アリアナ・ハフィントンさん ザ・ハフィントン・ポスト編集長(後編)

アリアナ・ハフィントンさんインタビュー:新聞や雑誌など既存のニュース産業が苦戦するなか、オンライン専業のハフィントン・ポスト(ハフポスト)が多くの人々をひきつける理由はなんでしょうか…
The Asahi Shimbun

(フロントランナー:下)「世界の読者の声を聴きたい」

――新聞や雑誌など既存のニュース産業が苦戦するなか、オンライン専業のハフィントン・ポスト(ハフポスト)が多くの人々をひきつける理由はなんでしょうか。

最大の特徴は読者の積極的な参加です。ブログでは、有名無名を問わず、語るべきことがある人たちに発信の場を提供しています。たとえば、十代のためのセクションでは、ホームレス経験もある高校生が自身の大学受験記をブログにつづり、最終的にハーバード大学への入学の機会を得ました。

私たちはニュースメディアですが、ニュースもただ伝えるだけではありません。読者はそれについてコメントを投稿することで議論を形成し、それがフェイスブックやツイッターで共有され、拡散していく。ブログ、ニュース、サイト外の優れた記事へのリンク、強固なコミュニティー。これらをここまで大規模に統合させたのは私たちが初めてだったといえます。

――サイト上ではだれでも自由に発言できるのですか。ネット文化は匿名が支配的で、しばしば「炎上」するものです。

ひぼう中傷や議論と無関係のコメントは、機械や人の手で削除したり整理したりして議論の質を保ちます。だれもが発言の権利を持つというネットの最大の効用を生かしつつ、ネットの負の側面を排除する努力をしています。それでも、これまでに2億3千万以上のコメントが寄せられました。

■共有し語る場を

――2011年のAOLによる買収以来、急速に海外展開を進めています。

世界中の何百万という読者とつながり、彼らの声を聴きたいのです。より多くの人たちがメディアに参加したがっている。世界中からブログの書き手を募り、子育てから失業問題まで、直面する課題を共有し、語る場をつくりたい。グローバルな存在になることは大事な使命だと思っています。

――アジアで最初になぜ日本版を開設するのですか。

政治経済上の役割だけでなく、日本の文化には現代の西洋人を救うものがあると思うのです。日本庭園を歩くと、私は「マインドフルネス(現実をあるがままに受けいれる、気づき)」を感じます。こうしたものはストレスだらけの生活で疲弊しきっている世界に大きな効用をもたらすはずです。

――ただ日本人の多くは議論が得意ではなく、公の場で自分の意見を言うことをためらいます。ハフポストが成功するでしょうか。

人々はつねに議論しているわけではないですよね。ブログではただ、率直に考えや思いを述べればいいんです。本国版には55のセクションがあり、いまも増え続けています。私たちは発言の機会さえなかった人たちの声を拾い、議論の輪を広げてきた実績があります。日本にも何らかの付加価値をもたらせると感じています。

■ハイブリット

――ハフポストの成功は新聞のような従来型のニュースメディアには脅威にも映ります。

伝統的なメディアと私たちのような新メディアは、むしろ互いに近づき、融合していっているのではないでしょうか。新聞やテレビなど既存のメディアはデジタル戦略を強化し、ブログやソーシャルメディアを採り入れています。一方で私たちはこの数年、自前の記者を増やして独自取材に力を入れてきました。調査報道の力を信じています。未来のジャーナリズムは、こうした融合の末に生まれる「ハイブリッド型」になっていくのだと思います。

――ハフポストの成功のかぎはあなたのネットワーキング力にあるとも言われます。アドレス帳には1万9千人の名前があるとか。

最近数えていないけれど、たくさんいることは確かね(笑い)。これは母親譲りです。彼女は相手の地位や職業に関係なく、どんな人でも迎え入れて話を聴き、人と人とをつなぐことが得意でした。いろんな人たちの声を聴き、異なる文化を理解することは、新しいものをつくり出すときの成功のかぎだと思います。

私は両親の離婚後、母娘3人で一部屋しかないアパート暮らしも経験しました。母は、女性も男性と同じように教育を受けるべきだと考え、生活道具を売り払ってでも娘の学費を工面してくれる人でした。その無条件の愛情のおかげで、自分の可能性を信じて前に進んでこられた。

勇敢さや大胆さは、初めから何も恐れないのではなく、恐れを抱きながらも前に進むことで獲得していくのです。母がそうしてくれたように、娘たちにも「自分を信じて前に進め」と言い聞かせています。

――次の目標は?

昨年始めたビデオライブの中継ネットワークを拡大し、さらに多くの国で読者を増やしたい。独自報道にもいっそう力を入れます。昨年から米国中に記者を配置し、貧困をテーマに連載を続けています。若者の失業率の上昇は深刻です。「オポチュニティー(機会)」というセクションではネットで寄付金を募り、雇用創出にも取り組みました。人々に生きた情報を伝え、共有してもらい、社会に変化を起こしたいのです。

――再び政界をめざすことは。

絶対にありません。いまやっていることに夢中ですから。

文・後藤絵里

写真・坂本真理

(フロントランナー)ハフィントンさんプロフィル

★1950年、ギリシャ・アテネ生まれ。ケンブリッジ大で伝統あるディベート部の主将を務め、「英語で思考を組み立てるようになった」。

★74年に最初の自著を発表。『ピカソ 偽りの伝説』(1988)は16カ国語に翻訳された。著書は13冊。

★86年、元共和党系下院議員のハフィントン氏と結婚(後に離婚)。2人の娘に恵まれる=写真。

★2003年カリフォルニア州知事選でシュワルツェネッガー氏と争う。

★05年、元AOL経営幹部ケネス・レアラー、MITメディアラボ出身のジョーナ・ペレッティらとハフィントン・ポストを創設。収益源は広告。当初は社員約30人のスリムな業態、読者の動向や閲読率を分析して記事の見出しや配置を変える独自の編集技術で読者を増やし、10年に黒字転換(業績は非公表)。

★06年と11年、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれる。

★ハーバード大睡眠医学専攻の役員を務め、睡眠に深い関心を寄せる。6台の携帯端末も眠るときは別室に置き、「自分を完全にオフにします」。

(朝日新聞社提供)

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