「広告ブロック」に危機感募らせる米ネット広告業界、訴訟やユーザー遮断の強硬策までも飛び出る

広告会社の社長までが広告ブロック・ソフトを使っているって...

オンライン広告やデジタルパブリッシャー産業が崩壊の危機に。特にこの1か月くらいの間は、NYタイムズWSJBBCなどの高級メディアも加わって、この議論で大騒ぎである。

図1 オピニオン系メディアサイトのMondayNoteでも、「広告ブロック」によりメディア産業が崩壊の危機に直面していることを伝えている

デジタルメディア業界を震えさせている震源元は「広告ブロッカー」である。広告を非表示にする広告ブロック・ソフトは、オンラインメディアに携わっている者にとって、以前から気になる存在であった。それがここにきて一段と業界に危機感を募らせたのが、PageFairとAdobeが8月に発表した衝撃的なレポートであった。広告ブロックソフトの利用者が今年6月に世界で1億9800万人に上り、2015年(今年)にはパブリッシャー(メディア側)に約220億ドルもの損失をもたらすと予測したからだ。さらに不安を増幅させているのは、今週にもアップルがリリースする次世代iOSで、サファリへの広告表示をブロックするアプリがインストールできるようになることだ。ユーザーがiPhoneやiPad上の広告を非表示する機会が増えそうだ。このままではさらに、損失額が今後ぐんと膨らみそうである。オンライン広告事業を収益の柱としているメディア会社にとっては、対応策を練る段階にきている。

米国のオンライン広告の業界団体IAB(Interactive Advertising Bureau)も、広告ブロッカーに対して具体的な対応策を打つ必要に迫られているのだ。米国内だけでも、広告ブロック・ソフトのアクティブユーザー数が今年6月に前年比45%増の4500万人と急激に増えている。図2に示すように、ネット広告の15.4%もがブロックされており、今年は107億ドルの損失を被ると見られている。

図2 米国における、広告がブロッキングされている割合の推移。今後、さらに割合が高まりそう

このような状況下でIABは何度も、広告ブロック対応策の議論を重ねてきている。WPPデジタルの社長でIAB Tech Labの取締役会議長を務めるDavid Moore氏は最近、次の二つの対応を提唱している。

①広告ブロック・ソフトをオフにしていないユーザーには、トップ100のメディアサイト(パブリッシャー)のコンテンツを一斉に見させないようにする。

②広告ブロック・ソフト会社を相手取って訴訟を起こす。

①では、広告ブロック機能で広告を非表示にしているユーザーに対し編集コンテンツを閲覧できないようにすることを、有力パブリッシャーに打診している。ある特定の日から一斉に実施したいようだが、パブリッシャーの多くが及び腰で、実現はかなり難しいだろう。ソーシャルニュースサイトのRedditでも見られるように、ユーザーからの反発の声が大きいからだ。②については、パブリッシャーが提供するページの一部を消し去る行為が、パブリッシャーの権利を侵害しているとして、広告ブロッカーを訴えたいようである。でもページの一部を非表示にするよう指示しているのがユーザーであるだけに、訴訟の実現も厳しそうである。

そこでIABは技術的手法で広告ブロッカーと対抗することも始めている。8月26日にIAB Tech Labは広告ブロッカー対策をビジネスとしている専門会社4社( PageFair, Secret Media, Sourcepoint, Yavli)と協議した。こうした専門会社は、広告ブロック・ソフトを無効にするツールなどを開発したり、広告ブロック・ソフトのユーザーに使用を止めさせる仕掛けを提供している会社である。IABとしては、パブリッシャーが個別に各広告ブロッカー対策を講じるのではなくて、パブリッシャーが連携して広告ブロッカーと対抗するよう仕向けたいという。

このように広告メディア・ビジネスに関わっている人たちは広告ブロッカーを目の敵にしているのだが、消費者であるユーザーは必ずしもそうではない。それどころか、広告ブロック・ソフトのユーザーが急増していることからもわかるように、広告ブロッカーを歓迎する人が増えてきている。最近のネット広告やメディアサイトに対するユーザーの不満を解消してくれるからだ。

押しつけがましい広告、悪意に満ちた広告、ページのダウンロード時間を長引かせる広告、閲覧を邪魔するポップアップや自動再生動画の広告、などなど・・・。こうした広告をあまりにも多く掲載するメディアサイトが、目立ってきているのは確かである。特に表示画面の小さいスマホでは、ユーザーの不満はさらに高まる。目障りな広告を頻繁に掲載するメディアサイトに対して、広告ブロック・ソフトを使いたくなるのはやむを得ない。

広告会社の社長までが広告ブロック・ソフトを使っているという話も出てきた。米広告会社Media Kitchenの社長がDigidayに投稿していた記事"I work in advertising, but I still block ads"によると、仕事のために Business InsiderやNYタイムズ、WSJのサイトを閲覧するときに広告ブロック・ソフト「AdBlock」を活用していることを白状していた。手際よく仕事をこなしていくには、広告ブロック・ソフトは欠かせないという。

どれくらいのサクサク感が実現するのだろうか。モバイル・ソフト開発者のDean MurphyがiOS 9のサファリで利用できるコンテンツ・ブロック・ソフトを試作し、それを主要ニュース系メディア・サイトで使用した時のページ・ロード時間を測定している。図3に示すように、ブロック・ソフトを用いない場合に比べて、平均して4倍も高速になったという。スマホでニュースサイトを閲覧するときには、この高速感はたまらないであろう。

図3 Dean Murphy氏が試作したサファリ向けコンテンツブロッカーを利用すると、有力なニュース系メディアサイトのページロード時間が平均して約4倍近くも高速になる。製品化して、App Storeで販売する予定。

このようにブロック・ソフトにより、ページの表示がかなり高速になりそうだ。サイトのカスタマーエクスペリエンスを改善するためにも、表示速度の高速化は欠かせない。広告ブロッカーに人気が集まるのは、裏返せば、広告を掲載したメディアサイトがユーザーの期待に応じきれていないためかもしれない。ユーザーにもっと受け入れられる、広告の在り方やメディアサイトの在り方を追求する必要がありそう。フェイスブックが開発中のインスタント・アーティクルも、各メディアのニュース記事を高速に表示するサービスであり、挑戦の一例とも言える。

◇参考

Crystal Benchmarks(MurphyApps)


(2015年9月8日「メディア・パブ」より転載)

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