸国体制(国分けシステム)のもとで仕組まれる「アラブ・イスラエル紛争」の作為性/などでなければならない。それらを考慮せず、また米ソが推進したパレスチナ分割の国連決議(1947年)や一方的なイスラエル独立(1948年)の根拠を問いなおすこともしないまま、1967年戦争の「戦後」処理にだけ話を限定する「中東和平」論は、ひたすら大人の現実政治論や一歩一歩固める漸進論を隠れ蓑に、イスラエルの存続と膨張を既成事実として野放しにするだけの議論で、問題の解決をこじらせるばかりだ、というのが私の批判だった。

だから、コーヘンがパレスチナ紛争の本質を植民地主義の問題と捉え、イスラエル国を造ったのが間違いの元と宣言して、リドレス(過ちの是正と償い)を担うべき欧米社会の責任を公然と正面から論じるのを、新しい兆しと注目するのだ。反ユダヤ主義犯罪に敏感でイスラエルへの依怙贔屓・遠慮・突放し・嫌悪感が渦巻く現在の欧米社会にあっては、人を驚かす異色の表明だが、ついにここまで来たかという感慨もぬぐえないのである。

これまで私は、イスラエル国家の将来については、過去の十字軍国家の消滅過程/イスラエルを組み立て支えてきた欧米中心主義の国際秩序が終りに向かっている現実/イスラエル国家存立のリスク管理をもてあそぶ「反テロ戦争」が露呈する自家撞着と混迷/世界諸宗教の共通の聖地におけるポストコロニアル・コロニアリズム(ポスト植民地時代の植民地主義)が世界中のありとあらゆる不公正に対する怒りのグローバルな結節点となっている状況/などを指さしつつ、イスラエル社会が否応なく「パレスチナ化」していく曲折という未来像を透視する悲観的楽観主義者の私の立場を暗示するだけにとどめてきた。

ところが、コーヘンは、実現の手続きや可能性には深入りせずに、単刀直入イスラエル国家廃止論を論理的必然として提起したのである。そのやむにやまれぬ率直さには、言外に、この終わりなき紛争が導き出しかねない人類破滅への危機意識があるのかもしれない。彼の意見が、米国のインターネット新聞に登場し、ネット上でそれが抹消されずに読まれていることは、注目すべき事件だ。これをブログに掲載した編集部は、寄稿者がオランダ市民のユダヤ人でありホロコーストの生き残りだという点に、発言の重さを認めている。これまで一般にイスラエル批判者は反ユダヤ主義と明確に立場を異にすることを強調するのが常だった。だがコーヘンがA・ローゼンフェルトの言を借りて文頭を飾るエピグラフでは、引用者がユダヤ人という背景が、「ユダヤ人国家」イスラエルの存在・行動こそ反ユダヤ主義を助長するものという警句へと反語的に読み換えさせる効果をあげている。

コーヘンの思いきった提言がオランダついで米国で出現する時期と国際環境とは、特に注意をひく。それは、久しく封鎖された青空ゲットーで窮乏するパレスチナ人180万に、イスラエル軍が2014年またまた襲いかかった7週50日間の「強固な岸壁」作戦(7月8日~8月26日)最中の7月末~8月早々という時期で、ガザ市民生活の無慈悲な蹂躙/国連施設[学校]や病院への攻撃/などが伝えられ、不釣り合い極まる圧倒的なイスラエルの軍事暴虐への国際的疑惑・批判が急激に高まる状況下において、だった。世界中のユダヤ人社会の内部でも、イスラエル国家の行動に対する困惑・迷惑感・反撥が生じていた。

パレスチナ人の政治的結束(6月ファタハ・ハマース間で統一政府の形成を合意)を破壊しようと策すイスラエルのこの侵攻は、ラマダーン月と断食明けの祭(本年は7月末)とを滅茶苦茶にし、ガザ住民13万人を殺傷、家屋損壊55万戸という惨状をもたらした。これらの数字と作戦期間とは、5年半前オバマ米大統領就任式に合わせて終った23日間(08年末~09年1月半ば)の対ガザ「鉛の鋳物」作戦が残した傷痕の、それぞれ2倍である。

「鉛の鋳物」作戦を境に、イスラエルを見る世界の眼はすでに大きく変化しはじめていた。2012年秋、国連総会決議67/19はパレスチナをヴァチカン並みにオブザーバー国家と位置づけ承認した(賛成138[中、仏、露、日も]、反対9[カナダ、チェコ、イスラエル、パナマ、米、4太平洋島嶼国]、棄権41[独、韓、オランダ、ポーランド、英など]、欠席5)。EUでは、イスラエルの入植活動拡大への反撥から、1967年戦争占領地でのイスラエル企業・産品を対象にBDS(ボイコット・資本引揚げ・制裁措置)運動の拡大が目立ち、イスラエルの大学・研究機関に対するアカデミック・ボイコットも組織化されはじめた。米国では、国益への危険を警告する国際政治学者のジョン・ミアシャイマーとスティーヴン・ウォルトの『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』1・2(副島隆彦による邦訳は2007年講談社刊)をめぐる論争が、イスラエルを批判すればすぐ反ユダヤ主義のレッテルを貼られて沈黙させられる社会的タブーに変動を起こさせてきた。話題を呼んだのは、米国のアメリカ研究学会ASAの巨大組織が対イスラエル学術ボイコットを決めたことだ。イスラエル入植地問題やイラン核開発問題やシリア化学兵器問題とその処理などをめぐり、米欧ことに米オバマ政権や欧州議会のそれぞれとイスラエルとの関係は冷却化が進んでいた。ネタニヤフ首相はオバマ再選を邪魔して失敗、ケリー国務長官はイスラエルのアパルトヘイト国家化を懸念する発言で物議をかもしていた。

そこで、2014年のガザ危機は、こうしたイスラエルの国際的孤立に拍車をかける結果となる。市民たちの厳しい対イスラエル抗議運動がグローバルに拡大、ボリビアのモラレス大統領はイスラエルを「テロリスト国家」と宣言、ラテンアメリカ諸国では駐イスラエル大使召喚の動きが起きた。国連では、人権理事会がイスラエルの人権侵害への非難決議をおこない、占領地におけるイスラエルの軍事行動を戦争犯罪の観点から調べる独立調査委員会を設置。今後、国際法・国際人道法に照らしてイスラエル要人に対する追及も強まるだろう。EUではボイコット対象を占領地限定からイスラエル全体に拡げる方向への転換が進み、スコットランド独立問題に揺れた英国下院はパレスチナ承認を決議。ガザ作戦の武器弾薬や航空燃料をイスラエルに供給し続け、国連のイスラエル非難決議に単独反対した孤影の米国だが、議会が依然としてイスラエル支持の拠点であるのと対照的に、大統領や国務長官はじめ米政権とイスラエル政府との関係は冷えきってしまった。

2014年のガザ危機は、じつは同時並行のウクライナ危機やダーイシュ(イスラーム国)問題と、また当然ながら米中間選挙と、さらにはおそらく深部においてエボラ出血熱対策問題とも、リンクしあっている。米国およびイスラエルの結びつきが直面する危機打開への模索が国際システム総体の危機となって撥ねかえる事態だと見られる。私はオバマ政権発足時に「失敗する役割を演じなければならない」理由を指摘した(板垣雄三「世界の未来を透視する」、『現代思想』No. 373[2009年3月]特集・オバマは何を変えるか、青土社)。2014年のリンクしあう「事態」については、私はIWJ岩上安身インタビューで語った(8月1日・2日、「世界の〈いま〉は欧米中心主義の断末魔:繋がりあう尖閣・マレーシア・ガザ・ウクライナ」)。P・コーヘンの問題提起が世に問われた必然性の意味を考えるためには、間違いなく、2014年のこうしたグローバル「事態」の背景を見わたすことが必要なのである。

最後に、コーヘン提案まで登場するグロ-バル「事態」のなかで、日本のやや異様な状況が浮き上がって見えることに触れておきたい。それが、コーヘン論文を翻訳して広く紹介することにした動機の一つでもあるからだ。

世界中で、イスラエルとの関わり方に関心が集まり、細心の注意が払われるようになっている折も折、日本・イスラエル関係の際立った発展が観察されている。イスラエル人歴史家シュロモー・サンドの『ユダヤ人の起源:歴史はどのように創作されたか』(高橋武智監訳、浩氣社、2010年)やソ連生まれのユダヤ人でカナダの歴史家ヤコヴ・ラブキンの『イスラエルとは何か』(菅野賢治訳、平凡社新書、2012年)などにより、日本社会のイスラエル認識が客観性をもって深められている反面、2014年の日本はイスラエルとの国家間提携をいちずに強化した。次期主力戦闘機F35の国際共同開発でイスラエルに部品を輸出する法的隘路を解決する課題に端を発して、4月「武器輸出3原則」に代わる「防衛装備移転3原則」を閣議決定すると、5月ネタニヤフ首相が急遽来日し、日本・イスラエル間で新たな包括的パートナーシップを構築する共同声明が発表され、天皇にも会見。7月経済産業相のイスラエル初訪問をはじめ両国閣僚・政治家の往来が繁くなり、3月経団連代表団訪イを機にハイテク・イノベーション関連の経済・技術交流の気運が急上昇、オリンピック準備絡みでサイバー・テロ対策での協力が強調される。ガザ襲撃への国連人権理事会の非難決議では、日本は棄権にまわった。

日本は中東産油国への気兼ねから解放された気分で、イスラエルとおのおのの地域で孤立する国同士の友誼を深化しようとするのだろうか。それにしては、イスラエルは米国を動かし世界を手玉に取るサバイバル・ゲームの情報力をもっているのに、日本が地球儀をにらむ睨み方はまだ心もとない。集団的自衛権論議で、ホルムズ海峡の機雷除去くらいしか思いつかないような知力・想像力では、先が思いやられる。私はかねがね、イスラエルの未来研究のためには、満州国研究が不可欠だと言ってきた。コーヘン提案も、満州国の経験を活かすことが重要である。これからの日本・中東そして世界では、イスラエルどころか、あまたの国ぐにについて、それらが消えるのを目撃したり店じまいを按配したりしなくてはならないだろう。それに備える意味で、コーヘン提案は頭脳のよき活性剤となる。